第13話 事の顛末
――ここはどこだ。
見渡す限り何もない。俺が今立っている地面は、鏡のように、澄み渡っている青空を映していて、地平線が判別できない。
俺はさっきまで、司書室にいたはずだ。
そして油断して、アイザックに.....。
「あの剣の量だしな、もしかして死んだ?」
まだ未練たらたらの人生だったのにな。
「お前も不遇よの。我を手にしたがために数奇な人生を送ることになるとは」
「?!」
いつの間にか、目の前に少女が現れていた。
青みがかった長い黒髪、漆黒の瞳、黒を基調としたクラシカルロリータに身を包んだ少女、歳は...14くらいだろうか。かわいい.......って、そんなこと思ってる場合ではないな。
「どうした。鳩が対物ライフルを食らったような顔をしておるぞ」
「そんなに驚いた顔してました? というか鳩がそんなの食らったら跡形もなく消し飛びますよ」
なぜ成人した俺がこのロリに敬語を使っているのか、別に女性相手にキョドっているわけではない。
この子の出で立ちが大人びている、いやそんなものではないな。まるですべてを見通しているような、年不相応の瞳だったからだ。
「あなたは誰ですか、って聞いたら答えてもらえますか? あと、ここがどこなのかも」
「もちろんだ」
「――私は叡智そのものだよ」
「.....はい?」
「お前さんが所持している魔導書『
「.....つまり、『
「ふっ、まあそういうことだ。そしてここはお前さんの精神世界。今現世ではお前の意識は消失しているからな、我がここに引き込んだんだよ」
「じゃあ俺、死んだんですか」
「そうだ」
「.....」
「まあそう落胆するな。お前は長らく不在だった我の所有者だ。そう簡単にくたばらせんよ」
彼女はくすりと笑う。
「でも、死んだんですよね? 死者蘇生なんて出来るんですか?」
「お前さんが、我と契約したらな」
「契約.....?」
「ああ。魔導書を所持するっていうのは段階がある。お前や、あの女はまだ“持っているだけ”。魔導書の表層に記された力しか使うことができない」
「表層だけ...?」
「ああ。言うなれば、お前さんたちが一方的に我たちを所持しているだけなんだよ」
「はあ。それじゃあ、契約っていうのは...」
「魔導書を単に所有するだけとは違い、契約は相互的に“所有する”ことだ。お前は我を、我はお前を所有することになるな」
「それをしたら何か変わるんですか? あとその契約っていうものがノーリスクなのか教えてください」
「うむ。まず、契約すれば我はお前の精神世界、つまりここに居座ることになる。それは、お前の精神世界の二分の一は我の物になるということだ」
「.....俺、二重人格になったりしちゃうんですかね?」
「ふふっ。そんなことはない。まあお前の意識が不覚醒の時にちょこちょこ顔を出すかもな」
それは、俺にとってはプラスの提案だな。こんな愛らしい子が会いに来てくれるとは。
「そうですか」
「あと、魔導書の力の幅が広がる」
「.....というと?」
「一方的に所有されている時と違い、魔導書の力を5割ほど使えるようになるな」
「一方的に所持してる時はそれ以下なんですね」
「魔導書というものはお前が考えている以上に強力なものだ」
「そうですか。で、『
「それは内緒だ」
「...はい?」
「それを言っては面白くないだろう」
目の前の少女は口の前で人差し指を立て愛らしく仕草する。
「.....というか、俺が今死んでいることはどうするんです? 契約したとしても、このままなら俺の人生、ここで終わりですよ」
「安心しろ。お前の意識、というか肉体の中身は今我が握っておる。契約後は肉体に返上することも可能だ」
「随分とご都合主義な展開ですね」
「お前さん、我を手に入れた時一回死にかけてるだろう。まあ我はお前の精神世界の二分の一をもらうからの。その辺のアフターケアはバッチリということだ」
急に口調が幼くなったのは、自信によるものか。
「はァ。分かりました。その可愛さに免じて契約しますよ。生き返ることができるのなら尚更ね」
「ふふっ。そうか。では.....」
少女が近づいてきて、彼女の額と俺の額が触れる。
その瞬間、視界が白む。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
目を覚ますと、あの司書室の天井。
自分の体を見てみるとズタズタに切り裂かれた血塗れの服、しかし体は無傷。なんか既視感。
「ん.....」
体を起こす。周りにはこれまた血塗れの刀剣がたくさん落ちている。
「な、なぜだ....。あの数の剣に貫かれてなぜ生きて.....」
「定番の反応、ありがとな」
「クッ、まあいい。貴様がくたばるまで何度も剣を錬成すればいい。百でも千でも、万でもなぁぁぁぁ」
まずいな。これから先のことを考えていなかった。とりあえず、シオリさんのところまで逃げるか。
そう思い、俺が踵を返した時、部屋を照らしていた魔法陣の燐光が消えた。
振り返ると、アイザックの動きが止まっている。そして異様な点が一つ、彼の胸から“腕”が一本伸びていた。
「こ、れ、、は...」
アイザックがその場に倒れる。すると、アイザックの背後にいた人物が現れる。
「こいつもしくじったか。だがまあ、座標設定技術はそこそこ使い物になるようしてくれたからな。役に立ったといえば役に立ったが.....」
ローブを着たその人物はフードを深く被り、顔がよく見えない。体格は俺と同じか少し大きめ。さっきの声と体格から男だろう。
禍々しい雰囲気を放つ目の前の男。よく見ると一冊の本を携えている。
「ん、よう。お前、今は叡智と契約した直後くらいか?」
!! なぜ知っている...。それにこいつは一体...
