第5話 情報
その後の数分の会話から察するに、今この銀行で大声を出している連中は強盗で間違いない。しかし、俺がいるトイレを確認しに来ないあたりおざなりだと思う。注意すべきはさっきの爆音。たぶん火に関係する法具だな、結構威力が強いものが多いから要注意だ。
とりあえず奴らは俺の存在に気づいていないようだが、こんな王都の中心で強盗なんてするのだ、何か逃げ切れる策があるに違いない。
俺だけ逃げようと思ったらそこのトイレの窓から逃げれば良いのだが、周りに監視がいるかもしれない。
「どうしたものか...」
一応、この状況をどうにかする方法は考えてあった。『
「ま、やりますか」
失敗してもすぐに殺されることはないだろう。それにここ数週間の出来事で異常事態に対する危機感が少し麻痺している。
「まずは...」
――ゴンッ
個室の壁を思い切り蹴った。別に破壊したい訳では無い。物音をたてただけだ。
足音がこちらに近づいてくる。思った通り一人分だ。
心臓の鼓動が速くなる。作戦をいざ実行に移すと不安と恐怖、緊張が一気に襲いかかる。まあ、どうとでもなれ、だ。
「おい、誰かいるのか?」
強盗のひとりが今、扉を挟んで目の前にいる。集中しろ。
扉がゆっくりと開かれる。
「なっ....! こんn」
目の前に強盗犯が現れた瞬間、腹部に右肘を打ち込む。
しかし相手との距離感を誤ったせいか、いまいち手応えがない。
相手が、突き出した右手を掴んでくる。引っ込めようとするが手首を掴まれた。
その相手の手を今度は両手で掴み返す。その手をひねり、上に突き上げる。
相手の掴みが外れた。そして目の前の腹部ががら空きになる。
(今度はミスらねー....っよ!)
踏み込み、今度こそ右肘を強く打ち込む。
相手が狼狽している。よし、今だ。
目の前の男の顎を殴る。パワーではなくスピード重視で。
「はぁ...はぁ、.....とりあえずこれでよし」
図書館での一件以来、シオリさんに護身術の稽古をつけてもらっててよかった。
どうやら男は気を失ったようだ。さて仲間が来ないうちに...。
『
「...特に目新しい知識はなかったな。ただ、この強盗の計画は奪えた」
――えーっと、メンバーの数はこいつ含めて9人か、意外と多いな。貨幣の運び出しが2人、役員の見張りが2人、一般人の見張りがこいつ込みで4人、リーダー格は.....この建物にはいない? 隣の建物から周辺の監視役、危ない役は部下に丸投げとはいいご身分だなぁ。
この建物の周りに監視役はつけていない。...なるほど爆薬を持ち込んでいるのか。周りにもいくつか設置しているようだが...起爆具はリーダーが持っている。逃走が妨害されないように牽制、あるいは爆破のため、か。
そして...、これだな。連絡手段。ほうほう、貨幣持ち出し役2人に信号を送ると“緊急事態発生、すぐに脱出”。役員監視役2人に信号を送ったら、“急げ”か。
とりあえず必要な情報は揃ったな。幸運なことにここは銀行の待合所と通路をはさんでいて少し距離がある。だが急がないと怪しんだ仲間が来てしまう。
俺は気絶している男を個室に押し込み、トイレの窓から脱出した。
こちらの窓はリーダー格がいる建物の反対側だ。
既に銀行の周りには人だかりが出来ていた。
その中には衛兵隊もいる。
俺はそのまま、リーダー格のいる建物へと向かった。
無人の建物だったか。今は誰も使っていない...いやどうやら強盗犯のひとりが所有している不動産みたいだな。
その建物の3階。銀行に面した一室に、その男はいた。窓の方をじっと見ている。
(あいつの横にあるあれで信号を送るようだな。)
俺は服の中に隠していた護身用の得物に手をかけ、音を立てないように忍び寄る。
あと3m....男が動きを見せる。バレた...か? いや大丈夫だ。
あと2m....男が再び窓の方を凝視する。
あと1m....
