第3話 高潔の力
入浴を済ませた俺たちは談話室に行き、今後について話すことにした。
「で、どんな“力”だったのか聞いても?」
ここは正直に答えるべきだろうか。だがシオリさんも『
「他人の知識を奪うものでした」
「...知識を...“奪う”?」
「ええ」
「それは、文字通りの意味かい?」
「ええ、そうです」
「そうか」
シオリさんは意外にも、力の詳細については触れなかった。自分も明かしていない情報があるので、聞くのはフェアではないと思ったのだろうか。
「そういえば、シオリさんの魔導書に黒く潰されている文ってありましたか?」
「...何だ、それ?」
どうやら無いらしい。
「ミオのやつにはそういうものがあったのか?」
「ええ、ページの最後の方に」
「ふうむ、そういったことがあるなんてのは聞いたことがないな」
「そうですか...」
「さて、これからどうするかだが。」
現状維持、なんていうのは得策ではない。俺は、賊の悪事の一端を目撃してしまい、さらにそいつは元老院関係者かもしれないのだ。早めに事を終わらせないと、今なお生きている自分の身がまたも危険にさらされる。
「そうですね...まずは賊の正体をつかむ事ですけど」
「そうだな、まだアーノルド・グレーム陣営の者が犯人と決まった訳ではないからな」
「.....今、思ったことなんですけど」
「なんだ?」
「仮に、あの晩図書館に侵入したのがアーノルド側の人間だとして、なんであの場に徽章が落ちていたんでしょうか」
「それはどういう...あぁ、言われてみれば」
「ええ。いくら監視法具を無力化していたとはいえ、アーノルド本人が図書館に侵入するのはリスクが高い。奴は国への上納金で今の地位を維持している、って言いましたよね? だったら貴族か高所得層の人間ですよね。裏の人間を雇って代行させることも可能なはずなのに...」
「あの場に徽章が落ちていたのは引っかかる、か」
「えぇ」
「そうだな、明日、アーノルド邸に行ってみるのも一つの手かもな」
「明日、ですか?」
「ああ、幸い、明日は休日だ。私の本業は司書だから軍務もそうそうないからな」
「...でも相手は元老院、しかも金持ちの家ですよ? 俺らが行っても話をしてもらえるとは思えないんですけど...」
「おいおい、私を誰だと思っているんだ? 王立軍の少将だぞ? 身分証を見せて嫌でも話をつけてやるさ」
「...そんな職権乱用が認められるんですか?」
「元老院は王家と対立しているからな、軍の許可くらい下りるだろ」
「シオリさん、たまにゲスな顔になりますね」
「なっ!? 女性の対して失礼だな」
「ゲス顔も素敵でかっこいいですよ」
「...君は私をからかっているのか?」
「いえいえ」
(案外ちょろい人だな)
「さて、今日はもう寝るか」
「そうですね」
「君は私の部屋の隣を使うといい」
「何から何まですいません」
「私が好きでやっているんだ。気にするな」
シオリさんはくすりと笑いそう言った。
その夜は熟睡できた。あの晩以降、何度か睡眠はとったのだが、このタイミングで疲れがどっと来たのだろう。
僕の意識は寝台についてすぐ、眠りに落ちていった。
次の日、朝食を近くの店で済ませた後、俺たちは早速アーノルド邸へと向かった。
ちなみに、シオリさんの職権乱用作戦を軍の上層部に伝えたら快諾を得た。この国の軍って意外とゆるいのかな?お堅いイメージがあったけど...。
アーノルド邸は北東の住宅地にあった。この辺りは、30年前の内乱の時、混乱期にあったラグニール王国に対して大量の物資を安価で売り、その後富を得た成金の豪商が多く家を構える土地だ。
「うわ、やっぱりでかいな」
アーノルドは男爵位を持つ貴族らしいから流石といった感じだ
アーノルド邸についた俺たちは、獅子を象ったドアノッカーを鳴らした。
しばらくすると、中年の使用人がやってきた。
「失礼ですがどちら様でしょうか」
「私共は軍の者だ。先日この家で不審な様子があるという知らせを受けた。差し支えなければ立ち入らせてもらいたいのだが」
シオリさんは自分の身分証を使用人に見せた。
“不審な様子”ってなんか抽象的じゃありません?もっといい口実は無かったのか。
ちなみにシオリさんは長い黒髪を後ろで結わえ、胸にはサラシを巻いている。要は男装だ。身個人の特定を防ぐためらしい。普段はしていない化粧のおかげで、ぱっと見ただのイケメンである。さっき見せてもらった身分証も偽名などが使われていた。
「軍の方ですか。それは丁度よかった」
「丁度よかった?」
「ええ。旦那様は、王立軍の幹部の方に、近々面会のご予定がありました。しばしお待ちを、今旦那様に確認してまいります」
一体どういう事だろうか。てっきり煙たがられて門前払いを食らうと思ったのだが。
2分ほどたって先程の使用人が戻ってきた。
「お連れしろとのことでしたので、どうぞこちらへ」
屋敷の中は閑散としていた。何か違和感を感じる。
俺たちは屋敷の2階、廊下の突き当りの部屋の前まで案内された。
いきなり訪ねてきてのに、こんな簡単にことが進むものだろうか。
