第15話 状況理解へのヒント
青年について行こうとした時...
「......おっと..」
(なんだ? 体が思うように.....)
危うく転びそうになる。
体の動きに違和感を感じる...。
ふと自分の体を見てみると.....。
「あれ、なんか...低い?」
心なしか、いつもより体が若干小さい気がする。さっき歩き出した時に体をうまく動かせなかったのはこれが原因か?
俺の前を、俺の狼狽など知らぬ様子で歩いていく青年にあることを尋ねる。
「おーい。ちょっといいか?」
「あー? どうしたー?」
「俺って、今何歳?」
「.....お前のそのボケ、面白くねーよ」
「いやいや、真面目に聞いてるんだが」
俺だってこんなこと急に聞くなんておかしいとは思うよ? でも今の俺の体、明らかに20代のそれじゃないんだもん。
「はァ〜。17だよ、17。ったく調子狂うな」
「.....」
一体どうなってるんだ...。
多分幻惑系の術か...。ここまで
俺は自分が陥っているこの状況について可能性のある案を脳内で列挙していく。
もしくはここは現実...俺を昏倒させてここまで運んだとか...、でもこの青年の俺に対する物知り顔について説明できないし、俺の若返りの謎も.....。やはり幻惑系の術が一番可能性高いよな。
ただ、一貫して目的が不明だ。俺に対してちょっかいを掛けたいのか、それともどこかで恨みでも買ってしまって報復でもされているのか.....。どれにせよこの状況と繋がらない。
まあ、今はこいつに話を合わせて情報収集だな。
と、前を歩いている彼が何やら思い出したように話しかけてくる。
「そういや、今、例の姫さんのせいで国がなんか大変らしいな」
「例の姫さん?」
「...なんだ? その人誰?って反応するなよ」
「いや、実際そう思ったところで...」
「お前、いい加減にしとけよ?」
そうだ、まずは話を合わせるのだった。
「あ、あーあの人ね! で、その姫さんがどうしたんだって?」
「なんか今日のお前様子がおかしいな...。まあいいや。いやな、お前がご執心のあの方、なんでも北に住んでる竜に誑かされて、精神に支障をきたしてるらしいんだよ」
「竜?」
なんだ、ここにも獣竜族はいるのか。
「あぁ。悪い竜がやってきて、姫様の心を奪ってしまったらしい。そのせいで国王は大混乱。色々波紋が広がってるらしい」
(ん? なんか聞いたことのある話だな..........)
「へぇ。大変だな」
「お前、なんかリアクション薄いな。首都に行った時、あんなに姫様に首ったけだったのに...」
「姫が竜に心を!!? それは大変だ、何とかしないと!!」
いけない、いけない。言葉を選んで話さないとボロが出る。
ふと、あることを思い出す。むしろこの青年がこの話題を振ってきた時、なぜすぐ気づかなかったのだろう。
「なあ.............」
ここでこの青年の名前をまだ知らないことに気づく。どうしよう。
「ん? どうした?」
まあいいか。
「その姫さんって、テレーゼ姫だよな?」
「ああ。そうだが....、それがどうかしたか?」
「いや、何でもない」
ここでわかったことが一つ。依然として原因は不明だが、どうやらここは俺が先程まで読んでいた童話、『竜と姫』の世界らしい。
*
『竜と姫』のあらすじを説明するとこうだ。
――ある国王の子女であるテレーゼは、悪しき竜に心を奪われ篭絡されてしまう。これに大きなショックを受けた国王は、この竜を討伐しようと遠征隊を派遣するが、返り討ちにあう。そこで、全国から腕に自信のある有志を募り、この竜を倒してほしいと頼む。国王は竜を倒した者に褒美として、何か一つ願いを叶えてやると言った。
テレーゼ姫を実際に目にしたことがある主人公は姫に惚れていて、願いとして姫と結婚させてもらおうと、竜討伐に名乗りを上げた。彼は17歳でありながら、村一番の腕っ節の強さを誇っていたのだ。
竜はとても手強かったが、満身創痍で、主人公は竜の首をとった。国王は約束通り主人公とテレーゼ姫を婚約させた。主人公は幸せな生活が送れると、胸をふくらませていた。
