第32話 微生界人のS伯爵と魔法少女リリー



ハーネイトがシャックスとの勝負に打ち勝ったのは日が沈む直前であった。そして時間が過ぎ、今の時刻は丑三つ時である。ハーネイトは魔法で光を作り、迷霧の森を優しく照らしていた。濃い霧の影響で光は不規則に拡散し、幻想的な風景を照らし出す。


 この森は生き物の気配がほとんどない不気味な森である。そして事務所のあるリンドブルグの周辺に存在する森とは違う雰囲気に、ハーネイトも神経を尖らせていた。


「やはり見通しが悪いのと霧が辛い。それと、シャックスから受けた攻撃の影響か、この霧、魔粒子でないものが多く混じっているのが分かるな。だから前の時はしんどかったのかも」


 彼がそう考えながら、魔法の明かりをじっと見つめているとすぐ近くで突然、巨大な魔方陣が展開する音が聞こえ、すかさず立ち上がり一瞬で身構える。


「おいでなすったな、この世で最も凶悪かつ邪悪な存在が」


 ハーネイトが魔方陣の音が聞こえた場所を確認し、その方向に首を向けると、そこには角が頭から生えた、青い豊かな髪を生やした、がたいの良い不気味な灰色のオーラを発する紫色の和服姿の男と、金髪で華奢な、背中から羽を生やし露出の高い紫のハイレグタイツの服を着た少女がそこにいた。青髪の男がハーネイトに気づき、元気な声で話しかけた。


「よお、やって来たぜ相棒。あれから結構変わったようだな、老けたか?」


「違うよ。疲れているだけだ。まさかこうして手紙を出して、会わなければならない事態が来るとは思わなかった」


「それもそうだな。内容を見た時はびっくりした。もう5年目か、早いものだ」


 ハーネイトの前にいる男は、サルモネラ伯爵3世という。通称伯爵と言い、今から約6年前にこの世界に来て、かつて一度死闘を演じたことのある男、いや謎の超生命体である。


「お久しぶりです、ハーネイト様。あれからどうですか?私は常に魔法の腕を磨いていましたよ」


「ああ、久しぶりだな。元気にやっていたか?」


「おかげさまで、伯爵との旅はとても楽しかったです。粋な計らい、とてもよかったです。ハーネイト様、昔に比べ弱っていますか?顔色、よくありませんよ」


 このもう一人の声が落ち着いた、優しそうな少女はエレナ・エリザベス・リリ-という。またの名をティンキー・リリーとも言う少女である。


 彼女はハーネイトが6年前に助けた、地球から異次元ルフループではなく、転移してきた元人間であり、サルモネラ伯爵の大切な人である。そして一年間だけハーネイトと行動を共にし、魔法使いの中でも最も名誉である位名持ちである「花」の魔法師の名前を持つ、非常に優秀な魔法使いでもある。


 他の世界から来た人たちを保護する仕事も解決屋稼業の中で行っているハーネイトだが、特に彼女とは思い出がある。


「ああ。色々あってね、精神的に参っているというやつかな。そういや2人とも、あれから何かあったか?あと見えないオベリスクの方はどうだ?」


「あのバカでかい柱塔なら微生物の力で掃除もメンテもオールオッケーだ。しかし大丈夫か相棒?リリーの言うとおりだぜ。まあ魔獣や機械の人形を連れた連中がここまで来ているのは部下たちの情報で分かってるし、俺らも戦った。微生物あるところならまるっとすべてお見通しだ。もっとド派手に動けるならあれだが、俺が動くといろいろ騒ぎになりそうだ」


 伯爵は、今起きている事態について全て知っているという。それは事実であり、彼のあまりに特異な能力がそれを実現させている。彼は人間ではない。ではなにか。それは、その気にさせれば全人類を軽く死に絶えさせることも可能な、死神ともいえるこの世全ての災厄と言われる。


 しかしそんな彼もハーネイトとの出会いで人が変わっていた。いや、元々の熱くて優しい性格が強化されたのかもしれない。


「以前のようにはいかない感じだな。しかし相変わらず恐ろしい能力を持っているな。その気になれば、この世のすべてを見ることも、支配するのも楽勝だろ?」


 彼は伯爵の怖さを身をもって知っており、敵に回せばまず勝ち目がないと考えている。その言葉に、伯爵も彼の体を軽くひじ打ちしながらこう返す。


「そういう相棒こそ、一国の王よりも影響力と知名度あるじゃねえか。うらやましいぜ。認められる存在ってのは動きやすくていいな。俺が一度力使えば人間たちは恐怖でガタガタ奥歯震えた顔するんだぜ。やってられねえよ」


 伯爵は、ハーネイトこそ自身にはない力をいくつも持っていると指摘する。


「はあ、お互い無い物ねだりと言うか、隣の芝は青いというのはこのことかね。しかしあまり期待されるのもつらいよ。他人に作られたイメージと言う監獄に囚われている気分だ」


