第6話

翌日。いつもより緊張しながらアヤノを迎えに行く。サワグチからあんな話を聞かされて平常心でいられるはずがない。お陰で寝不足だ。

狭い道を大きな車が通る。

この街には余り似つかわしくない立派な車だ。なんとなく見覚えのあるその車に怒るようにクラクションを鳴らされ、マサキは塀にへばりつくようにして車を避けた。心の中で舌打ちをしながら。畜生。朝っぱらから気分が悪い。


一度だけ大きく息を吸ってからいつも通りインターフォンを押す。

ぶっきらぼうに「マサキです、アヤノさんを迎えに来ました」と声を出す。

一分程待たされてアヤノが母親に手を引かれて出てきた。

いつもと違うのは母親がよそ行きの服装で普段よりしっかりと化粧をしていたことだった。

マサキは驚いた。母親は珍しくにこりと笑い「私も今日は出掛けなくてはならなくて。たまに知人のお仕事のお手伝いをしているのですよ」と言った。


駅までおかしな三人で歩く。

何を話して良いのかわからない。

天気の事や二年の時の担任についてなど、些細な話を途切れ途切れに交わす。

そして困った事にこんな日に限って駅についたら電車が事故で止まっていたのだった。

隣の駅での飛び込みが原因だ。

ああ、もしかしたらまた新しいゾンビが生まれてしまったのかもしれない。そんな考えが不意に脳裏をよぎる。

改札で遅延証明を貰い、学校に行くには他の手段もないので仕方なくホームで待つことにした。聞けば15分程で運転再開出来そうだ、というアナウンスが入ったのもある。混雑はしているが、振り替え輸送のバスを利用する人も多いようでなんとか立っていられた。

アヤノの母も少し離れたところで誰かに電話をしていた。恐らく仕事の相手だろう。電話を終えて戻って来た。


「いつもならお父さんの車に乗せて貰うことが多いのだけど、今日に限ってついてないわ。お父さん、いつもアヤノが家を出た後に車で家を出るのだけど今日は会議の準備だとかでいつもより早く出て行ってね」


その時ようやくマサキはさっきクラクションを鳴らしてきた車がアヤノの父親の車であることに気付いたのであった。

だから見覚えがあったのだ、帰りに家に送った時にガレージが開いているのを何度か見ていた。

そして人でさざめくホームで、マサキはしばらくアヤノの母親から質問責めにされた。

話したくない事をはぐらかすのはとても難しい。

特に家族の事を聞かれる。祖父の事。両親の事。年の離れた兄の事。兄は仕事で遠くにいる事。


「マサキさんは良いお家で育ったのね」


そう言われてもただ棒読みのように「はあ、そうなんですかね」としか答えられない。


マサキの家は確かに悪い家柄ではない。自慢でもなんでもなく、自分の住む地域では珍しくない程度の「中の上」程度の家だと思うしそれを良いとか悪いとかは今まで余り考えた事は無かった。思い返せば中学校はそれ程荒れてはいなかった、その程度だ。

だが、自分の家はどこか他人行儀で歪である。その自覚は漠然とある。

特に兄などもう何年もまともに話していない。昨年結婚したが、結婚式以外でろくに会った事のない嫁の顔などうすらぼんやりとしか覚えていない。良い家柄の女であることだけ朧に思い出す。


「ところで昨日休みでしたけどアヤノさんの体調は大丈夫なんですか?」


話を反らしたくてそう問い掛けるとアヤノの母親は一瞬の間を置いて「ええ、大丈夫よ」と答えた。その躊躇いをマサキは見逃さなかった。丁度その時ホームにマサキとアヤノの乗る電車がやって来た。


「じゃあ、私は逆の電車だから」


アヤノの母親はそう言って手を振った。


大丈夫、だと言うなら何故アヤノはずっと俯いたままなのだろう。

何故一昨日には無かった絆創膏が指という指に貼られているのだろう。

機嫌が良い時は時折歌を口ずさむ事があるのを知っている。しかし今日は呻き声さえ聞こえない。

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