第3話

翌日から本格的にマサキとゾンビ少女アヤノの生活が始まった。

授業中は廊下に繋いでおく。

その方が落ち着いて授業を受けられる。気が散らない。

休み時間は時々構ってやる。昼飯は一緒に食べたくはない。匂うから。

無論アヤノの親は出来るだけの事はしてくれているようだった。でもこれは気分の問題なのである。

父親にはまだお目に掛かった事はない。そしてなかなかアヤノの家の中にまで入るチャンスが無い。母親が「お茶でもどうか」と誘ってくれる日に限って予備校があったり部活後で時間が余りに遅かったりと都合がつかないのだった。

部活では延々とアヤノをモデルに絵を描いた。

美術部の顧問から出される課題の傍らで何枚も何枚も、数えきれないくらいのデッサンをこなし、油絵にも着手した。


ゾンビになったアヤノは美しかった。

白かった肌はより一層白くなり、かすかに充血した目さえも愛しく、微かに引きずる左足も膝に広がる痣も好きだと思った。

マサキは今まで自分をただのつまらない優等生だと思っていた。

しかしアヤノというゾンビを手に入れて初めて自分の中の歪みを認識した。


ずっとアヤノに片思いをしていた。

中三の時。塾の行き帰りに何度も駅でアヤノを見かけた事がある。

駅にあるマクドナルドで塾の宿題をしている時、彼女もやはり近くの席に座りひとりで黙々と勉強していた。横顔が綺麗で、でも話し掛ける勇気なんてなくて。

春になり自分と同じ高校の制服を着ている彼女をやはり駅で見掛け、マサキは驚いた。

しかし如何せん生徒数の多い高校だったので彼女の所属するクラスを突き止めるのに無駄な時間を費やす事となる。

二年の時、同じ文系志望クラスになった。文系志望は多いので何クラスもある。同じクラスになれたのはラッキーだった。それでも最低限の会話しか出来なかったけれど。彼女は授業中以外、余り教室にいなかったのだから仕方がない。

三年になりクラスは離れ、時々廊下や駅で見掛けるだけの存在に戻ってしまった。

成績に応じてクラス分けがされるのだが、アヤノはひとつ下のクラスになった。ずっと成績優秀だったのに、二年最後の期末テストで酷い点数を取ってしまったようだった。

だから今は天国。

放課後はずっと彼女を眺めていられる。こんな幸せ、生まれて初めてだ。

アヤノは美人で勉強も出来た。少なくとも二年の三学期の初めまでは。

しかしそれでクラスの中心的存在かと言うとそうでもなく、変わり者であった。

それなりに人当たりは良い風に見えたが、特に誰かと群れるというようなことは無かった。

たまに浮き上がっているように見えた。

何人かの友人はいたし、優しい面もあり、話掛けてくる相手には笑顔できちんとした対応をする。しかし弁当は屋上でひとりで食べている事もあったし、修学旅行では個人行動をさらりとする。アヤノの友人達も変わり者の集団で「あの子はあの子だから」と特に気にする風もなかった。アヤノはどんな時でも時間だけは守った。

一匹狼の美少女。まるで漫画のようではないか。

その他大勢でしかない地味な自分に取って、ぶれない彼女は憧れだったのだ。

しかし彼女は一匹狼であったからこそ、その闇に気付く人がいなかったのだろう。

だからその結果、屋上から僕の元に落ちて来た。


今日、休み時間にアヤノの友人だという他のクラスの男子に無理矢理アヤノを奪われそうになった。

彼に絡まれるのはこれで二度目だ。

それでも彼が手を引こうとするとアヤノは電池が切れたように動かなくなる。

女子相手なら全く無反応ということはなかったし、母親の言う事はそれなりに聞いているのをマサキは知っている。

だが、彼の事だけは完全に拒否しているように見えた。恐らく死ぬ前に相当嫌な思いをしたのだろう。

生前の記憶は嘘をつかない。

アヤノは拒否を何度も繰り返しているのだからそろそろ諦めて欲しい。

話の端々から彼もアヤノに何かしらの好意を抱いている事はよくわかった。彼もそう強い人間ではなかったのでマサキに暴力を振るって来るような事はなかったが「なんでお前なんだよ」と何度も言われた。そしてマサキをよくわからない言葉で罵倒して去っていく。これも二度目だ。


部活を終えた帰り道。マサキはアヤノの手を引いてスクールゾーンを歩いていた。

いつもなら真っ直ぐ彼女を家に送り届けるのだが、今日はなんとなく高台にある公園に寄った。

空がとても綺麗だ。絵に描きたい。でも隣にいるアヤノの目は濁っていて、この空を綺麗と感じる心があるのかどうかは全くわからない。


その後アヤノを彼女の家に送り届けた際に、なんとなくの気まぐれで彼女の母親にアヤノをモデルに描いたスケッチを一枚渡した。アヤノの母親はその絵をとても褒めてくれた。

好きな人の親に認められるのがこんな嬉しいことだなんて。

手を振ってアヤノと別れる。アヤノの目はいつも斜め上を見上げていた。


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