第8話 石畳の謎

次の日の朝、いつもに比べて遅めの起床をした俺は、身支度を済ませた後、図書館へと向かった。ただし働きに行くのではなく、シオリさんと待ち合わせをしているためだ。


図書館へ行く途中、朝飯を買うためフルーツ屋に寄った。柑橘を2つ買った。

そこの店主が気さくに話しかけてくる。


「聞いたかい兄ちゃん? あの騎士さん捕まったってやつ」

「あの騎士ってアイザック氏ですか?」

「おうよ。いやー人は見かけによらねーなー」

「まだ確実っていうわけじゃないですよ。証拠もほとんどないのですぐに釈放されると思いますよ。逮捕ってより、一時的に身柄を拘束している感じですし」


すると店の奥から中年の女性がやってくる。

「そうだよあんた! アイザック様が人殺しなんてするわけないじゃない!」

「お前は出てくんな! 今は商売の最中だ」

どうやらこの店主の奥さんらしい。


「じゃ、私はこれで」

一言声をかけて、その場を立ち去ろうとする。


「おう! まいど! 兄ちゃんも気をつけてな」



買った柑橘の皮を剥き中身を頬張りながら、図書館への歩を進める。酸味が少し強めか、好みの味だ。

爽やかな芳香を鼻腔に感じながら、さっきのフルーツ屋でのやり取りを思い出す。


(アイザックってやつ、相当人気なんだな。シオリさんが言ってたように女性は“様付け”で呼ぶくらいご執心なようだし、男性も彼が捕まったことを意外に思うくらい、民衆に信用されてるんだな)


(そういやアイザックが捕まった時、なんであいつは現場にいたんだ? 確かあいつが捕まった犯行場所って貧民街だったはずだが...)


そう、直近の事件が起きたのは貧民街なのだ。その時は深夜だったのだが、彼はなぜあんな場所に...。



そんなことを考えていると目的地に着いた。入口の横にあるベンチにシオリさんが座っている。


(いけね、待たせちゃったかな)


俺は小走りでシオリさんのもとへ急いだ。



「すいません、シオリさん。待たせてしまって」

「気にするな。二時間ほど前にここに来て、本を読んでいたのだ。君が遅かったというわけではないよ」

「そうですか。で、これからどうします?」

「そうだな...、とりあえず、犯行があった現場に行ってみるか。被害者遺族に対する聞き取りは別隊が行っている。私たちが今出来ることはそれくらいしかないだろう」

「そうですね。じゃあまずどこから行きましょうか」

「一番近いのは...、ここだな」

そう言ってシオリさんが地図で指さした場所は東の貴族街だ。


「それじゃあ行きましょうか」

「ああ」


この央都には中央の大きな広場があり、そこから四方に伸びるように大通りが作られていて、都を四分割している。地価や売っているものの価格は北東から一周する順で安くなっていく。東の貴族街は四分割した北東にあるので、俗な言い方、大金持ちが多いということになる。

王城や王立の施設も北東に多く分布しており、俺らが勤めている図書館もここに位置する。

さらに言うと、位が高かったり金をたくさん持っている者が皆、北東に住んでいるわけではない。土地柄や風土の好みで住む場所を選ぶ者がかなり多いので、一概にこの指標が当てはまるわけではないのだ。

端的な話、この北東に住む貴族は外聞を気にしたり、虚勢を張る者が多いのだ。


「東の貴族街で被害にあった方って誰でしたっけ」

「ゲルン子爵だな。遅くまで酒を呑んで、夜中ふらついていた時に襲われたようだな。近くの高級パブの店主が、直前まで酒を呑んでいた子爵を見ていたらしい」

「そうですか...」

亡くなった方をあれこれ言うのは不謹慎だが、そんな夜遅くまで呑んで街を徘徊したとは...、王国の貴族と元老院の腐敗はやはり著しいな。


そうこうしているうちに貴族街に着いた。

遺体が見つかった現場へ向かう。


「やっぱり北東区、監視法具はバッチリついてますね」

「ああ。あの映像も確認したらしいが、突然悶え苦しみ出す子爵の姿しか映っていなかったらしい」

「そうですか...」


周りを見渡しても不審なところはない。本当、この事件解決するのか?


