第9話 釈放

拘束中に新たな犯行が行われたことにより、アイザックの無実は間接的に証明され、釈放された。断罪騎士の無実は、奇しくも殺人鬼の凶行によって証明されたのだ。皮肉なものである。


けれど、アイザックが釈放されたからといって、一度首を突っ込んだ事件調査から退くわけにはいかない。調査団はこれまで同様、真相解明を急ぐつもりらしい。


俺とシオリさんは調査団の臨時本部の会合に出席するため、王立軍の本部へ向かった。シオリさんはともかく俺も向かっているのは、13人目の被害者が襲われた現場にいたから、状況を知っている者の声を聞きたいから、ということだった。


「緊張するな...」

「そんなにかしこまらなくてもいいぞ?」

「だって軍人だらけの所に余所者が行くなんて...」

「上からのお達示だ、受け入れろ」

「.....はい」


豪奢な内装の軍本部の廊下を歩きながらそんなことを話した。


「ここだな」

調査団本部の会合が開かれる部屋にやってきた。


「シオリさん。調査団ってどれくらい偉い人が参加してるんですか?」

「一番上は少将である私だよ。そもそも調査団に参加している将官は、特例で上位階級についてる私しかいない」

「じゃあ団長はシオリさん.....じゃあないですよね。シオリさんそういうのやらなそうですし」

「まあ確かに私が団長ではないが...、私も上から言われたら引き受けるぞ?」

「そりゃそうですよ」


シオリさんが部屋の扉を開ける。


と、扉を開けながらシオリさんが何かを思い出したように呟いた。


「そういえば、」

「?」

「私の他にもう1人、少将が来ているはずだ。忘れていた」

「もう1人? 誰ですか?」

「今回の調査団設立の発端となった男だよ」

「それって.....」

「あぁ」


「アイザック将軍だ」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その部屋には、長机が長方形を形づくるように並べられていた。俺たちが来た時には既にほぼ満席であった。扉から見て最も遠い辺の真ん中の席には団長であるらしいオステイン軍曹が座っている。

そしてその左隣には、先日まで渦中の人だった、アイザック将軍が座っている。


噂通りの美形。彫りの深い顔に切れ長の目、前髪を中央で分け横に流しているその流麗な姿を見ると、世の女性が魅了されるのも頷ける。

だが今の彼の表情は、どこか悲しげ、いや、悔しげに見える。


俺とシオリさんは一番扉に近い手前の辺の端の方に座った。


会に出席している面子を見渡すと、先日酒場で話しかけてきたカークの姿もあった。アイザックの二つ隣に座っている。



俺たちが部屋に入った数分後に会合は始まった。


「これより、連続変死事件調査団の今度について会議を執り行う。だがその前にまず、アイザック将軍からお言葉がある」

オステインが口火を切り、アイザックに話をつなげる。


「皆、此度の騒動については本当に迷惑をかけた、すまない。そして礼を言う。今回の事件の調査は捕えられた私の無実を証する事も目的の一つだと聞いた。改めて、感謝する。だが、本質的な面ではまだこの調査団にはやるべきことがある。

先日まで身動きが取れなかった私が言うのも、皆に対して失礼だとは思うが、真犯人の凶行は未だ止められていない。これは由々しき事態だ。一刻も早く解決し、市民の安全を確保できるよう、私も調査に加わるつもりだ。皆、協力して早期解決に努めよう」


元事件の容疑者がその事件の調査団に加わるのは如何なものか。だが異を唱える者は誰もいない。この男、アイザックがこれまで築いてきた信頼とカリスマ性の賜物だろう。


今やこの男は堕落した騎士から一転、濡れ衣を着せられた悲劇の騎士になったのだ。民衆の同情を得て、今後も人気が高まるのだろうな、と思う。



その後は事件の概要の整理、調査の進捗状況等が話された。何度か俺とシオリさんにも話が振られたのだが、まあ当たり障りなく、事実を話した。


会議も終盤の時、

「直近の犯行現場に気になるものが落ちていた...、いえ気になる事がありました」

団員の1人が報告する。


「13人目の被害者が襲われた現場の石畳に一ヶ所、1インチほど石材が不自然に変質している部分がありました。調査したところ、テルムナイトであることが判明、事件との因果関係はまだ分かっておりません」