「まあ、ここにあまり長いするのもあれだし。こいつの知識を奪ってさっさとお暇すするか」
.....驚くことが多すぎる。
こいつは今、知識を奪うと言った。それは紛れもなく『
「あんた、『
「.....」
こいつの神経は逆なでしない方がいい。本能がそう警鐘を鳴らしている。
俺はそれ以上の追求をやめた。
男は倒れているアイザックに触れた。
一応数えていたが、10秒間触っていた.....。
アイザックに入れ知恵をしたのはこいつだろう。
そしてこいつは今、アイザックの知識を奪い尽くしたはず。
「よし。命までは取らないが、抜け殻みたいな人間になるだろうな」
「あんた一体誰だ?」
「それに答えたら、お前は救えるのか?」
「?」
「いや、忘れてくれ。じゃあな」
次の瞬間男の姿は消えた。
「あいつは、一体....」
あの男が言い残した言葉、“救えるのか”というのは何をだ?
アイザックの元にいくと、どうやら気を失っているようだ。
「これで終わり.....か」
アイザックの犯行動機はなんだったのだろうか。それは結局分からず終いだ。
だがおそらく、あの男が関わっている。
俺はシオリさんのところに行き、事後処理について考えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回の事件の顛末。
まず、アイザックの凶行は白日の元に晒された。そのアイザックはというと、一切の気力が欠落していて、精神院に監禁されている。
民衆の反応は様々だ。また以前のように、きっと冤罪だとアイザックの無実を信じるもの。結局こうなったかと落胆するもの。だが一貫して言えるのは、王立軍の信用は地に落ちたということ。なにせ将官という高位の者が14人も手にかけたのだ。これから軍は肩身の狭い思いをすることとなるだろう。
ちなみにアイザックが犯人だ、と報告したのはシオリさんだ。彼女もまた、少将であり、軍での発言力も強いため、お偉いさん方に信じてもらうには彼女に報告してもらうのが一番だと思ったからだ。
上の人たちは公表すべきではないと世間体を気にした意見を出していたが、正義感の強い総帥が、事件の真相を公表するという決断を下した。
そして、エドワード氏は晴れて釈放された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
事件の真相が公表されて数日後、俺はセニルの第二研を訪れていた。
所長のエドワード氏に面会を申し込んでいたのだ。
研究所の面会室で俺とエドワード氏は机を挟み向かい合っている。
「この度は、私の無実を晴らしていただいてありがとうございました」
「そんな...頭を上げてください」
「いえ、今回はあなたのお力添えのおかげで、事件が解決したと聞きました。どうお礼をしたら良いか」
「はあ。じゃあ一つ、お聞かせ願いたいことがあるのですが.....」
「はい、何でしょうか」
「なぜ、アイザックに協力したんですか」
「.....」
「今回の事件の共犯者はアイザックだけではない。あなたもそのひとりだ」
「.....いつからお気づきで?」
「アイザックが転移魔法の理論を知っていたこと。あとは、拘束中のあなたの態度に妙に落ち着きがあったこと」
「ほう」
「刑務所の獄吏から聞きました。あなたは牢屋の中で、異常なほど落ち着いていた、濡れ衣を着せられたとは思えないほど、と。あなたは、自分が捕まることは計画のうちだと、アイザックに知らされていたんですね?」
「ええ。今回の事件に協力すれば、研究の後援を軍が秘密裏に行ってくれるとな。私立の研究所であるうちは成果を出すのに、何より資力が必要だった。なのに!....あいつは、」
「裏切った」
「....!?」
「知らされていた計画ではほんの数日で釈放される予定だった。死刑宣告を受けた時は焦ったが、それでもアイザックの言う通り数日で釈放されると、そう思ったのでしょう?」
「そこまで知って.....」
「ま、俺が聞きたかったことは聞けたので、そろそろ帰ります」
「あ! ちょっと待って、」
「他言はしませんから」
「なっ! どうして.....」
「あなたも裏切られたひとりですし、俺には正義感とかあまりないので。じゃあ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
研究所を後にした俺は図書館に戻った。
「おおミオ、戻ったか」
「シオリさん、こんにちは」
「午前中に急に出かけるとか言い出して、どこに行っていたんだ?」
「――ただの散歩ですよ」
連続変死事件の幕引きだ。
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