しかし、そうはいかなかったのだ。竜のことを慕っていたテレーゼ姫は、竜が殺されたという報せを聞き、精神を病んでしまったのだ。そこで主人公は気づいた。自分は姫を救おうと竜を討伐したが、それは姫が望んでいたことではなかったのと。姫は竜を慕っていたのだから。それどころか主人公は、姫を手に入れたくて竜を倒したという、自分の醜い欲にも気づく。主人公は後悔し、心が荒んだ姫に寄り添ってあげた。
すると次第に姫は主人公に心を開き始め、最終的には心から二人は結ばれた。めでたしめでたし。
概略はこんな感じだ。自分が考える相手が望んでいることと、相手が本当に望んでいることは違うという、思いやりの恣意性を、子供に教えようと書かれた童話だったはずだ。
童話としての話は二人が結ばれて終わりだが、物語としては続きがある。
――主人公とテレーゼ姫は子宝にも恵まれたが、ある日テレーゼは知らされる。あの竜を殺したのは主人公だと。昔恋焦がれていたあの竜を殺したのは今の夫だと知った彼女は、夫を殺し、憤怒と悲哀の竜に転じてしまう。
そう、物語としての結末は、姫が主人公を殺したあと竜になる。要はバッドエンドだ。
*
で、俺はその世界にいる。この青年の話から察するにそういうことだ。そして嫌な予感、どうやらこの世界の俺はテレーゼ姫にご執心らしい。まるでどこかの竜を倒した英雄みたいじゃないか?
嫌な予感は往々にして当たるもの。早くこの世界から脱さないと。
そうこうしているうちに集落のようなものが見えてきた。
(あそこが俺の居住地か?)
青年はその集落にある家の一つに向かっていく。俺はそれについていく。
青年がその家のドアを開けた。
「おばさーん。アレクセイ連れ帰ったよー」
「はーい、ありがとう」
家の奥からふくよかな体つきの女性が現れる。青年の話ぶりから恐らく、この世界の俺の母親だろう。もちろんビジュアルは実際の母親と全然違う。
「アレクセイ! あんた家の手伝いもしないでどこいってたのさ!?」
「ご、ごめん。ちょっと散歩を.....」
「ったく、昼飯の準備するから、あんたはもう自分の部屋に戻ってな!」
「は、はい」
見知らぬ女性からここまで怒られるのは、なかなか居心地が悪い。
「じゃ、アレクセイ。また後でな」
「お、おう」
そう言うと、青年はどこかへ行ってしまった。
また後で...? 俺はここで日頃何を行っていたのか、それを知る必要がある。
だがその前にもう一つ、先程この女性――便宜上、母親(仮)としよう、母親(仮)が『自分の部屋の戻れ』と言った。言うまでもなく、この家に来たのは初めてであり、間取りや構造なんて知らない。
自分の部屋がどこか分からないのだ。しかも、安易に「俺の部屋ってどこ?」なんて聞くわけにはいかない。とりあえず自力で探してみようか。
俺は先程から見えていた階段を登っていった。
階段を上がると部屋が3つ、見てとれた。とりあえず手前からドアを開けてみる。
部屋にある寝台が大きい。明らかに二人用だ。確か、『竜と姫』に主人公の兄弟に関する描写はない。主人公は1人っ子と考えるとこの部屋は俺の部屋ではないな。
俺はその部屋のドアをしめ、次の部屋に向かった。
次の部屋にあった寝台は大きさからして一人用だった。おそらくここだろう。
一応、最後の一部屋を覗いてみたらトイレだった。
二つ目に確認した部屋に入る。部屋には寝台、机と椅子、たんすに本棚と、至って普通の様相だった。
だが、俺は、机の上に筆記具や羊皮紙に紛れて置かれている、あるものに目がついた。
「なんだこれ...手紙?」
シーリングワックスで封をされた封筒だ。シーリングワックスに捺されている紋章は見覚えのないもの。差出人は.....アーサー・ギルバート?
記憶にない名だ。
俺は封を開けて、中にある紙片を取り出す。
「やっぱり手紙、みたいだな」
その手紙にはこう書かれていた。
――ミオ=アレクセイ殿
役者たちの運命を知る者よ。そなたの力を持って、姫君とそなた自身の悲愴な運命を回避し、この寓話を上書きせよ。さすれば、現世への道は開かれん。
この手紙の指す意味を、俺はしばらく考えていた。
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