第4話 一難去ってまた一難
衛兵からの事実確認を済ませた俺たちはシオリさんの家に向かっていた。
「とりあえずひと段落ですかね、賊が死んで少し安心しました」
「ん?、ああ...」
「...? 何か気になることでも?」
「まあな。あいつが使っていたインフェクト・スペルだが...」
「確か魔族と契約したとかなんとか...。そういえば、そういうことって可能なんですね」
「いや、常識的に考えれば不可能だ」
「え?」
「人族の大脳新皮質は、他種族の一部の魔法、霊力、呪術の使用に対して強烈な拒否反応を示すという研究結果が出ている。インフェクト・スペルもその一つだ」
「拒否反応...ですか」
「ああ。精神錯乱や呼吸困難、症状は様々だが、あの使用人のように平常な態度で使用できるとは考えにくい」
「じゃあ、どうして」
「.....。」
シオリさんは不愉快そうに顔をしかめている。
「シオリさん?」
「...昔の争いごとなんかでは、他種族の捕虜を兵力にするために自分たちの力を分け与えて戦わせていたらしいんだ。その時によく使われていた方法なんだが...」
「それって...」
「...脳の一部を切除する。」
「...」
「まだ確証は得られないが、あの使用人も同じような手で呪術を使っていた、いや使わされていたのだろう」
「じゃああいつは誰かの
「おそらくな」
「あいつと契約したっていう魔族でしょうか」
「まだわからない」
「......一安心するのはまだ早そうですね」
あいつを操っていた“何者か”がいる。
不安を拭いきれないまま、シオリさんの家に着いた。
シオリさん宅にて
「ミオ、ちょっといいか?」
「はい...何ですか?」
「いやな、今回のことを踏まえてお前に話しておこうと思って」
「話...ですか」
「ああ。私の『
「ええ、ぶっ壊れ性能ですね」
「...君の解釈は置いておいて、『
「はあ、」
「あれは、自分が受ける影響を認識する必要があるんだよ」
「そうなんですか?」
「そう。だから遠距離からでも攻撃が仕掛けられる呪術なんかは相性が悪いし、簡単な話、寝ている時なんかは無防備ってわけだ」
(寝ている時は、無防備...ゴクリ)
「...君がそんなに不純な輩だとは思わなかったよ」
「まさかシオリさんが読心術まで心得てるなんて、俺知りませんでしたよ」
「...まあいい」
シオリさんはゴミを見るような目で俺を見ている。いや、あんまりそんな目で見られるとむしろ新たな境地に目覚めちゃいますよ?
「コホン、えーっとそれでなんの話でしたっけ」
「私の魔導書の弱点についてだ」
「あーそうでしたそうでした」
「...ま、前は正直に話さなくて悪かったな。今回みたいなことがあった時、お前に知らせておくと色々便利だと思って打ち明けたんだ」
「シオリさん...」
「いつか私を守れるくらいたくましくなれよ、少年」
「俺はもう20ですよ...。それにシオリさんみたいな高スペック人間守れなんてプレッシャー感じます」
「何を言う、男ならそれくらいやって見せろ」
「努力します」
「よし」
その2日後には元の図書館暮しに戻った。正直、シオリさんの家にあのままずっと居たかったのだが「いい加減、ここを出ていきたまえ」と追い出されてしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
旧南極大陸、6000年前の世界滅亡時に氷は全て溶け、今は荒涼とした大地が広がっている。そこを、“そいつ”は独り言を言いながら、少し怒ったように歩いていた。
「クソっ...あの元老院はイったか。結局“今回も”見つけられなかったじゃねーか...」
「落ち着け、まだいくらでもチャンスはある」
「しかしまずいですよ。不安分子の一つが確定化してしまった今、目標達成は困難を極めます」
「だから焦ってんだよ、ったく...」
“そいつ”は次の瞬間こつ然と姿を消した。1冊の本を握って.....。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アーノルド邸での一件から二週間後のある日。
ミオはいつものごとく図書館の研究室で黙々と文献に目を通していた。
「シオリさん聞きました? 最近街で変死体がたくさん見つかってるって話」
「ああ。確か体の中から金属塊が発見されているやつだな?」
「はい。いやあ物騒な世の中になりましたね」
「そういえば、東の方で捕れる魚が嵐の影響でほとんど捕れなくなったんですって」
「東の方、セギュール辺りか?」
「はい」
「ラグニールはあそこからたくさん輸入しているからな。これは家計に響きそうだ」
「ところで...」
「口より手を動かしなさい」
「...はい。」
「...そういや俺、『
この二週間何事もなさすぎて忘れていた。いや、普通に生活してたらそんなもの使わないんだけど。
「シオリさん、魔導書の力ってどうやって使うんですか?」
「世間話に交えてなんてことを聞くんだ...」
「まあいいじゃないですか」
「...そうだな。魔導書ってのは欲が根源だから、君の場合“知りたい”って強く思えば使えるんじゃないか?」
「なんか適当ですね」
「私の場合そうなんだよ」
「シオリさんのやり方って俺が参考にしていいものなんですか?」
「さーな」
5時間後...
