第5話

今日は部活も予備校も無い。

アルバイトも受験を理由に三年になると同時に止めてしまった。

図書館にでも行って勉強でもしようか。そう考えながら放課後の騒がしい校庭を歩いていると、突然背後からサワグチに呼び止められた。


「先輩この後暇ですか?ちょっと付き合ってくれませんか?」


面倒だな、と思ったがここで断ったところで「じゃあ次に暇な日はいつですか?」と問い詰められるだけな気がした。


「誰にも言わないで欲しい話なんですよ。でも自分ひとりで抱えるのもしんどいし、かといってもしマサキ先輩がなんか変な事に巻き込まれたらそれはそれで後味悪いから」


サワグチの顔はとても真剣だった。絵を描いている時の顔と全く同じ顔だ。実を言えばサワグチが笑っているところはほとんど見たことがない。真面目な奴だということは知っているけれど、余り女子高生らしからぬ奴だなと思う。


校則で表向きおおっぴらな寄り道は禁止されているが、ある程度はお目こぼしされている。つまり犯罪さえ犯さなければ問題ない。

他人に話を聞かれにくい場所ということで数駅先の繁華街にあるカラオケに入った。サワグチが会員証を持っていた。

若い男の店員がドリンクを持って来る。コーラとココア。

カラオケで歌を歌う素振りを全く見せず、楽しむどころかとても怖い顔をして無言で俯く高校生二人を見て店員はどう思うのだろうか。仕事だから無感情だろうか。多分無感情だ。

先に口を開いたのはサワグチだった。


「………ねえ、先輩さ、アヤノさんの服脱がした事ある?」


唐突且つ不躾な質問にマサキはコーラをこぼしそうになる。


「………無いよ、流石に。ぶっちゃけ俺は生きてる時のアヤノが好きだった。今も綺麗だとは思ってるけどさ、だけどゾンビ相手にエロいことをしようという気持ちにはなかなかなれない、そういう性癖はない。何か大きなきっかけでもない限りは」


サワグチから視線をそらし、早口で一気にそう答えた。そのマサキの言葉を聞いて、サワグチは何か考え込むようにして俯いた。何か言いたいからここに来たのだろうが、それはそんなに言いにくい事なのだろうか。

「………なんだよ?早く言えよ」

気恥ずかしさもあり、追い詰めるような口調で急かすとサワグチはやっと顔を上げる。珍しく泣きそうな顔をしていた。その顔を見て、マサキの胸がざわつく。不意に不安が忍び寄る。サワグチはホットココアをマドラーでかき回しながら俯く。

「じゃあさ、先輩、アヤノさんが亡くなった時に遺書は見ましたか?」

答えはノーだ。未だに気にはなるが、なかなか母親から聞き出せずにいる。

「何、サワグチはアヤノの事でなんか気になる事でもあるわけ?」

マサキはコップをテーブルに置いてサワグチの方に改めて体を向けた。


「昨日、私がアヤノさんの服を着替えさせたじゃないですか………左の脇の下に凄く小さいけど刺青入ってるのに気付いちゃって。ギリギリ下着とか水着で隠れる位のところに。それからお腹と背中にちょっと大きな傷。火箸でつけたみたいな…火傷かな。後は太股の内側に自傷の跡。あ、これヤバイ奴だと思ってあんまり見ないようにしてたんだけど」


なんて嫌な話だ。胸の中のざわつきが体に広がる。


サワグチは手早く「こんな感じです」と言いながらサラサラとスケッチブックにアヤノの刺青のイラストを描いた。

それは小さな円形のマークで、あの「ゾンビになれるおまじない」で口の中に入れる紙に書くという図柄に少し似ていた。その点でマサキとサワグチの意見は一致した。


実際、アヤノの左手首に自傷のような跡があるのは知っていた。

ただ、屋上から飛び降りた時に一旦裏庭にある桜の木に引っかかってから地面に叩きつけられたのだ。そのため手や足や顔といった露出している部分に細かい傷があるのは仕方ないと思い、敢えて左手首の事は気にしないようにはしていた。その事を包み隠さずサワグチに伝える。サワグチは鉛筆を器用に回しながら数秒考え込んだ。


「………もしかしたらアヤノさん、虐待とかされてたのかも。もうゾンビになっちゃってるから痣とか生傷に関しては判断しにくいのも当然なんだけど、多分いじめではないと思う。そうじゃなければ校内の人間にもっと拒否反応示すだろうし。イムラ部長だって去年同じクラスだったっていうけどアヤノさんは大人しくしてますよね。ゾンビも嫌いな人間の事は無意識に覚えてて拒否する事もあるっていうから」


確かに。去年同じクラスだったが、特にいじめのような事はなかったと思う。自由過ぎるアヤノを疎ましく思う者も何人かいたと記憶しているが、その一方でアヤノを受け入れる者もいたのだから。


「クラスの子に聞いた噂なんですけど、最近の自殺騒動ってどっかの宗教が絡んでるって噂あるみたいですよ。大学の方で勧誘が問題になってるって話じゃないですか。その宗教、この入れ墨と似たマークがシンボルになってるって。最近週刊誌にも小さい記事が載ったみたいなんですけど、友達が帰り道に突然フリーライターの人に声を掛けられたとかで」


しかしその話を聞いてもいきなり何か出来るわけではない。ただ、もし気になる事があったらすぐにサワグチやイムラに相談してほしい、と言われた。何が出来るというわけではないけど、と付け加えるサワグチの目はやはり泣きそうに揺れていた。


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