その後俺とシオリさんはいくつか事件現場を見に行ったが、進展はなかった。監視法具がなかったり、あったとしても東の貴族街と同様、犯人の姿は映っていない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「手がかりなしですね」

「そうだな。被害者が亡くなる瞬間は映っているが...、魔法が届くであろう範囲に人は映っていなかったからな。魔法を使った犯行という線が消えるかもな」


そう、監視法具の映像を見てみると、魔法の適用圏内に被害者を入れることが出来る位置には人の姿は映っていないのだ。つまり魔法が使用された可能性は低い。


「じゃあ、アイザックはシロって確実に言えるんじゃないんですか? 彼が使えるのは魔法なんですよね?」

「ああ。だが証拠としては弱いな。一応このことは報告するが、何しろ現場の周りは建物が多い。陰に隠れて魔法を使用したという可能性も考えられるからな」

「確かに」


「さて、今日はもう切り上げるか」

「そうですね。だいぶ暗くなってますし」

「どうだ、どこかで食事にでもしないか」

「じゃあぜひ」


俺たちは最後に調査をした北西区の南の方にある酒場に入った。


すると、入口近くに座っていたひとりの男性が声をかけてきた。


「あれ、アリシア将軍?」

「ん? 君は...」

「はい、此度の王立軍調査団に選ばれたカークと申します」

「そうか、では」

「は、はい」


“アリシア”はシオリさんの苗字だ。


「シオリさん、なんか反応が淡白ですね」

「軍の者は苦手なんだよ。特に、あいつは見覚えがないから多分別の隊の所属だし」

「そ、そうなんですか...」


食事を済ませた俺たちは適当におしゃべりをした後、それぞれの帰路についた。



それから何日か経ったが、一向に調査は進まなかった。手がかりなし、情報なし、証拠なし。



その滞った調査に一石を投じる出来事が起きたのは、俺たちが調査を開始して4日目のことだった。



――13人目の被害者が出たのだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


調査開始から4日目の深夜、徒労に終わっている調査に毒づきながら、俺とシオリさんは北西区の端、貧民街の近くを歩いていた。


「シオリさん、マジで進展ありませんよ」

「...、そうだな。私もここまでとは思わなかった」

「確かこの調査団って、アイザックの無実証明も兼ねてるんですよね」

「ああ」

「アイザックが犯人っていう証拠がなければ、別の犯人の手がかりもない。なんかもういっそ、アイザックにこのまま牢屋ぐらししてもらってよくないですか」

「.....。正直、私も一瞬そんな案が浮かんだよ」


「これだけ手がかりがないって、逆に不自然じゃないですか?」

「ああ。12人も手にかけているんだ。ボロくらい出てもいいはず.....」


その時、近くで悲鳴が聞こえた。

そこまで大きいものではなかったがかなり距離が近いのだろう、確かに聞こえた。


「シオリさん!! 今のって...!」

「ああ、急ごう」


聞こえたのは貧民街の方向、走って一分もしない場所で事件は起きていた。



「おい! 大丈夫か!」

そこには既に誰かが来ていた。見覚えのある顔だ。


「君は確か.....カークと言ったな」

「アリシア将軍!.....大変です!」

「ああ、見れば分かる」


「ァ..........む、ねが........カッ.....」


「すぐに近くの医療施設へ...」

カークが苦しんでいる男性を背負い、走っていく。

「おい! 行くあてはあるのか!」

「近くに衛兵の駐在所があります。治療官のところへ行きます」


そう言いながら、彼は走っていった。


「あの男性、大丈夫でしょうか」

「恐らく無理だな。例の変死事件と同じ犯行なら、治療官ではどうすることも出来ない。手術医がいたとしても、時間的な問題でだめだろうな」

「防げなかった...、か」


――そこで俺はあるものに気づく。


「これは....?」


石畳の道に一ヶ所、不自然に銀色に変色している部分がある。1インチほどの大きさだろうか。


恐る恐る触ってみると、周りと明らかに材質が違う。


「シオリさん、これ」

俺はシオリさんに指さしてみせる。


「なんだこれは.....」

「シオリさん、これの素材って分かりますか?」

「詳しくは分からないな。ただ...かなり上質な組成の金属のようだが...」

「一部分だけこんな状態になってるっておかしくないですか」

「ああ。テルムナイト...かもしれないな」

「...事件に関係ありそうですね」

「まだ断定は出来ない。他の団員を呼んで、サンプルを採取してもらおう」


それから間もなく、調査団によって石畳の一部が削り取られた。もちろん国の許可を得て、だ。



その後分かった事が2つ、変化が1つあった。


――1つは、あの男性は治療官のもとにたどり着く前に息を引き取ったこと。


――もう1つは、あの石畳の一部変質していた部分はテルムナイトだったということだ。


そして...


――拘束中に事件が起きたことで、アイザックは解放された。

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