第12話 真相

さかのぼること3時間前


最後の会合を終え、シオリさんと共に、俺は図書館の研究室にいた。


「エドワード氏が死刑判決とは...、少々性急すぎる気もするが.....」

「......。」

「ミオ? 」

「......。」

「おい! ミオ!」

「あ、は、はい! 何ですか」

「.....どうした。何かあったのか?」


「ちょっと気になることが...」

「?」

「シオリさん。鋼竜髄ミスリルブラッドって知ってますか?」

「ミスリル、ブラッド? .....聞いたことないな」

「そうですか...」

「さっきから急にどうしたんだ」

「いや、もしかしたら....でも...」

「?」

「シオリさん。アイザックの部隊ってどういう軍務に携わってるんですか?」

「アイザックの部隊か? 隠密部隊だよ。秘密裏に任務を遂行する、例えば暗殺とか諜報とか...」


「シオリさん。話があります」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――アイザック将軍」


彼は警戒態勢を解いた。


「君は....、会合に来ていたアリシア将軍の連れか?」

「覚えていただいて光栄です」


「呼び出したのは君か?」

「はい」

「なぜ匿名で....、しかもあんな、怪文書めいたものを」

「そんな匿名の怪文書に、よく応じてここまで来ましたね」

「それは....」

「まあそんなことはどうでもいいんですよ」


「さっきも言ったように、俺の仮説が正しいか答え合わせしてほしいんですけど」

「仮説...、あの手紙に書いていたことを本気で思っているようなら、悪いが私は帰らせてもらう。将官という身は忙しいのでね」



「――鋼竜髄ミスリルブラッド


「!!?」


「聞く気になってくれましたか?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



2時間と30分前、俺はシオリさんに頼み、ある手紙をこっそり届けてもらった。


宛先はアイザックだ。


そして内容はこう


『――エドワード氏の潔白を証明するに足る情報をこちらは有している。断罪騎士、いや殺人鬼と呼んだ方が適当か。こちらの情報を各広報紙にリークされたくなければ、今夜、王立図書館の司書室に来い。


転移魔法を使えるとは、驚いたよ。 』




正直、いくつかの事実を繋げただけで、完璧に真実を導けたとは思っていない。


だからこれはハッタリだ。


そして、アイザックが司書室に来れば、事実確認がしやすくなる。


エドワード氏が本当に殺人犯か、そしてもしそうでなければ、証明するにはもうこの方法しかない。



さて、2時間後までに、考えをまとめるか。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



鋼竜髄ミスリルブラッド...、何だいそれは」

「“何だいそれは”、ではなく、“なぜそれを知っている”、と聞きたいんじゃないんですか?」

「..........」

鋼竜髄ミスリルブラッドなんていう王家の宝物、俺みたいなただの司書が知ってるわけないですもんね」

「..........」

「他でもないあなたから知ったことなんですけどね」

「なに.....?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



2時間前、研究室にて俺は考え事をまとめていた。


――鋼竜髄ミスリルブラッド...ついさっき知った知識だ。


古の対戦時、獣竜種から人族が奪い取った戦利品。


今は王家が宝物庫に保管している品で、王家、それも本家の者しか存在を知らない品。


なぜかさっき、軍本部ですれ違いざまに肩を擦ったアイザックから、たまたま奪えた知識の“一つ”だ。


なぜアイザックが知っているのか、ではなく、鋼竜髄ミスリルブラッドの特性に俺は驚いた。


鋼竜髄ミスリルブラッドは白銀の流動体で、触れた物体を貴金属に変質させる、希少種の竜の体液だ。

採れる竜によって、変質させる金属の種類が異なるようだが、ラグニール王家が所有しているのは、物体をテルムナイトに変えるものだ。

そして、この鋼竜髄ミスリルブラッドが変質させる物体は無生物に限らない。


俺はすぐに今回の事件と結びつけた。


そして、アイザックから奪った知識は他にもある。


転移魔法の理論、監視法具の偽装技術、そして“魔法の座標設定技術”だ。


最後の知識は初耳だったが、どうやら魔法の発生座標を細かく設定し、発動させることができる技術らしい。

魔法というものは発動できる射程が短めだ。なので戦争では法具より銃火器が多用されたらしい。

それを克服するのが魔法の座標設定技術。それでも遠距離に発動させるのは不可能らしいが...。

この技術を使えば、“物体の内部にも”魔法を発生させることができるらしい。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



目の前のアイザックは狼狽している。この反応を見ると十中八九クロだな。


「転移魔法、鋼竜髄ミスリルブラッド、そして魔法の座標設定技術。これらが今回の事件のキーです、よね?」


単語を発するたびにアイザックの顔が険しくなる。


「あいにく、どれも聞き覚えがないな」

「そうですか、それは残念です」

「ああ。それにエドワードを映した映像媒体が見つかっている。あいつが犯人で間違いないだろ」

「第三者によって捏造されたあれですか」

「!!」

「さっきから図星のようですね。もういい加減認めたらどうですか」

鋼竜髄ミスリルブラッド....転移魔法.....」


ここで俺には懸念事項があった。アイザックから盗んだ知識を、アイザックが知らないことだ。犯行計画は覚えているだろうが、鋼竜髄ミスリルブラッドなどの知識は俺が奪い、今、彼は知らないはず。

