9.「自分たちが悪人だとわかってはいるようね。」
歩きながらジンはツカサに話しかける。
「やっぱお殿様か。」
「まだ言い切れないけど、この騒ぎで顔も見せないし。息子の方かとも思ったんだけど、あの反応は多分本当に知らないわ。消去法で行くと、そうなるのよね。」
八割方そうであろうと思っているツカサはジンと共に、
先ほどの騒ぎのせいか
足音を忍ばせ着いていくと中庭があり、面した廊下でクランドがだれかと言い争いをしていた。
「貴様が黒幕だったのか!!!」
「あらぁ、人聞きの悪いことを言わないでくださいまし。最初に聞いたでございましょう? 覚悟はおありになりますか、と。」
クランドと言い争っているのは三人のエルフだった。一人は若い女で直接クランドと話しているが、残り二人は年老いた男で資料を抱えていた。
セリカは二人にだけ聞こえるほどの小さな声で、
「さっきからの話からすると、お殿様に上手いこと言ってあの三人が近づいたみたいですー。お殿様は知ってか知らずか支援しちゃってたみたいですねー。」
と直前のやり取りからの情報を教えた。
「自らを犠牲にする覚悟は決まっていた。だが貴様のしたことは街を危険にさらしただけだ!」
「覚悟の対象が違いますことよぉ? 貴方が領主をなさっている街を差し出す覚悟、でしたの。」
「街を守るために街を差し出してどうするのだ!」
「あらぁ、貴方が守りたかったモノは、もういないのではぁ? 復讐のために私の手を取ったのでしょう?」
「っ! そうでないと言えば嘘になるが、妻と娘を失うような思いを、もう誰もしなくてよいように、モンスターにモンスターを狩らせるという案に乗ったのだ!」
「モンスターをただ操れるとお思いになりましたのぉ? 意思の疎通ができないのですから、できるようにすることから始めるのが当たり前でしょう?」
「それで我が街の民を利用したというのか!」
「これでも気を遣って老若男女選り好みしないようにしたんですのよ?」
女エルフはぺらぺらと喋り始めた。
曰く、丸薬はモンスターの一部と様々な素材を混ぜ合わせ、マテリアライズを行う直前で固めたモノであること。
曰く、砕くことでマテリアライズが行われ、飲み込んだ者に影響を及ぼす形でモンスター化すること。
曰く、丸薬を飲ませ外部から飲み込んだ丸薬を砕くことができる方法があること。
曰く、攫った人を脅し丸薬を飲み込ませ、性別、年齢等、外的要因による変化の過程を検証していたこと。
話し終えるとクランドに別れを告げる。
「いろいろできましたけど、やりづらくなってしまったので、ここらで終わりにしますわね。では失礼いたしますわ。」
クランドは激昂し
「貴様ぁ、我が民を! 許さぬぞ!!!」
近くの部屋に駆けこむと床の間に飾ってあった刀を取り上げ抜き放つと、鞘を投げ捨て女エルフに切りかかる。年老いたエルフ二人は驚いて資料を取り落とし尻もちを着いているが、女エルフはさらりと身を躱すとクランドの脇腹に強く蹴りつける。体格からは想像できないほどの威力があったらしく吹き飛ぶクランド。全く動かないところを見ると意識が飛んでいるようだった。
ツカサは
(どうやら黒幕は別にいたようね。)
と考え
「そこまでよ!」
と言うと三人で姿を現した。
「あらぁ、マテリアライザーと剣士の傭兵さんたちね? 貴方がたのお陰で途中退場することになっちゃいましたの。すこーしだけ悔しいから殺してあげる。でも、最後に良いモノを見せてあげるわ。」
と言うと来ていた服をはぎ取る。一瞬遮られたのちに現れたのは、大きく開いた胸を強調する黒いドレススーツを着た、肌の色が薄黒いエルフだった。
「ダークエルフ・・・?」
ちらりとセリカを見るツカサ。セリカは、これは知らない、とばかりに首を左右に振る。
「あぁん、そこの身体の大きなエルフさんからの視線が突き刺さるようだわぁ。」
「・・・その程度のなら毎晩見ているが?」
とツカサの胸を見ながら答えるジン。
「どこ見て何言ってるのよ!」
とジンの背中をたたくツカサ。だが女エルフはジンやツカサの言葉など耳に入らなかったかのように
「でも、見せたかったのは私の身体じゃなくてぇ、これなの。」
というと指を鳴らす。するとエルフ女の周りに四人の男ヒューマンが現れた。