「はぁー。今日の業務終了っと」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「さてと...」
「ん、どこか出掛けるのか?」
「ええ。ちょっと昔の友人のところに」
「.....友人?」
「俺だって友達くらいいますよ」
「なっ.......」
シオリさんは絶滅種でも見たような驚嘆っぷりだった。面倒なのでさっさと行こう。
「その前にどこか店でもよって食事にするか.....って、もう金無いし...」
ポケットの中には1フォン銅貨が2枚、これじゃあ何も買えない。
「仕方ない、銀行にでも寄るか」
この国には銀行という機関がある。太古の文明を参考にしたものだが、昔の人はなかなか賢い事を考えるものだ、と舌を巻く。
「そういえば、シオリさんが言っていたこと、ちょっと練習してみるか」
今は中央通りを歩いているのだが、ここから銀行までは少しかかる。さっきシオリさんから聞いた魔導書の発動のイメージトレーニングでもしておこう。
(知りたいねえ...。いや待て、そもそもこんなところで何か知りたいことなんてあるか? さっきの仕事中ならまだしも、こんな王都のど真ん中で。まあとりあえず、そうだな...今日午前中に図書館に来てたあの可愛い子の人間関係とか? うむ、気になる。特に恋愛的な面で。彼氏とかいるのかな、あ、でもまあ俺は年上の方が好きですしいっか。いや待てよ。となるとシオリさんって今まで恋人いたのかな...。あの人美人だからなあ。いて欲しくないなあ。でも言い寄る男がいなかったっていうのは考えにくいし。やばいものすごく気になる。どうしよう、今夜眠れるかな、気になりすぎて無理かもしれない...........)
――ドスッ
「あっ、すいません...」
いつの間にか考えに集中していて周りが............あれ。
「ちっ、ちゃんと前見て歩けよ」
「.....あの、お兄さんもしかして」
「あぁ?」
「一昨日、ご結婚なさりました?」
「...えーっと、ってなんでお前がそれ知ってんだ」
「あ、いや、えーっと...おめでとうございます!」
「お、おう」
「で、では!」
猛ダッシュしてその場を立ち去った。完全に変人だと思われた...。
でも、なるほど、こういうことなのか。
あの一瞬、あの男性の方にぶつかったあの一瞬で、彼、デヴがカトレアという女性と婚姻関係を結んだ、という“情報”が俺の頭の中に流れ込んできた。
知りたいと深く考えていたから? まあそうだろうな。俺はそもそもあの人と会ったことすらないし名前さえ知らない。それなのに彼と結婚相手の女性の名前まで分かったということは、つまり魔導書の力が使われたということだろう。
あれ、でも確か魔導書の力は普遍的な知識や情報を“盗む”んじゃなかったか?
いや、彼の一昨日までの“知識・情報”のみを盗み、カトレアとの結婚生活の“思い出”は盗まなかったとしたら辻褄が合う。あの時彼の目線は左上に向いていた。つまり過去の事実を思い出そうとしていたのだ。一昨日結婚したことなんて普通忘れないからな。結婚したという客観的事実が欠落し、彼女との思い出のみが残されたのならば、彼は自分の記憶の異常さをただの物忘れ程度だと思ったのだろう。そして思い出せた。
なるほど、奪った情報によっては自分で記憶を頼りに思い出すことが出来るのか。
でもさっきは能力を使った時間が短かったからな、もっと長い時間でも対象が知識や情報を自己修復出来るのか、確認しないとな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうこうしているうちに銀行についた。そこそこ並んでるな...。昔はお金を引き出すのに機械を使って自動化してたらしいけど...今はそうもいかないか。
「...トイレ行こ」
ずっと我慢していたのだ。待ち時間も結構かかりそうだし、こんなところで漏らしたらこの国に住めなくなるわ。恥ずかしさで。旧大陸にお引越しするかも。
「個室は全部空いてるか」
俺は一番奥の個室に入って用を足した。
(さて、そろそろ...)
個室を出ようとしたその時...
「.......ーい.......全員動...............!!.............ばれ。.....妙な......」
銀行の待合所で怒号が聞こえる。俺は耳をすませて聞いた。
「....今ここは俺らが占.....もう一度言う、妙な真似をしたら........」
爆音。その次には悲鳴が聞こえる。
「だまれっ!! さあ、早くお互いの手を....れ。」
これってまさか...
強盗?
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