「お前さんは昔からいつも考えすぎだ。もっと好きにやってもいいと思うんだがなあ。しかし、ハーネイトが側にいてくれたらと旅の中でそう感じたぜ」


「それもそうね。心細い時もあったわハーネイト。でもこれからはずっと一緒ね!」


 ハーネイトの言葉を聞き、伯爵は相変わらず変わっていないところがあるなと思いつつ、自身のことと、そしてハーネイトがいないとどれだけ面倒だったかについてリリーと同意見を言った。


「そんなにか、そうか。2人はさ、そんなに俺のこと気になる?あれから時間もたって、それでも傍にいたいというのか?」


「ああ、勿論だ。俺と同じぐれえ強ええしよ、その博識と見た目、ギャップが見ていて飽きないさ。それと、一番の絶望からお前は、俺を救い出してくれた。それが何よりさ」


「異世界に来て助けてもらって、伯爵に会わせてくれた。偶然かもしれないけどハーネイト、あの時貴方がいなかったらダメだったと思うわ」


 2人がこうして、ハーネイトに感謝の意を述べ、仲がよいのか。それは5年前に起きた事件と、伯爵、リリーの壮絶な過去がそうさせるのであった。


「その通りだな。本当に頭上がんないぜ。大切な存在も故郷も一度は消えたが、それでもこうして戻ってきたからな。大切なものがな」


 伯爵自身は別の世界の住民であり、今も王様をしているが、自身とは別の生命体であるハーネイトにここまで入れ込み、まるで昔からの友達のように付き合うのは様々な思惑と、伯爵なりの感謝の伝え方でもあった。


 そしてハーネイト自身が知らないことを、伯爵は知ってしまったから。彼が実は、自身より強大な力を体に宿している、人の形をした何かであることである。けれどそれを彼に伝えることはしなかった。


「ええ、そしてハーネイト、貴方の旅の事情を聞いた以上、なにもしないわけにはいかないわ」


「ああ、これからはずっとそばにいさせてくれ。俺の側に居ていいのは相棒、あんただけだ」


 2人は、これからずっとハーネイトと行動を共にすると言った。お互い多くのところを見て回り、改めてその上でハーネイトの側にいて活躍したいと考えていた。


「そうか、わかった。はは、お前らも物好きだな。しかしこのタイミングでこう3人が揃うとか、敵にとっては悪夢でしかないな」


「まあそれは相棒がもっと全力だせる状態ならばの話だがな」


「ねえ、悩みがあるならどんどん言って?前にいろいろ聞いて、辛いことがたくさんあったのは分かったわ」


 ハーネイトの言うことに対し、伯爵やリリーは本調子ではない状態の、今の彼を気遣っていた。前はもっと自由に動いて活気もあったのに、今では落ち着いていて頼りがいはあるものの、何か物足りなさを感じていた二人であった。


 実際彼は大きな悩みを抱えていた。旅をしていた理由である出生や力の謎について未だに不明な点が多いこともあるが、何よりも彼はその力を恐れていたように、二人はそう見ていた。力を奮わなければ守れない、しかし奮いつづれば畏敬され嫌われる。いつしかハーネイトはそう考えるようになり、どうしても慎重になってしまうようになったのだ。


 彼は昔あったある事件で人間に対し不信感をどこか持つようになったという。そして何よりも、嫌われることを恐れそれが足枷となり、彼を苦しめている状態であった。


 これは伯爵も似たような状態ではある。しかし伯爵は既に自身の存在などそんなものだと割り切っており、そうでない彼とは違う所が見受けられる。彼を元に戻すには、周囲の人がいかなる時でも彼を受け入れる姿勢を見せ嫌わないことが大切となるだろう。そしてそれは、ある形で解放されることになるのだが、それはまだ先の話であった。


「ああ、ありがとうリリー。全力を出せば今の状況なんか全部吹っ飛ばして、念願の休暇を手に入れられるけど、怖がられるのは嫌だな。それに、女神って。龍って、何なのだろう」


「ハーネイト……」


 ハーネイトの言葉にリリーはそれ以上言葉を返せなかった。そして伯爵がボソッと彼が話した言葉に気づく。


「女神って、何かあったのか?それに、龍?」

 

 ハーネイトはうなだれたように、自身を監視したり導こうとする者がいることを話した。


「はあ、それで悩んでいたのか。しかしよ、お前の力の謎、そう言うところにルーツがあるんじゃね?あの血の怪物、血徒を一方的に倒せるってのはなあ」


「伯爵はいつも楽天的でポジティブなのね、ハーネイト……私は、その人たちが何かカギを握っているような気がするわ」


「そう、だな。……ありがとう」


 伯爵の異常なまでのポジティブ振りとリリーの励ましにハーネイトは静かに微笑んだ。そんなとき、ハーネイトの背後から何か音がする。


「誰だ」


 彼は、瞬時に刀の柄を握り抜く構えをとる。すると、茂みの向こうから大きなため息が聞こえてきた。しかし声がするものの、その声の主の気配はほとんどなく、ハーネイトもリリーも警戒の姿勢を崩すようなことはしなかった。

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