彼は本当に鋼竜髄ミスリルブラッドのことを知らない可能性が高いのだ。



「知っている...、知っているぞ....」

「...?!」

「“あいつ”の言ってた通りだ。ハッハッハ」


先程までのアイザックとは一転、狂ったように目を見開き、口を引き裂かんばかりに開けている。


そして.....、こいつは俺から奪った知識を未だに保有している。ここに来て予想外の事態だ。



「“あいつ”? 誰のことだ」

「さあな、ただ教えてくれたんだ。俺の知識を奪う奴が接触してくる可能性があるってな。記憶に違和感を感じた時のために備忘録をつけていて正解だったよ。クックック...。」


俺の魔導書を知っている者がいる?! 今こいつは確かに言った。“知識を奪う”と。


「さっき“知っている”って言ったな。罪を認めるのか?」

「クックッ、まだだ、最後までお前の推理を聞こうじゃないか」


「.....お前は座標設定技術で被害者たちの体内に転移魔法を設置、鋼竜髄ミスリルブラッドを転移させたんだろ?」

「それでー?」

「一度捕まったのは、自分が拘束されている時に事件が起きれば、自分は容疑者リストから外れるから。あえて捕まったんだろ」

「おいおい。俺がムショにいたら、人なんて殺せねーだろ??」


「――カークがやったんだろ?」

「ほうぅ...そこまで...」


「カークはお前の共犯者だ。自分が拘束されている時にカークに犯行をさせ、自分を捜査の目から除外した。そしてカークを.....」

「ああ。殺したよ。俺が、カークを、口封じのためにな」

鋼竜髄ミスリルブラッドを海馬に転移させたのは、記憶の閲覧を危惧してか?」

「察しがいいなあー。そうだ、不安分子は摘んでおかないとな」

「会議室での激情が演技とは舌を巻いたよ」

「ああ。悲劇のヒーローっぽかっただろ?」

「.....」


「でもよぉ、何でこんなまどろっこしい手口で殺す必要があるんだぁ?」

「もともとセニルの第二研の所長、エドワードに濡れ衣を着せるつもりだったんだろ?」

「...フッフッ。続けろ」

「あそこは過去に鋼化魔法の研究をしていた。罪を着せるには格好の的だ。そしてカークのダイイングメッセージ。カーク、死に際にあんなこと言ってないだろ? あれはエドワード犯人説を後押しするピースってわけだ」


「フッフッフ。正解だ。でもぉ、何で俺の姿は監視法具には映ってなかったんだろうなー」

「まだ俺に解説させるのか。.....隠密部隊に与えられてる視認魔法阻害の外套を来てたんだろ」

「ハッハッハッ。完璧だ!! 『叡智サピエンティア』の力はすごいな!!!」


ん、こいつ今何て...。


「『叡智サピエンティア』?なんだそれは」

「おいおい、しらばっくれるなよ。俺の知識を奪ったってことは、お前、魔導書の『叡智サピエンティア』持ってんだろ???」

「.....なんでそれを」

「“あいつ”から聞いたんだよ」

「またか」

どうやらアイザックに入れ知恵をしている者がいるらしい。


「そろそろ、自分の罪を認めるようだな」

「ああ。だが俺はムショにもう一度入る気はない」


来るか...!


「さよならー」

「くっ!」



次の瞬間俺は後ろに大きく跳躍した。


俺がもともといた空間から突如、銀色の水滴が現れる。


「避けるかー!! これを」

「まだ、聞きたいことが、あるんだけどな!」

「聞いてやるよ。生きてたらな!!」


俺は走って相手の追随をかわす。司書室の空間は鋼竜髄ミスリルブラッドで煌めいている。そして白銀の液体が落ちることで、床が鈍色に変わっていく。


ふと、アイザックの猛攻が止まった。


「なんだ、はァ、燃料切れか?」

「どうやらそうみたいだな。褒美に、お前が聞きたがってたことを聞いてやるよ」

一時休戦だ。ただ、気は休められない。

「被害者の鋼化部位が、事件が起きるにつれて変わったのはなぜだ」

「なんだ、そんなことか」

「気になることは頭から離れない質なんでね」

「単に慣れていっただけだよ」

「は?」

「座標設定ってのは難しいんだよ。最初は心臓とか狙っても外れたところに魔法発動するし」

なんだそんなことか。

「それと、転移魔法、エドワード曰く、あの魔法を使えるやつって今のところいないらしいけど、お前よく使えたな」

「フッ。俺はなあ、自分の魔法適性を十分の一の数値で軍に報告してるんだよ」


なに...。アイザックは魔法適性が並外れているから、若くして将官になったと、以前シオリさんに聞いた。


今の話だと、奴の本来の魔法力はその10倍...?


「さて、そろそろお喋りも終わりだ」

「! しまっt」

「死ね」


突如、司書室を埋め尽くさんばかりの魔法陣が展開される。

思わず油断した。危険と判断したら、すぐに外でスタンバイしているシオリさんのところへ逃げ込もうと構えていたのだが。

今走り出しても間に合わない。


大量の魔法陣から刀剣が現れる。


思考が停止。ただただ、その刀剣の多さに圧倒される。



次の瞬間、司書室に鮮血が舞った。

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