8.18 レイダ・ルーカス

夜の闇の中、森は異常なほどに静まり返っていた。

レイダ・ルーカスは、キャンピングカーの中ではっと目覚めた。

心臓が激しく動悸どうきし、目の焦点が定まらない。

また、あの夢を見てしまった。今日でもう3日連続だ。

彼女が起きたことに気が付いた母が眠そうに眼をこすりながら話しかけてくる。

「レイダ、またあの夢を見たの?」

「うん、ママ。」

「かわいそうに、あんなもの忘れようと思ったって、そう簡単に忘れられるものじゃないわよね。」

彼女たちは3日前、父親が「変化チェンジ」したのを目の当たりにしている。

家に侵入した「奴ら」から彼女たちを守ろうとした父は、「奴ら」にかまれてしまった。

その後「奴ら」からなんとか逃げきり、この土地にたどり着き、大勢の人と共同生活を送ることになった。

しかし、共同生活2日目の夜、父親が「変化チェンジ」した。

「変化」は突然に起こり、予測などできない。

「変化」した人間はまず、その場にいる人間を排除しようとする。

当然、父親もその定めに従い、最愛の娘に襲い掛かり―――――





―――――母親に「処理しょり」された。

その光景を、飛び散る血しぶきを、間近で見てしまった娘の傷は、癒えない。

人々はその時初めて、噛まれると「変化」することを理解した。

その後、母親は表面上は至って普通に生活している。



…忘れよう。

レイダは、自分に無理に言い聞かせると、再び目を閉じた。





翌日、昨夜変な時間に起きてしまったこともあり、レイダは見事に寝坊した。

「おはよう、ねぼすけさん。」

母が声をかけてくる。彼女はすでに着替えを済ましており、分担の仕事である洗濯をしていた。

「おはよう。」

レイダはそう返すと、ショーケースを開けた。

動きやすいジーンズに着替え、上は長そでの無地のTシャツだ。

洒落っ気も何もないが、「奴ら」に襲われたときに歯の貫通を防ぐためだ。

ここに来てから、レイダは自分の好きな服を着たことがない。

16の女の子としては、本当はもっとおしゃれな服を着たいが、死なないためには仕方がない。

欲しがりません、終わるまでは、である。



「おう、やっと起きたか。カエル取りに行こうぜ!」

キャンピングカーから出ると、デイヴィスが声をかけてくる。

デイヴィスとは、ここに来た時に初めて出会った。

デイヴィスは19歳で、年が近いということもあり、二人はすぐに仲良くなった。

それからは、いつも二人一緒に仕事をしている。

ここに来たものは皆、何かしらの仕事を与えられ、それができなければ追い出される。

レイダたちに与えられた仕事は、カエル取り。

カエルは、高たんぱく、高カロリーでしかも捕まえやすい。

「奴ら」は人間以外の生物も食うので、鹿や豚などの動物は真っ先に食べられた。

もちろん、「奴ら」よりも鹿や豚のほうが足が速い。

しかし、「奴ら」はとにかく数が多い。

いくら足が速くても、周りを取り囲まれたらおしまいだ。大型動物は、体が大きい分隠れられない。

「奴ら」は熊よりも力が強く、頭蓋骨をも簡単に砕く。

そうして、ここら一帯の大型動物は消え失せた。

いま生き残っているのは、せいぜいリスやネズミなど、小さいため「奴ら」から隠れられる種類だけだ。

カエルは、その中の一つであった。


沢に降りたレイダたちは、さっそく石の下を見始めた。

石の下には、ザリガニの巣があることがある。

また、カエルも巣を作っていることがある。

案の定、レイダがのぞいたところには、ザリガニの巣があった。

「みてみて、デビー。あったよ!」

「こっちもだ!今日は大収穫だな!」

二人は、喜びながらザリガニを巣からつまみ出し、バケツの中に入れる。


とその時、バアアアアンン!と、銃声が沢に響き渡った。


