第33話 S伯爵の脅威の能力・菌幻自在
「そこの茂みにいる奴、早く姿を表した方がいい。でないと何が起こるかわかんねえぜ」
伯爵の言葉に反応しそれは茂みから素早く飛び上がり、ハーネイトたちの頭上を飛び越えて、すっとそれは着地した。
「はいはい、出ましたとも。これでよいでござるか?」
ハーネイトたちは目の前に現れた男をよく観察する。 金髪の癖毛が強い、迷彩柄の和風な衣装を着た、その姿は如何にも、アメリカ人などの外人が無理して忍者のコスプレをしたような、違和感のある出で立ちの男であった。
ハーネイトも伯爵も忍者の話は聞いていたが、彼らの思った姿とは大分かけ離れていた。
「忍者……にしては、不思議な服装だな、本で読んだのとかなり違う」
その見慣れない服装にハーネイトは質問する。幼い時に読んだ本の中に、忍者についての資料があったが、それとは所々異なる点があったためである。
「あ、ああ。如何にも俺は俗に忍者と呼ばれるものだ。数世紀前に別の世界からここに飛ばされた人らの末裔って所だ」
その男はこの世界での忍者について、世俗一般的にこの世界で伝わっていることを簡潔に説明した。
「へえぇ、中々変わった服を着ているのね貴方」
「あれが忍装束とよく言われる衣装らしい。機能性が高いらしいな」
「考えて作られている、のかな?しかし、今まで見たことない服ね」
2人はその男の服に興味津々で、しばし凝視し続けていた。
「んで、忍者と分かったが名は何と言うのだ?」
「お、俺の名は南雲。南雲流星だ。あんたらは一体何者だ?こんな霧の中に平気で立っているとか只者じゃない」
この軽い口調でそう自己紹介するこの男こそ、かつてリシェルやルズイークが出会った忍者、南雲である。
「それは、貴方もでしょ?ニンジャさん?」
「確かにそういえるが。あんたらは何て言うんだい?」
南雲に名を聞かれ、彼らは順番に自己紹介する。
「俺様はサルモネラ、サルモネラ・エンテリカ・ヴァルドラウンだ。まあ伯爵と言ってくれると嬉しいけどな」
「私はリリー、エリザ・エリザベス・リリーよ」
「私はハーネイト・ルシルクルフ・レーヴァテインだ。よもや顔写真とか見たことないとか言うなよ?」
ハーネイトの名前を聞いた瞬間、南雲の表情が固まり、口が空いたままになる。まるで未知の生き物か何かを見たような、驚いた顔であり名前を教えたハーネイトもやや困惑する。
「なんだと、もしかして解決屋のハーネイト様ですか?」
「ああ、如何にもその呼び名で通ってるが」
彼の言葉を聞き確信した南雲は突然涙を流し声を上げたのであった。
「あう、うっ…。こんなに早く見つかるなんて、何て運がいいんだ。うおおおおおお!」
そうして叫ぶ南雲を、やや引き気味に見ながらハーネイトは話しかける。
「また顔を知らない人物がいたか。なぜだ……広報活動はバイザーカーニアを通じて各地でしっかりしているはずなんだけど。まあいいが何かあったのか?」
あまりの様相に、少し怖いと感じながらハーネイトは、泣きまくる南雲の話を聞いた。
南雲は依頼でハーネイト探しの旅に出たところ、持病の方向音痴で道に迷い、絶望に暮れていた所偶然ハーネイトたちの姿をこの森で見つけたという。そして様子を見ていたと彼は説明した。
「そうか、しかしこの辺りは忍者とかの縄張りではないのか?私もこの霧のせいでこの一帯以南の調査や仕事ができずに困っているが、話によればこの森のなかにあるらしい。どうなのだ?」
「確かに里はこの森の中だ。しかしよく道を間違えてしまう」
南雲は里についてハーネイトの言葉を肯定し、なおかつ道によく間違えることを伝える。
「それ仕事する上でかなり問題ではないのか?」
それに伯爵は冷静に突っ込みを入れる。それはハーネイトもリリーも同じ意見であり、果たしてこの男が本当に忍者なのかと疑問を抱いていた。
「確かにその通りだ。そのせいで中々仕事が来なくての、やっと仕事が来たと思ったらやらかすし」
「困った、忍者さんですね」
「はうっ、それを言うな、言うな……、お嬢さん」