「どうもきな臭いな」
シオリさんが小声で俺に話しかける。
相づちでそれに応えた。
「旦那様のお部屋はこちらです。どうぞ」
使用人はドアを開けると廊下の壁際に立ち、俺たちに道を開けてくれる。
(あれ、そういやこの人、ドア開ける前にノックしたっけ)
「失礼する」
アーノルドは俺たちに背を向けるようにして、正面のデスクに座っている。
「アーノルド卿、先日報告された不審事について、少々お聞きしたいことがあります。」
アーノルドに返事はない。微動だにせず、椅子に座りこちらに背を向けている。
「アーノルド卿?」
何かおかしい。シオリさんもそう思ったのだろう。アーノルドの方へと歩み寄っていく。
「失礼、..............!」
まるで石像のように座り込んでいるその男の顔をのぞきこんだシオリさんは次の瞬間、血相を変えた。
「どうしたんですか?」
俺はそう尋ね、ふたりの方へ近づく。
その男の様子をうかがおうと、、、
「..........う、うわぁぁ!」
アーノルドは死んでいた。いや、医学的な見識がないし確かめたわけではないが、見てわかる。顔は苦悶に満ち、目は白目をむいている。目尻からは血涙が流れた跡もあり。顔色は死人のそれだった。
「し、シオリさん...これって」
「あぁ。簡単な防腐処理が施されているようだが、死後少なくとも5日は経っている」
「5日って...」
「おい使用人! これはどういうことだ!」
後ろに控えていた使用人は、笑っていた。
「どういうこと、ですか? 見てわかるでしょう。旦那様は既に死んでいる」
「そういうことではない! この状況の理由をだな...」
「...はて、そちらの青年には見覚えがありますね。確か一昨日の夜、図書館で殺したはずでしたが...」
「っ!」
賊の正体はこいつか、!
「あの時使ったナイフは旧大陸で採れる
使用人は卑しく顔を歪めながらそうつぶやく。
「お前があの晩図書館に侵入した輩の正体か」
「そうです、ついでに言うとそこに座っている男を殺したのも私です」
「よく喋る奴だ。なぜそんなことをした」
「この国の元老院の徽章を手に入れるためですよ。国を転覆させるには内部からの方がいいと思いましてね」
なるほど、ラグニール王国の重要施設や役職の証明章は、魔法の類による偽装・複製が出来ないよう特殊な術式が編まれている。現物を用意するには奪うしかなかったってことか。
そして元老院の内部に潜り込み、私利のために乱用しようと。
「だが間抜けた奴だな。死体のある屋敷になぜ我々を案内した?」
「ふっ、死体が“あるから”案内したんですよ」
「何?」
「ほら、あなたの体を見てみて下さい。そろそろ浮き出ますよ」
「....っ、これは」
シオリさんの皮膚にはいつの間にか黒い紋章が浮き出ていた。
「この国では死体を処理するのも一苦労、すぐに足がついてしまいますからね。その死体を、魔族の知恵で有効活用させていただきました」
「魔族の知恵...そうか、これはインフェクト・スペルだな?」
「ご名答」
インフェクト・スペル、死体に術をかけておくことで、その死体を最初に視認した者に対して自動発動し、その者を呪い殺す呪術の一種。厄介なのが呪い殺された者にも同じ術がかかり、死が連鎖していくことだ。種族会議で禁術指定されている。
「お前、魔族と契約したのか?」
「ええ」
「愚かな」
そうしている間にもシオリさんの体は呪いに蝕まれている。
(くそっ! なにか出来ることはないのか。ここままだと...。シオリさんを失うのは嫌だ。だが俺には武術の心得なんてないし魔法も使えない。...そうだ魔導書、いや『
「ミオ、心配するな。私は大丈夫だ」
シオリさんは俺の心を見透かしたように、そうなだめた。
「で、でも...」
「大丈夫、伊達に軍の少将やってないから」
「大丈夫、ですって? もう既に呪いを受けたあなたが、なぜそのようなことを言えるのでしょう」
「そうだな。お前の言い方を真似させてもらうなら、呪いを“受けたから”だよ」
「なに?」
その時、俺は自分の目を疑った。いつの間にか、ふと気づくとシオリさんの体から禍々しい紋章は消えていた。代わりに...
「......なぜだっ!!.....なぜ私の体に呪いがっ!」
呪いの紋章は使用人の皮膚に現れていた。
「ま、お前がおしゃべりな悪党でよかったよ。惜しかったな」
「......がっ......カッ.....ぁぁ..............ァくっ......................。」
その使用人はそこ場に倒れ込んだ。
「死んだ、んでしょうか」
「ああ。かけた術で自らの身を滅ぼすとは憐れなやつだ」
「何が起きたんですか? 俺もうシオリさんダメだと思って...」
「魔導書だよ」
「...あ、そういうことですか」
「ああ」
彼女の魔導書、『
「やっぱりシオリさんはすごいです」
事後処理は衛兵に任せた。色々と説明が面倒くさかったが、とりあえず一件落着だ。
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