ただしその姿が、カレンが通常している恰好、身体にフィットしているつなぎのようなものにジャケットを羽織り、ロングブーツを履いている。腰にはガンベルトを着けており、左右に銀色の物体が釣り下がっている。まさにその格好だった。
「っ!!!」
「うふふ、驚いた? 今呼んだのよ? 良かったわね、貴方たちには一生縁の無い”転移”が見られて。あとこれから殺されるときに使われる”科学兵器”が見られるわ。
」
ツカサを見て女エルフは続ける。
「貴女、私がダークエルフってよくわかったわねぇ。地上の種族にエルフがいたからぁ、悪人っぽく身体をダークにしてみたの。」
「自分たちが悪人だとわかってはいるようね。」
その時ツカサの顔から表情が消えた。
「貴女生意気ね? 亜人の分際で。エレン、剣士にはエネルギーソードで、マテリアライザーにはブラスターで殺っておしまいなさい。」
ツカサはセリカとジンに指示を行う。
「セリカ、クランドさんを。ジンはエルフの男二人を。カレン。」
『『『『『はい、此処に。』』』』』
「エレンを。」
『『『『『畏まりました。』』』』』
ツカサの周りに五人のカレンが通常装備で現れ、次に驚いたのは女エルフだった。
「なっ!!!」
セリカは蹴り飛ばされたクランドのところに移動し、自分より大きな身体のクランドを抱え元居たツカサの後ろに戻った。
ジンは腰を落としたと思うと一瞬でようやく立ち上がりかけた老エルフのところに移動し、左右の手で鳩尾に拳を叩き込むと倒れかけた身体をつかみ元居たツカサの横に戻ると、気を失った老エルフを後ろに投げ捨てた。
カレンは、
『エレン、久しぶりね? 操られているの? それとも逆らえないだけ? どちらにせよ粛清します。』
それぞれのエレンと呼ばれる男性の前に立ち、お互いの両手を組み合わせ、力比べのような体勢になる。ぱっと見男体女なので、カレンが不利に見えるところだが、つらそうなのは男性の方で、カレンは無表情のまま
『エレン、貴方の演算能力で私に
エレンに何かをしたのか、ビクンと身体が跳ねるとエレンは倒れこみ硬直する。
そんな中ツカサは女エルフに向かって歩を進めていた。
「ちっ!」
女エルフは逃げようとしたが、
「逃がすわけないでしょう、
ツカサの放った標的を追従するマテリアライズで足を撃ち抜かれ倒れこむ。
「カレン、拘束して。」
『畏まりました。』
女エルフは近づいてくるカレンを見て、
「カレン・・・、マザーシップの量子コンピューター。」
次にツカサの方を振り向き
「・・・貴女、亜人じゃない、人間ね? まさかこの地上で人間に会うなんてね。その手の準備はしていないの。今日のところは引き揚げるわ。悔しいからヒントもあげない。じゃあね。」
女エルフは急に崩れ落ちた。
「カレン!」
『エレンの艦の制御は取得済みです。現れれば拘束できます。相手が人間でもアレらなら大丈夫です。お待ちください。』
本来カレンに人間を拘束することはできなかった。高度な知能を持つ量子コンピューターに人間への反抗意識を持たれた場合、特に宇宙での生活における生殺与奪を握られてしまうためだ。明確な犯罪を犯した者にならばそれも回避できるが、五百年前の騒ぎでは明確な犯罪認定がされておらず、そのままではカレンは身動きが取れない。そのため当時の管理者たちにより、今現在存在が把握できている者以外の人間を拘束できるよう再プログラミングされていたのだった。
ツカサは女エルフのところに近づくと屈みこみ、首に手を当て脈がないことを確認する。
「カレン、この女エルフは死んでいるわ。身体を切り捨て戻った証拠よ。まだなの?」
『先に戻った形跡はありません。私に知られず戻った可能性もありません。残念ですが違う艦に戻っていったようです。』
「もう! 後はそいつらの口を割らせるしかないわ。」
ツカサはぶつける先の無い怒りを視線に変え老エルフ二人を睨みつけるが、ハッと気づくと、
「ジン、そいつらから離れて!」
ジンに警告する。
老エルフ二人は身体が膨れ上がりモンスターへと変化しようとしていた。女エルフは老エルフから情報が漏れることを嫌い、モンスター化するスイッチを入れていったのだ。
しかしジンは慌てることなく、自身の左右にそれぞれ大太刀を一振りずつ切り下ろす。
「さすがに首がなくちゃ、生きてられんだろう。」
モンスターへの変化中の老エルフの首が落ち、そこで変化は止まったのだった。
食事をとっていたのと同様のテーブルと椅子のある部屋にツカサ、セリカ、ジンとクランド、チカラ、モンドがいた。
