ムカデ

 ある日の夕方、テーブルの上に乗せた洗面器を次女が覗き込んでいる。何をしているのかなぁ、と見に行くとポツリと呟く声が聞こえた。


「綺麗なぁ」

「なにが?」

「ムカデ」

「え!? その中におるん!?」

「うん。ほら」

 

 見ると、水を張った洗面器の底にムカデが沈んでいる!


「綺麗と思わん?」


 ってムカデを見ている女の子の感想じゃないと思う。色は……確かに鮮やかなオレンジの足に漆黒の取り合わせで綺麗、と言えるのかもしれない。でも、形がグロテスク過ぎて、普通はそんな感想でないでしょう~。


 しかも、足の数を数えだした。


「一、二、三……二十やから、四十本や。百の足って書くけど、六十本足らんやん」


 って笑ってるけど、普通の中学生女子はそんなことしないと思うよ?




 山の中の家に引っ越してきて何が一番嫌だったかというと、ムカデがよく出ることだ。 

 初めの頃は、ぎゃーぎゃー喚いてしまっていた。でも、嫌いだとか怖いから嫌だとかではすませられない。子どもたちが咬まれたら大変だから。

 ムカデに咬まれると、痛いじゃすまないらしい。ここに来て2年目くらいに母が手を噛まれたのだけれど、大人でも泣くほど痛いそうだ。腫れもひどくて痛みも長く続く。子どもたちだったら泣き喚くだろう、と。

 怖い怖いと言うから、余計にきゃーきゃーいって、毎回大騒ぎをしていたのだけれど。

 慣れってすごいなぁ。だんだんへっちゃらになってきた。もちろん怖いので、慎重に対応はするけれど、大騒ぎをするほとでもなくなり、黙ってベシッと退治できるようになったのだ。


 そんなある日、長男がいいこと発見した! とどや顔で報告してきた。


「お母さん、ムカデな、潰さんでも水に突っ込んだら死ぬで。湯船の中で死んどった。簡単に退治できるで」

「じゃあ、これからは退治よろしくね」


 きゃーきゃー喚かなくはなったけど、得意になったわけではないので、やっつけてくれるならそれに越したことはない。たくましくなったもんだ。


 そうやって水攻めで退治したムカデを次女が観察していたというわけだ。



 ちなみに私は洗面器になんて入れたりしない。だって後の処理が嫌だもの。

 それにムカデは泳げるようなので、水に入れただけでは死なない。長男のいう『突っ込んで』は、トングで挟んだまましばらく水につけておく、という意味だった。そんなのしたくない~。

 なので、トングで挟んだらすぐにトイレへさよならさせてもらっている。たまにトングを登ってきてそれごと放り投げたりもするけれど、今のところそれが一番いい方法だ。




 そうそう、オオムカデは二十一対の足で二十というのは数え間違えみたい。種類によって数は色々あるんだって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る