リリーの優しくも、悪戯心を含ませた一言で南雲は項垂れた。道に迷わなければ、今頃もっと上に行けていた。彼は大きなため息をついていた。
「とにかく整理すると南雲は私を探しにきたが道に迷い絶望していたところ運よく目標が出向いてくれた、てことかい?」
「その通りです」
「そうか、しかしこの南雲が数年前、機士国まで彷徨い基地を滅茶苦茶にした奴なら、ってさすがにそれはないか」
ハーネイトはさりげにリシェルが出くわした忍者の話をする。すると南雲の顔が青ざめた。
「な、なんでその話を‼」
「何だと?当たりとはな!やれやれだな。……リシェルに会わせたら喧嘩しそうだ。しかし彼には悪いが、忍の力も借りたいところだ」
ハーネイトがその事実に思わず驚き、やれやれと呆れ気味に言ったその時、森全体に地響きが起こり、複数の鋭い眼光が森の奥から、ハーネイトらを包囲しつつ睨み付ける。
「ふん、魔獣か。この反応は」
「蜥蜴のような魔獣が20体、完全に囲まれてる」
「リルパスか、この辺りにもいるとはな。あとで記録だな。生態系調査も自然管理の観点から必要な仕事だ」
そういう彼らの周囲を、リルパスという魔獣がジリジリと近づいてくる。このリルパスは言うならば、4足歩行する大型のトカゲであり非常に気性が荒く、縄張りに入るものすべてを食い殺すという。そして他の世界から来た魔獣でもある。
身にまとう表皮の堅さは鋼よりも固いともいわれ、これを楽に倒せるなら中ランクの魔獣には大体勝てるといわれる。そうしてリルパスたちは息を切らし涎を流し、今にも噛みつきそうな勢いである。
「まずいっすね。こいつら濃い霧というか瘴気を吸って正気を失っていますよ」
「いや、彼らの縄張りに入ったのだろう。倒さないといけないか。あまり数が多いと、他の生物が住みづらいだろう。素材狩りも悪くないと思ったが……リルパスは肉に毒がある。せいぜい背中の皮が防具づくりに使えるぐらいだ。あ、しかし麻痺毒の材料が欲しいと首領が言ってたなあ」
ハーネイトがリルパスについて軽く説明をすると、素早く鞘から刀を抜き、弧月流の構えにはいる。そして数体のリルパスがハーネイトに襲いかかろうとしカウンターをハーネイトが取ろうとしたとき、突然眩い光と轟音が森中に響き渡る。
「今度はなんだ、新手か?」
「なーにやってんの?早く片付けないと瘴気が迫ってるよ!ほらっ!」
声のした方向を全員が向き、確認すると木の上に、南雲と似た格好の女が、爆弾をリルパスらに投げつけていた。
しかし爆音を聞いてもひるまず向かってきたリルパスを、ハーネイトはわずか0.1秒で切り裂いた。そして切られたのにも気づかない魔物はその場で体が分かれ大量の血を吹き出し絶命したのであった。
「この藍染叢雲の前には、その表皮もただの紙切れだ。私に出会ったのが不運、だな魔獣さん」
「来たか、風魔。相変わらず荒いぞ!」
「何よ、道によく迷う南雲に言われたくないわ!てか早く戦いなさいよ」
風魔と呼ばれる女は軽やかに木々を駆け抜け、勢いよく円盤形の大型手裏剣を投げつけてリルパスの一体を吹き飛ばし、それに追撃する形で彼女は左手を金属で纏い、巨大な鉄槍を発射する。
それはそのリルパス1体の胴体を貫いた後仕掛けが発動しその身を内側から引き裂いた。一連の無駄のない動きにハーネイトは感心する。
「ああ、ではやるか。しかしあの身のこなし、どこかで……。それに特徴的な髪の色、もしかすると」
南雲は飛び上がり、敵陣のど真ん中に飛びこむ。すると無数の手裏剣の嵐がリルパス4体を覆い、無数に切り刻んでいく。そして変身を解除し元に戻ると、リルパスは肉片と変わり果てていた。
「武器に変身するのか、あの子は。……創金術(イジェネート)をああも使いこなす人が他にいたなんて」
ハーネイトが南雲の戦いを冷静に分析していると、仲間のフェロモンに気づいて更にリルパスの群れがやって来た。
「やるか、伯爵!」
「応よ!俺たちの前に敵はあらず、ただ屍残るのみだ!それと素材用に3体ほど残してやっから回収しとけよ」
「そうだな。それでは私からだ。解き放て、橙の魔閃斬(シュトラール・シュナイダー)」
