第10話 解決?

パトロールを始めて数日経ったある晩、俺とシオリさんは央都の南西区を巡回していた。物的証拠を探すというのが、このパトロールの意味なのだが、進展が一切見られない今は、“パトロールをしている”ということを殺人鬼の犯行の抑止力にするのが主な目的だろう。


その日も何事もなく終わると起こっていたのだが、そんな考えは一つの知らせによって打ち砕かれた。


「ん、あれ調査団の人じゃないですか? こっちに走ってきますよ」

「.....本当だ。何かあったのか」


「アリシア将軍、ご報告します」

やはり調査団のメンバーらしい、30代くらいの女性がシオリさんのもとへ走ってきて、敬礼の姿勢を解き、話し始める。


「.....14人目の犠牲者が出ました」

「犠牲者...、もう既に亡くなっているのか」

「はい。すぐに.....」

「そうか.....、で、身元は?」

「それが.....」

「?」

「...カーク上等兵です」

「何...?!」

「カーク上等兵が襲われ、先程死亡が確認されました」

「.....調査団員がやられたということか」

「はい.....」


その後、報告に来た女性団員は本部へと向かった。


緊急の会合が翌日の午前中に行われるそうだ。


俺たちはその日の巡回を終え、帰路につこうとしていた。


「シオリさん、さっきの話って.....」

「ああ。私も驚いたよ」

「犯人が狙う相手って、何か繋がりでもあるんですかね」

「どうだろうな。どちらにせよ、調査団員が殉死する形で被害に遭うとは.....」

「カーク...この前酒場で話しかけてきた人ですよね...」

「ああ。あとから聞いたが、あいつはアイザックが隊長を務めている部隊の隊員だったらしい」

「そうですか.....」


「君の魔導書は...死者には使えないのか?」

「無理ですね。試したことはないですけど、少なくとも魔導書にはそう書いてありました」

「なら、無理だろうな」

「はい.....」

「カークが襲われたというのは何か意味があるはずだ。こうなったら仕方ない。カークに近しい者の知識を漁るか.....」

「まあ最近知った知識は簡単に奪えますけど.....」

「“最近”?」

「...はい...どうかしたんですか?」

「君は任意の知識を奪えるのではないのか?」

「ええ...言ってませんでしたっけ。対象が知った最近の知識から奪っていくんですよ。まあ厳密に手に入れた順ではないみたいですけど」

「初耳だ。そうか、そういう力だったのか...」

「はい。でも、そうですね。最近の知識程度なら一瞬触れるだけで奪えますし、カークと関わりがある人をしらみつぶしに調べるのが良さそうですね」

「ああ」


その後俺はシオリさんと分かれ、宿屋に帰った。調査期間はずっと宿屋住みだ。

本の匂いが恋しい...。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次の日、俺はひとりで軍本部に向かった。予定通りなら、緊急会があるはずだ。


アイザックが釈放されて以来、2度目の軍本部会議室だ。


重厚な扉を押し開け室内に入る。



「クソぉぉぉっ!!!」


部屋に入った瞬間響く怒号。声の主は.....


「!......すまない。取り乱してしまった.....」


アイザックだ。最初の会合で見た日よりやつれているように見える。それでもすぐに気丈な佇まいに戻ったのは将官としての矜恃か、あるいは亡き者に対する礼節か。



シオリさんを見つけ、隣に座る。


「アイザックが率いる部隊は少数精鋭だったからな。人数が少ない分、部下一人一人に対する想いも強かったのだろうな」

「噂を聞いて誤解してたみたいです」

「何がだ?」

「あいつの為人ひととなりですよ」

「今の彼は、君にはどういうふうに映えているんだ?」

「人間臭くて、かっこいいですよ」

「ふっ...そうか」



程なくして、緊急の会合が始まった。


「まずは.....知っているものも多いと思うが、昨日、カーク上等兵が夜の巡回中に殉死した」

会場はシンとしている。


「カーク上等兵の死は大変残念なことだ。だが、カーク上等兵が死の間際、我々に遺してくれたものがある。アイザック将軍」


「ああ。私はカークと共に昨晩巡回をしていた。と言っても、彼が襲われた時、私はそばにいてやれなかったのだが.....」

アイザックが話している途中で顔を俯かせる。よほどカークの死が精神にこたえているこだろう。


「アイザック将軍.......」

「ああ、すまない、オステイン軍曹」


「彼が死の間際、私に遺した言葉がある。カークがその日に掴んでいた情報らしい。出どころは分からずじまいだが、彼はこう言った」



「異種族の、術だと」


会場がざわつく。


「さらに」


アイザックが話を続ける。


「代替魔法とも言った」


「恐らく今回の犯行は他種族の術を魔法で代用する技術が関わっている。もしかしたらその技術自体が、今回の犯行の手口かもしれない」


しばらくの沈黙、そして再びアイザックが口を開く。


「皆、これはカークと、そして善良な市民への弔い合戦だ。残虐な殺人犯を突き止め、カーク達を安らかに見送ってやろう」


多少、私情が挟まれているもやはり誰も彼を咎めない。

そして彼が話し終わった時、会場には拍手が響いた。




その後の会で、央都の研究所に立ち入り訪問、事情聴取することが決まった。幾つかある研究所にメンバーが割り当てられた。俺とシオリさんは今回お休みだ。


会の後、シオリさんがこちらに来た。俺たちは連れ立って、外に出た。


「シオリさん、さっきアイザックが言ってたの、どう思います?」

「カークが死の間際に残したというあれか」

「はい」

「そうだな.....君の友人の...、オスカー、だったか。彼が言うには、セニルの第二研は技術的に不可能らしいが...」

「他種族の術の魔法運用を研究してるのはあそこだけじゃありませんけどね」

「ああ。中小研究所もいくつか手がけているだろうし、王立研究所もその分野の研究をしていたはずだ」

「その内のどこかが、オスカーが言ってた鋼化魔法とかを完成させて、今回の事件に使ったかも知れませんね」

「ああ。まあ、今回のお勤めは私たちには関係ないがな。研究所の調査が終わるまで、待つしかないだろう」

「そうですね。結局、魔導書の役目はまだ来なそうですしね」

「使わずに終わるといいのだが.....」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



それから数日、最初の事件から4ヵ月近くが経ったある日、何気なく読んだ朝刊に驚くべき記事が載っていた。


〝変死事件、ついに閉幕。犯人はセニル二研のマッドサイエンティストか?!〟


「.....!!」


セニル二研...間違いない、オスカーが働いているところだ。


俺は記事の中身を読み進める。


要約するとこういうことだった。


――容疑者として逮捕されたのはセニルの第二研究所の所長、エドワード・ウォート氏。王立軍調査団の団員がこの研究所に立ち入り調査を行った際に“鋼化魔法”、“転移魔法”、“隠密魔法”の理論書を発見。決め手となったのは、理論書とともに所長室で見つかった一つの映像媒体。突如裏通りに現れた(隠密魔法と思われる)エドワード氏が映っており、近くにいたカークが突然苦しみ出す様子が捉えられている。事件調査により増設された監視法具から抜き取られたものだと推測されている。



所長...、あの時会った強面の人か。


証拠映像も見つかったってことは、確実だろうな。



オスカーは大丈夫だろうか。


俺はすぐに身支度を済ませ、セニル第二研へと向かった。

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