クランドは椅子に腰かけてはいたが、力なく俯いていた。
「数年前、妻と二人の娘が街の外での移動中モンスターに殺された。私はモンスターが許せなかった。近隣のモンスターを消し去りたかった。その時あいつらがやってきたのだ。モンスターをモンスターで倒せる、と。」
話を要約すると、一年ほど前、女エルフと老エルフ二人の三人が、場所や資金を提供すれば研究中のモンスターを操る技術で、モンスターを使って近隣のモンスターを一掃すると言ってきた。クランドは妻と子供の仇を討ち、かつ領民に同じ思いをさせることが無いように、あの館と資金を提供した。ただ詳細までは聞かされておらず、数か月に一度、女エルフたちが操るモンスターによるモンスター討伐が実演され、着々と研究が進んでいると報告を受けていた。まだそれほど強力なモンスターを操ることができないため、数体倒すだけで自壊してしまう、引き続き研究が必要であると・・・。またモンスター討伐についての話をしていた領軍部隊長は領主の妻と子供を守れなかったことを悔やんでおり、何としてもそれを実現するため積極的に力を貸していたらしかった。さすがに領軍兵士には協力も話もしておらず、命令することで盲目的に従わせていた、とのことだった。
「街を守るべき領主が、領民を苦しめた・・・。私は領主失格だ。チカラよ、あとは任せる。」
「殿・・・。」
「父上・・・。」
クランドは年齢以上に老けて見えた。
(亜人の世界のことだから口をはさむのもよくないのかもしれないんだけど。)
「話を聞く限り、貴方は騙されたようね。罪もない領民を死なせてしまったことを悔やむのなら、その分自分を領民のために捧げてみたらどう?」
「そうですよー。お殿様にしかできないことを、今まで以上に街の人たちのために努力すればいいんじゃないでしょうかー?」
「お殿様よ、投げ出すのかい? 男なら途中で放り投げちゃいけねぇんじゃねぇのか?」
ツカサ、セリカ、ジンが言葉をかける。
「父上、その者らの言う通りです。まだ父上が領主をおやめになるには早いと考えます。」
「殿のこれまでの行いは領民は皆感謝しております。どうかこれからも領民のためお力を振るってくだされ。」
チカラ、モンドがそれに続く。
「・・・わかった。これまでにも増して領民のために精一杯尽くそう。」
表情にも力が入り、少しだけ若返って見えた。
ジンの家に帰ってきてから皆それぞれくつろいでいたが、カレンだけは老エルフが残した資料の分析とテラフォーミング艦隊サポートシップ
(『ツカサ様、今よろしいでしょうか?』)
(あぁ、カレン、お疲れ様。良いわよ。)
(『老エルフの資料はほぼあの女エルフが語った通りのことしか記載されておりませんでした。特にそれ以上の情報もなく、我々には無価値です。ただこの世界には危険なものですので、処分いたします。』)
(わかったわ。)
(『エレンについてですが、艦は確保できています。
エレンの利用については、五百年前からディープスリープモードにされており、ここ二~三年の間に利用が始まったログが確認できています。
あのエルフたちについてはアクセスログが削除されており情報はありません。唯一、消し忘れたかどうでもよいと無視したのか、艦内移動時の物理的な形跡、エレベーター利用時の重量や自動ドアの開閉時間から推測しますと、三人、艦への乗艦があったと言えます。ただ人間が乗艦したのかあのエルフたちが乗艦したかの区別まではつきません。
艦については、もはや動かすことができません。メンテナンスされることなく五百年以上経過したため、艦の骨格にまで致命的なダメージを受けています。
エレン収容のため小型艇を向かわせました。量子コンピューターブロックごとマザーシップに乗せます。』)
(そう、ありがとう。)
ツカサは女エルフのことを考え続けていた。
(あの女エルフは誰? 奪われた六艦艇の乗務員としか考えられない。密航など不可能、生体認証を誤魔化すなんてもっと無理。なら乗務員の元々の思想がそうであったということ。目的はなに? 今動き始めた理由は? わからない・・・、ふぅ、考えても無駄なんだけど・・・。)
ツカサの沈んだ心と同じように夜は更けていった。
(第二話 終)
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