鶏肉は青い

@nande

いずれ蝶になる女

詳細は省くがその夜、俺は女と寝ていた。

色白で切れ長の目をした女が

「あたしと付き合って」

と言うので

「うん」

と言った。それ以上の説明はなんの意味も持たないくらいに、俺とこの女の関係は薄っぺらいものだった。

質素なホテルの中に繁華街から出る虹の色がちらちらと舞っている。

女の背中が虹色に照らされると、そこに無数の蝶が散らばっていることに気がついた。

「刺青かい」

油絵の世界が似合いそうな極彩色の蝶たちは、白い肌が上下するたびに羽を動かした。

「ええ、そうよ」

女は髪をかきあげ顔だけこちらを振り向いた。

「男に捨てられるたびここに蝶を飼うの。いずれこの背中がいっぱいになったらあたし、刺青の毒で死んでしまうわ。そしたら火葬してもらって、蝶に生まれ変わるの」

「俺が君を捨てるというのかい」

「ええ」

この時俺は、こんないじらしいことを言うのは愛されてるか不安だからなのだろうなどと呑気に考えていたが、この女と過ごすうちに

この女が蝶になるところをどうしても見てみたくなってしまった。

付き合うと言ってから三ヶ月して、俺は女を捨ててしまった。

それから年月が経って、女が死んだと知らせがあった。


俺にはもう家族もあったし、昔の女の葬式に行くのはどうかと思いはしたが、女が蝶になるところはどうしても見たかった。

そうして火葬場に赴くと、俺と同じ考えの昔の男どもがぞろぞろと

「あなたもですか」

「おや、奇遇ですね」

などと集まってきた。

とうとう女の体が焼かれると聞いて、俺たちは棺桶を囲み固唾を飲んでそれを見守った。

火葬屋はちらとこちらを見たものの、何も気にせず火をつけた。

ごうごうと棺桶は温かい色の火に包まれ、黒く燃えていった。

きらきらひかる炎の中から、妖精のように蝶の羽を背中に拵えた女が飛び出すのか。

それともあの無数の蝶たちが羽ばたいて天に昇るのか。

俺たち様々な考察で賑わったが、棺桶はいずれ炭になり、火葬屋が火を消した。

俺たちは呆然とその様を眺めていたが、そのうち一人が

「分かっていたはずです、人が蝶になるはずなどないと」

と呟いた。

「いやまったく」

「我々は何を期待していたのか」

一人に誰かが続いた

「それでも俺は、あの女が蝶になるところが見て見たかったのです」

俺が一言そう言うと、皆は黙って頷き、空を見た。

煙が名残のように秋の空に登っていった。

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