襲来来客だ!」

デイヴィスが叫び、二人は大急ぎでキャンプに向かって走り出した。

それと同時に、パパパパッ!というサブマシンガンの音も聞こえてくる。

レイダたちはザリガニの入ったバケツは抱えたままだ。

逃げている際、「奴ら」に出くわしたら、バケツを投げる。

「奴ら」は音によって来る習性がある。

また、弱っているものを重点的に狙う習性もある。

だから、ザリガニの入ったバケツを投げれば、「奴ら」はそちらに気を取られ、逃げ出せるというわけだ。

パパパパパパパパッ!と、連続して音が聞こえてくる。

レイダたちはただ、ひたすらに走った。

走っている間も、パパパパパパパパパパパパッ!という音は、全くやまなかった。





キャンプはもはや、落城寸前だった。

防衛線として掘っておいたワイヤーの下には、斬られて二つになった「奴ら」の体が山積みになっていた。

しかし、斬られない「奴ら」がいる。どろどろに解けていて、斬れたところがすぐにくっつくのだ。

「くそったれ!こいつら、銃が効かないぞ!」

キャンピングカーの屋根に上り、MP5を連射しているドレスリーが叫んだ。

死者デッダー」、第二形態、「膿人間パスマン」。

仲間を乗り越え、「奴ら」は迫ってくる。撃っても撃っても、きりがない。

ただ、その体から少量の膿が飛び散るのみ。


「車を出せ!逃げろ!逃げるんだ!」

ドレスリーが、レイダの母に命令する。

その声で、周りの人々が次々と逃げ出しはじめる。

レイダたちも母の運転するキャンピングカーに飛び乗り、逃げ出した。



しかし、もう遅かった。



「くそっ!こっちにも居やがる!」

キャンプは完全に「奴ら」に囲まれていた。

「膿人間」と反対側から出ようとした車は、「奴ら」の大群を前に、進むことができない。

「奴ら」は、車を取り囲み、揺さぶる。

ぎしぎしとキャンピングカーの荷台がきしみ始めた。

バリッ、と音がして、ついにキャンピングカーの後ろの窓が破られた。

その窓から、「奴ら」の一人が入ろうとして―――――



















――――――視界が赤に染まった。

顔を上げると、キャンピングカーの後部が吹き飛んでいた。

レイダが隣を見ると、デイヴィスが手りゅう弾のピンだけを持っている。

「次だ!」

デイヴィスは、新たな手りゅう弾を手に取ると、ピンを抜いて、こちらに向かってきていた「膿人間」に向かって投げつけた。

「耳をふさげっ!」

一瞬の間の後、耳をふさいでいても伝わる音が聞こえた。

顔を上げると、そこにはもう、「膿人間」の姿はなく、髪が焦げたような匂いが漂っていた。

「よし、これならいける!『膿人間ヤツ』を倒せる!」

デイヴィスはそう言って、また新たな手りゅう弾のピンを抜いた。


「膿人間」は、攻撃を受け流すために体を液状化させた「死者」だ。

しかし、その分爆発など、一瞬で広範囲に衝撃が伝わるような攻撃に弱い。

また、一瞬で体の構成物の大半を焼き払うことができれば、「膿人間」は倒せる。

手りゅう弾は、その二つの点で、最も「膿人間」に適した武器である。


「囲みが後ろに向かってく!これなら車を出せる!」

母が興奮気味に叫ぶ。

「奴ら」は、音による習性がある。

そのため、先ほどの手りゅう弾の音に反応したのだろう。

車を囲んでいた「奴ら」は、車の後ろ側へ集まり始めた。

デイヴィスは立ち上がると、先ほどピンを抜いていた手りゅう弾を思いっきり遠くに投げた。

少しの間ののち、爆音。

「奴ら」は、音のした、レイダたちとは反対方向へと進んでゆく。

「出して!」

レイダが叫ぶと同時、レイダたちを乗せたキャンピングカーは、砂利の道を急発進した。

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