その報告がなされた時、アイザックが一瞬訝しんだように見えた。

事件報告はそこまで興味がなかったので団員の様子を観察していたのでたまたま気づけたことなのだが、確かに、石畳の件が報告された時、明らかに顔が歪んだ。ほんの少しだけ。


何か心当たりがあるのか...。


結局、それ以上めぼしいことがないまま会合は終わった。

どの団員もまだ真相には近づけてはいないらしい。




その後俺はオスカーのもとを訪ねるつもりでいた。すっかり忘れていたのだが、貴金属に関する術を聞くつもりだったのだ。


「シオリさん、この後セニルの第二研に行こうと思ってるんですけど...」

軍本部を出たあたりでシオリさんに尋ねてみる。


「今回の事件で使われたであろう術について聞きに行く...か?」

「そうです。流石、察しがいいですね」

「私も同行していいだろうか?」

「そりゃ...、構いませんけど」

「ありがとう。もし有力な情報があれば直接聞きたかったんだ」

「分かりました、じゃあ早速行きましょう」



俺たちは予定通りセニル街の研究所に向かった。


急な訪問のため、オスカー個人を呼んでもらった。


「何度も悪いな」

「悪いと思ってんなら遠慮しろ」

「まあまあそう言うな」

「ったく、お隣はどなただ?」

「俺の同僚のアリシアさん」

外用の呼称で紹介する。

「シオリ=アリシアです。今日は貴方の研究所で研究している術について、少々尋ねたい事があって来ました。今はお忙しかったでしょうか...」

「いえ、構いませんよ」

「よし、じゃあ、近くのあの酒場に入ろうか」

「ミオ、貴様女性を盾にして話をつけるとは、随分狡猾になったな」

「........」


前回オスカーと話した酒場に入った。3人ともアルコール無しのドリンクを注文した。


「で、話ってなんだ? ミオ」

「ああ。最近央都で変死事件があってるのは知ってるだろ?」

「もちろんだ」

「それで、単刀直入に聞くが、今回の事件の手口に心当たりとかあるか?」

「.....なんでお前はそんな物騒なことを聞くんだ?」

「色々あるんだよ」

「......まあ深くは聞かねえよ」

「お前の所は色んな術を研究してるだろ? その中に人の体に金属を埋め込めるような術はあるか聞きたいんだが」

「限定的な聞き方をするなぁ.....。まあ人の体に異物を埋め込む術がない訳では無いが、今回の事件みたいな金属塊を縫合痕なしで埋めるっていうのは聞いたことないな。そもそもそんな術、需要ないだろ」

「まあ、確かに」


「けど、そうだな.....、鋼化魔法ならうちでも取り扱ったことがある」

「鋼化魔法?」

「ああ。獣竜族の中に万物を貴金属に変質させることが出来る個体がいる。そいつの特性を模倣しようとしたんだが...」

「ああ」

「理論段階で頓挫、実行段階には至らなかったよ」

「そうか.....」


「まあそうだな.....、あとは転移魔法とかあるが...」

「転移魔法?」

「ああ。霊魔族には主従関係を構築する個体もいるんだが、そいつらが使う召喚サモンっていうのは知ってるだろ?」

「まあな。主人が従者を呼び出す時なんかに使うやつだろ?」

「そうだ。あれを応用させて、魔法でもできるようアレンジしたのが転移魔法なんだが.....」

「?」

「今のところ、あの術を使えるだけの技術を持った魔法適合者が見つかっていないんだ」

「なるほど。理論は完成したが今度は技術不足か」

「ああ。さらに上からの命令で、この術の理論内容の公開を禁止されてるしな」

「それはまたどうして」

「さあ、特許でもとりたいんじゃないか?」

「なるほど。新魔法は使用されて初めて正式に認定されるからな」

「そゆこと」


「結局、あの犯行の手口は分からず終いか」

「そうみたいですね」


「じゃあオスカー、俺らはそろそろ行くから」

「おう」

「話を聞かせてもらってありがとう」

「いえいえ」


俺らは店をあとにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



その夜のこと。


調査団は捜査の難航にしびれを切らせ、深夜のパトロールを数日前から行っている。


この日も例に漏れず市内の巡回を行っていたのだが、


――14人目の被害者が出た。


だが、この凶行を誰が予想できただろうか、14人目の被害者、それは...、



――調査団の1人、カークだった。

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