no lives,but they can move
小さな巨神兵(S.G)
第一章・2044 Jahr des Alptraums 破壊
8.13 アルフォンス=アルバス
通りは逃げ惑う人々と、それを追う元人々とで騒然としていた。
アルフォンス=アルバスはビルの窓から静かにそれを眺めていた。
通りはすでに『死者』たちで埋め尽くされていたし、よしんばそれを抜けたとしても、郊外にも『死者』がうろついている。
彼はウォッカの入ったグラスをおもむろにあおると、愛用のソファに腰かけた。
テーブルには、ウォッカのボトルがまだ半分以上残った状態で置いてある。
2杯目のウォッカを注ぎながら、彼は事の始まりを回想していた。
*
発端は、ポーランドだった。
彼は、登山の途中で、トルツェ・コロニー山脈を、人に似た化け物がぞろぞろと下っていくのを目撃したのだ。
その姿はまるで映画の中の「ゾンビ」のようだった。
彼は動画を撮影し、警察に提出したが、まったく取り合われなかった。
でっぷりと太った中年警官は、切羽詰まった顔で訴える彼を侮蔑の表情で見ると、投げやりに「いたずらに付き合っている暇はない。」と言い捨て、再びドーナツを食べ始めた。
また、テレビ局にもそのビデオを持ち込んだ。
テレビ局のプロデューサーは、彼の『
しかし、実際にそれが放送されたのは、世界に何ら影響力のないローカルチャンネルの心霊番組の中でだった。
しかも、その中でも大きくは取り扱われず、あくまで「視聴者が見つけた不思議なもの」の一つとして取り扱われた。
そうこうしているうちにコロニー山脈の付近で
それも、誘拐ではない。
ついさっきまで普通に過ごしていた人が、突然狂ったように走り出し、どこかへと消えていくというものだった。
警察の捜索にもかかわらず、行方不明者は誰一人として見つからなかった。
その時には、彼はもう世間の人々に事を知らせるのをあきらめ、自分が生きるための装備をそろえ始めていた。
まずは基本の着替え、水、食料、燃料、武器。
それらをそろえた彼は、次に「奴ら」の研究を始めた。
ゾンビ映画を見ていると、奴らはどうやら階段は登れるらしい。
ならば、上る手段がエレベーターだけの場所に住み、いざというときには配線を切ればよい。
万が一上ってきたとして、屋上からヘリコプターで逃げればよい。
彼にはそれを準備するだけの資金はあった。
すぐさま彼は家を売り払って、ヘリコプターを買った。
また、余った金でドイツにあるビルの23階の一室を買った。
*
周囲は彼を
そう思い、彼はひとりほくそ笑んだ。
ここは完璧だ。食料も水も、十分すぎるほどある。
銃は、あまり多く持ちすぎると弾薬の種類が増えてしまうので、3種類だけ。
一掃のためのサブマシンガン・UMP-9と、狭い場所での戦闘用のマグナム・S&W M500、物を破壊するためのショットガン・モスバーグM500だ。
「おまけに酒と、猫までいる。」
彼はひとりごとをいい、足元で丸まっているスコティッシュフォールドを撫でた。
猫はみゃーとなくとゴロゴロとのどを鳴らした。
「世間が気付いた時、人は初めて慌てる。だが、そういう時は大体、もうどうしようもない状態になってる。」
彼は座右の銘を口に出すと、ベッドまで移動した。
ベッドに倒れこむと、愛猫が上にのってくる。
彼はその重さと温かさを感じながら、眠りにおちようと―――――
――――ドン!とドアをたたく音が部屋に響き、彼は跳ね起きた。
「大丈夫、基本的に『奴ら』は、獲物がいると分かれば、何回もドアをたたくから、1回しかたたかれてないということは、まだ気づかれてない。」
彼は無理にでも平静を保とうと自分自身に言い聞かせた。
彼は激しく
なぜここに「奴ら」が来ている?
エレベーターの電源は切ったから、上っては来られないはずだ。
非常階段にはワイヤーを張り、来るものは皆切り倒されるようにした。
上っては来ていないはずだ。いったいどこから?
彼は確かに賢かった。誰よりも早く状況を判断し、逃げるために必要なものはすべてそろえていた。
彼に非はない。ただ、相手の進化が、速過ぎただけ。
「チクショウ!」
彼は短く吐き捨てると、マグナムを携えてドアに向かった。
ドアについているのぞきあなから外を覗いて、
――――息をのんだ。
ドアの外にいた生物を、彼は見たことがなかった。
その生物は、もはや「ゾンビ」ではなかった。かろうじて人型らしき形は保っているものの、その体は大量の、茶色い
身をよじるたび、その膿のようなものがびちゃびちゃと零れ落ちる。
「進化…?」
攻撃に対し、わざと体の一部を犠牲にすることで威力を受け流す、「
体のほとんどが、膿のような半液状態であり、ナイフなどの「斬る」攻撃が一切効かない。ワイヤーは、通用しない。
そのような生物は、彼のプランになかった。
「膿人間」はドアのほうに向きなおると、のぞきあなを反対側からのぞき返した。
「まずい、気づかれた!」
その瞳と目が合ってしまい、彼はパニックに陥る。
「膿人間」が、アルバスを引きずり出そうとドアをたたく。
「まずいまずいまずい!」
彼は、大急ぎで脱出用のリュックサックを取ると、屋上へ続く
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