ハーネイトの掛け声の後、伯爵は笑顔で笑いながらそう言う。ハーネイトは伯爵の前向きな発言を受け止めつつも少し困惑していた。そして彼は刀から橙色の魔閃を長い時間照射し、刀を右から左で薙ぎ払うように操作してリルパスたちを炎上させその動きを封じる。
「刀を杖代わりに使うのも悪くない。色彩替えよ、変幻魔閃(フェアエンデルン・シュトラール)」
ハーネイトがニヤっと不敵な笑みを浮かべながら、その光線の色をまるで虹のように変化させつつ高圧の魔閃を刀から射出し続ける。伯爵と言う、複雑な関係だが友とも呼べる存在に思わず彼は以前の片鱗を見せていたのであった。
「相変わらず変なやつだなハッハッハ!だが最高だぜ、いいぜ!」
ハーネイトの戦う姿を見て、腕を組みながら豪快に笑う伯爵。しかし彼の背後にはリルパスのボス個体、リリテラパスが今にも伯爵を噛み殺そうと迫っていた。
「後ろ!来てるわ!」
しかしリリーの声は届かない。南雲と風魔はそれに気づき、急いで伯爵の元に向かう。間に合わないかと思ったそのとき、伯爵が叫ぶ。
「かかったな間抜けが、醸せ、菌幻自在!」
伯爵は突如紫色の霧となりリリテラパスに瞬時にまとわりつく。するとリリテラパスが跡方なく消え、伯爵がその場に再度現れた。
伯爵は簡潔に言えば「体は菌で出来ている」そういった存在である。つまり人ではない。
彼は微生界人という生命体であり、全身を無数の微生物で構成されている。その数は時に10の64乗から90乗の単位数を誇り、その構成する微生物の種類も多種多様である。
自在に結合分離でき、それにより気体と化した伯爵はリリテラパスにまとわりつき、それを瞬時に分解し食べたのである。なぜこのような生命体がいるのか不思議ではあるが、これもある存在により生み出された者であるという。また、その生みの親とハーネイト、彼は関係があるらしい。
「いま何が起こった?」
「な、なんでリリテラパスが一瞬で!?」
二人は動揺していた。忍でも一人では苦戦する魔物を、彼はいとも簡単に一瞬で消した。その事実にその男が独特の容姿も容姿も合わせ只者ではないことを悟った。
「お次はこいつだ。1秒でも耐えて見せな」
さらに伯爵は離れて様子を窺っていたリルパス3体にまるでノイズのような、灰色の気弾を数発放ち、直撃したリルパスの体に大穴を瞬時にあけ絶命させた。
「お前の耐久力は話にならん!出直して来い、生まれ直して来い!ヒャッハハハハ!」
「もう、楽しんでるのはいいけれど、私の魔法にも合わせなさいよ。五行の角 至は無道。万物の行き来を乱し惑わせる、断絶の壁檻に囚われろ!大魔法が3の号、五封方陣(ごふほうじん)」
リリーは二人の様子を見て少し嫉妬しつつ、散らばっている敵をまとめるため大魔法「五封方陣」を静かに、そして素早く発動し、残りのリルパスたちを五角形の光る魔法陣の中の中央に集め動きを捕らえることに成功した。
「あとはお好きにどうぞ、ダーリンたち?」
「フハハハッ、リリー、ナイスだ。ではこれにて。醸されて朽ちてしまいな!必殺、死菌滅砲(サルモネラブレイザー)!」
「では私もだ。亡者の魂 混沌の湖。掬い上げ丸め無念を返す。魂の質量に震えて泣いて潰れるがよい!大魔法が11の号、混魂光弾(こんこんこうだん)!」
伯爵は指パッチンをして右腕を紫色の霧に変えると、それを突き出しながらリルパスの残りの個体すべてに、火炎放射器のように放射した。
一方でハーネイトは大魔法の詠唱をし、全てを押しつぶす魔法の白い弾、混魂光弾をリルパスたちに発射する。
「グアアアアアアアア!!ギャア……ッ!」
すると、伯爵が放った霧を浴びたリルパスらは急にもがき苦しみ、体液を吐き表皮から血を流したのち跡方もなく分解され絶命した。そして光の弾に飲み込まれた他のリルパスたちもその重い弾丸に押し潰され絶命した。
「終わったか、伯爵も相変わらず戦い方が残酷で怖いな。もっと剣とか使えば怪しまれないだろうに」
「人のこと言えるのか?相棒もあの重力弾でぺしゃんこにしただろうに」
二人は互いに、戦い方について意見を述べ合う。どちらかというとこの場合、伯爵の方が戦い方が残酷であり、ハーネイトはかつて自身が同じようなことをされたのを思い出していた。