「ん?」
気づかれた! 一歩で彼我の距離を詰める。そして握っていたナイフで男の体を一突き。
「なっ.......ぁ...........」
「効くだろ?軍や衛兵が暴徒を無力化するのに使う即効性の青酸晶だ。呼吸困難に麻痺、体は完全に動かなくなる」
これまたシオリさんにもらったものだ。
男の服から起爆具を没収する。
「そして、仕上げはこれだ」
そばに落ちていた法具で銀行にいる強盗犯の、“貨幣持ち出し役2人”に信号を送る。
窓の外を見ているとぞろぞろと犯人たちが出てくる。爆薬による後ろ盾があると思っているのだろうが、思い通りにはならないよ。
「さて、トイレで寝てるあいつの確認しに行くか」
衛兵にリーダー格の男と爆薬のことを伝え、起爆具を渡した。
ちなみに、のんきに銀行から出ていった犯人たちはすぐに逮捕された。「なぜ爆破しないんだ」と叫んでいたらしいが...、牽制ではなく本当に爆破しようとしていたとは、なかなか恐ろしい。
建物裏のトイレの窓から再び屋内に侵入した俺は、昏倒させた男を確認する。
「おーい。起きろー」
「?...なんかクラクラする....え、ここは一体....てかお前誰だ..あれ、あ、いいぇ、ゆえんて、くぁにゅお........」
「?...おいどうしたんだ?」
様子がおかしい。
「分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない」
正直見ていられなかった。見たところその男はおそらく、記憶のみがあるのに物事の道理、目に見えるものに対する理解の一切が欠落してしまったのだろう。記憶はあるのに“分からない”。その違いに自己破綻を起こした。魔導書の詳細と今のこいつの様子を比較してもおそらくその解釈でおおよそあっているはず。
「.....10秒使用は危険だな」
その男は個室にこもると、ブツブツと何かを呟いていた。
俺がその場を立ち去るまで呟き続けていた。
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その日の出来事で俺は『
同時に“知識を奪うことの恐ろしさ”も知った。
だからといって、俺はこの力の使用に対し、ためらいは感じなかった。
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次の日
「昨日の銀行強盗の件は大変だったな」
「シオリさんから教わった護身術とかナイフでなんとかなりました」
「用心しておいてよかった」
「でも、流石に戦闘素人の自分には荷が重かったですね。あちこち筋肉痛です」
「君の運動不足は並大抵のレベルじゃないな」
「だって司書ですし」
「...そういえば、強盗犯のひとりが監獄ではなく精神病院に送られていたな」
「あぁ...そうなんですか」
「君、何か知ってるか?」
「そいつの知識をすべて奪ったらそうなったんですよ」
「そういうことだったか」
「えぇ、俺も予想外でしたよ」
「ま、君が無事で何よりだったよ」
「し、シオリさん...それってまさか俺のこと.....」
「君が仕事出来なくなると私の仕事が増えてしまうからな、それだけはなんとしても避けなければ...!」
「クッ、期待してたのと違う...」
この人に心配されるくらい親密度を上げないと。いや、でも女性に心配される男って情けない? うーん、難しいな。
「そういえば、昨日はその友人の所へは行けたのか?」
「いえ、今日行く予定です」
「そうか、ちなみに君みたいな人間の“友人”とはどのようなやつなんだ?学術的興味として気になる」
「.....。シオリさんもなかなか失礼ですね」
「ふふっ、すまないすまない」
「まあいいですけど、そうですねそいつはグレードⅣ・Ⅴ時代の級友でして、今は研究員になってたはずです」
「研究員? どこのラボだ?」
「セニス街の第二研究所です」
「セニスの研究所といえば、王立のラボと肩を並べる所じゃないか、すごいな。そこの二研って言ったら確か研究対象は.....」
「ええ...」
「“他種族の術の運用法”です」
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