File16:運び人、始めました

 目を開け、時計を確認する。

 時刻は朝の六時。

 軍人の朝は早い、故に俺の横には昨日の軍医がいる。

「ぐっすり眠れたかい?」

「それはもう、副作用のせいでね」

「お、薬の事に気づいたってことは効き目もばっちりってことだね」

 普通、目を瞑ってもすぐに眠れるもんじゃない。

 搬送された俺ならなおの事。

 でも、昨日は眠気が波のように押し寄せてきた。

 過度な疲れだけではこうならない、そしたら予想敵中だ。

「化学も進歩すれば医学も進歩する。昔なら何か月もかかってたものが今では薬一つで数日で治るんだから、便利な時代になったもんだよ」

 医学は科学のような躍進的にではなく少しずつ進んできた。

 昔は難病とされていたものも時間はかかるが確実に治るようになり、寿命も延びた。

 科学が進歩するということはその中に属す、または関わるものも進歩すること。

 全て何らかの形でつながっている。

 俺は素直に喜べない。

 親父のおかげでいろんなものが生まれた。

 現に今利用されている技術は親父が研究に関わっていた物も結構あるし、一般的に便利な技術として使われている。

 それは誇らしいことだと思う。

 でも、親父のせいで大量の人が死んだ。

 その数は数えきれないほど、先進国一つ消えたくらいだ。

 親父は多くの人から尊敬されていた。

 だが、天才が殺人鬼に変わり、その人たちからの評価は一変した。

 人々を裏切った人間を尊敬なんてできるわけがない。

 家族ともなれば。

「薬の効果が完全に効いていればもう動いても大丈夫かな。もし無理そうなら数日はそのままでいいけれど」

「ご心配なく、動けば十分。なんでもござれ」

 ここにいた期間は短い。

 まずはマップの把握、そして人の動きと時間を確認しなければいけない。

 軍ともなれば規則の塊、新人ばかりのここなら規則にとりあえず従うやつが多いはずだ。

 不規則がないだけ楽だ。

「そうかい? じゃあ、コリットさんの所まで行ってくれるかい? 彼が人手不足だと嘆いていたからね。場所は炊事場」

「了解」

 俺は素早く身だしなみをチェックし、軽く水を飲んでから外に出た。

 炊事場ということはもちろん食事関連なわけだが、俺はそういうのはできない。

 役に立てるか不安だ。

 そんな事を思ってるうちに到着したらしい。

 炊事上は食材の管理、料理を行う場所だ。

 衛生面が重量なのでテントではなく建物である。

 集団で食中毒なんてなったら大変なので妥当だ。

 人は少なく、人手不足というのも納得だ。

「君、炊事班? それとも荷物?」

「に、にもつ?」

 話しかけてきたのは白く、いかにもコックのきそうな服を纏った男。

 階級を示すものは見当たらないが、この人は軍人なのだろうか。

「コリットさんが人手不足だから助けてあげてほしいと言われたんので来ました」

「あ、それはありがたい。私がコリット、ここの食料全般の責任者だよ。丁度届いた品を持ってきてくれる人が必要だったんだよ。ついてきてくれ」

 俺は彼の後に続き、厨房の奥の方まで進む。

 そこは段ボールや木箱が置かれており、中には食材が入っていた。

「届いた品ってなんですか?」

「それはね、これだよ」

 彼は木箱を一つ寄せ、ふたを開ける。

 中には埋め尽くさんばかりのレーションが入っている。

 すべて同じものらしい。

「これはすごいですね」

「ああ、味に定評のあるイタリア産だ。これを基地中周って配ってほしいんだ」

「え、この量を一人でですか?」

 箱には三十人くらい入っており、一人で配るのは多すぎる。

「いや、三箱だ」

「さ、三!?」

 この人、更に重りを付けてきたぞ。

 コックってみんなこんな感じじゃないよな。

「まあ、一人でとは言わんさ。おい、ロム」

「はーい」

 コリットさんの声に反応して厨房の方から女の子がトコトコやってくる。

 まだ十歳かそこらへんではなかろうかと言わんほどに若い。

 彼女は服装からして炊事班らしい。

「なーに、コリットさん?」

「この方のお手伝いをしてあげてくれ」

「えー、でもリンゴの皮むきの途中だよ?」

「それは後でも構わんさ。お手伝いが出来たら私がリンゴで兎でも作ってやろう」

「兎さん、ホントッ!?」

 彼女の目には子供らしい目の輝きが宿る。

「ああ、お願いできるかい?」

「うん!」

 彼女は俺の方に寄ってきて、挨拶をしてくれる。

「えっと、ロムです。お兄さんのお仕事を手伝ってあげる」

「あ、ああ。よろしく」

 少し不安だが、きっと大丈夫と心の中で念じ、箱を持ち上げ、外まで運んだ。

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