「しっかしよう、大魔法、なんてパワーだ。くぅう、習いたいぜ!そしてなんでリリーも使えるんだよ」
「私はこれでも位名「花」の魔導師よ。110ある大魔法をすべて行使できるんだから」
「暇ができたら、皆に教えるつもりだけど。だけど伯爵は魔法いらずでは?」
「しかしさあ、かっけえじゃん、マジでいいじゃん!」
彼らのやり取りを見ながら、忍者二人はあまりの強さに、恐怖で体が震えていた。ハーネイトとは違う理由で伯爵が恐ろしく、人類にとって危険か。それは微生界人の特性であるこの世に存在する微生物を無限ともいえる数を従え、自身の体の一部にできる能力者であるからと言えよう。
改めて微生界人とは、特定の菌種、例えばサルモネラ菌やカンピロバクターなどの微生物の存在概念が核となり概念霊体を構築し、それに無数で多種多様な微生物が肉体を構築、1人の人間状生命体として存在を確立している者である。
何よりも恐ろしいところは、いかなる攻撃も彼らの共通能力「菌幻自在」により意味をなさず、その彼らが放つ攻撃も防御が一切不可能という所にある。自在に体を構成する微生物を自在に結合、分離できるため、切られようがくっつき、爆風で吹き飛ばしても周りの微生物が取り込まれ、肉体を再形成することができる。これによりハーネイトは長期戦の末、命を落としかけたという。
伯爵はその中でも最も強く、先ほどの放出攻撃「死菌滅砲(サルモネラブレイザー)」も特異な体を利用し、有害性の非常に高い微生物を敵の体内に送り込ませ、菌で分解して絶命させたのだ。これを聞いて勝てると思う人はいないはずである。それすらも仲間にしてしまうハーネイトの器量の方が恐ろしいという人がいるかもしれないが、どちらもそうである。
「次元が違うとはこの事か、あのトゲ蜥蜴の群れを一蹴とかおかしいだろ」
「何者なのよあの人たちっ、ってああああっ、こんな、ところで……」
風魔はハーネイトの方を見ると、突然気絶し木の上から倒れ落ちる。
「おい、風魔っ、どうした!?」
彼女が気絶したのを見たハーネイトと伯爵はすぐに駆け寄り、ハーネイトが風魔の体をしっかり抱きかかえた。
「大丈夫か?って、気絶しているだけか。それにしても、どこかで……ええと、あの時の女の子だ」
ハーネイトは抱えた風魔を木に寄りかからせる。しばらくして、風魔が目を覚ます。
「うーん…。はっ、私ったら何を。って顔近いっ!」
風魔はハーネイトの顔を見て顔を赤くして、手で顔を隠した。
「具合が悪いのか?」
「たぶんちげえよ、ハーネイトのファンとかか?顔が赤くなっているし」
「はい……ハーネイト様にこんなところで会えるなんて、はああ…嬉しいです。貴方が解決屋を始めた時からずっと尊敬していますわ。あの日からずっと貴方のために修行してきました」
「そ、そうか。それはどうもだ、元気にしていたみたいだね」
風魔のうっとりした表情に疑問を思いながら、ハーネイトは自身のことについて一応聞いてみた。
「はい!相変わらずその美貌、見ているだけで心が気持ちよくなります。あの、もしかしてこの森で迷ったのですか?良かったら里まで案内しますよ?お話、たくさん聞かせてほしいです」
積極的に彼の顔に自身の顔を近づけ、目をキラキラさせる風魔。それに対し困った顔をしつつも、里に行きたかったため案内を頼むハーネイト。今ではファンと言うか、それに属したものが多く存在するもここまで嬉しそうにしていたのは他にはダグニスぐらいではないかと彼は考えた。
それから、昔異能の力で迫害されたり、化け物扱いにされていたことを思い出しつつ、世界も変わったなと思うのであった。
「では風魔、案内を頼もうか。南雲の件もあるし、それと君たちの力を借りたいのでね」
「勿論です。では見失わないようにしてくださいね?」
「んじゃついてくぜ」
「私もよ。楽しみだわ」
こうしてハーネイト一行は、2人の忍者に同行しに忍の里に向かうことにしたのであった。
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