File9:幕は上がった

 あの後は解散、それぞれ用意された寝床で就寝した。

 一度目を瞑って開くとテントの隙間から日が差していた。

 隣の寝袋は既に抜け殻だ。

 もうレボーナフは起きているのだろう。

 服を替え、軽くストレッチをする。

 小さな木製の四角いテーブルに目を向けるといつ頃置かれたのかわからない缶コーヒーがある。

 手に取ると付箋が貼られていることに気づく。

『朝のコーヒーは格別だ、飲め』

「こんなことで命令するなよ……」

 手早く開け、喉に通す。

 微糖なのか、ほんのりとした甘みが舌を包む。

 偶には微糖もいいなと思う。

 ただひとつ、文句を言うなら。

「ホットなら満点……だな」

 飲み干し、近くのごみ箱に向けて投げ入れる。

 しかし、ごみ箱の縁に当たって明後日の方向へ。

 無情にも缶は転がり続け、やがて静止する。

 苦い顔をして拾い、今度は直接入れる。

 底に落ちたのを確認して外に出る。

「運べ運べぇ! 今日は記念日だぞ!」

(記念日? なんだそりゃ?)

 資材をひたすら運ぶ兵士たちと場所を指示する上官。

 主に火器類を入れるケースや土嚢だ。

 それらをトラックに載せている。

「おい、そこのお前!」

 先ほど指示をしていた上官に声を掛けられる。

 姿勢を正し、敬礼をする。

「私に何か御用ですか、上官殿?」

「貴様は……新兵だな。資材を並べられたトラックに詰め込め」

「了解いたしました」

 精鋭であろうと新兵であることに変わりはない。

 上官の命令には従う、軍の鉄則だ。

 素直に現在資材が置かれている場所に向かう。

 そこではクリップボードを片手に動き回っている人が数人いた。

 彼らは物のチェックなどをしているのだろう。

「お、ようやく来たか」

 聞き覚えのある声に反応する。

 レボーナフだ。

 彼もまたチェックをしているようだ。

「朝から上官殿もたいへんだな」

「人手が足りなくてね、悠長に紅茶なんて飲んだら軍法会議物だ」

「何を運べばいい?」

 レボーナフは一度リストを確認してから言う。

「レーションボックスがあるからそれを二号車に運んでくれ。車は見ればわかるはずだ」

「了解」

 レーションと書かれた木箱を持ち上げ、運んでいく。

 中に入っていいる数が多く、重さもなかなかだ。

 駆け足三分ほどで車群地に到着。

 一から何十と続いており、事の規模がわかる。

 今からそれに参加すると思うと武者震いする。

「二号車はー……ここか」

 荷台の部分に女性がおり、受け取って中に押し込んでくれるようだ。

 しかし、回転が遅いのか列だできている。

 最後尾に並び、時が来るのを待つ。

 俺の後ろはすぐさま埋まる。

「ヤッホー、ハットリ君!」

 こんなあいさつを俺にするのは一人くらいだ。

「よう、アオイ。お前まで運びかよ」

「女手も必要なんだって」

 わずか三百人程度で攻めるってんだ、人手不足なんてもんじゃない。

 見たところ男だけでこの人数じゃない、女も混じっている。

 男女共同参画型社会とは言うが、軍までこうするのかと。

 昔は戦場は男の墓場みたいなもんだったが、今は女も含まれる時代になった。

 食料戦争から導入されていた聞いてたけどマジだったのか。

「メディックでも戦わなきゃいけないかもしれないのか」

「そうだね。医師免許もとって銃の使い方も習わなきゃいけないでたいへんだったよ」

「わざわざ医師免許とったのか……なら、普通に医者をやればよかったんじゃないか?」

「うーん、それもそうなんだけど」

 彼女は一度言うのを躊躇うが、続ける。

「私はハットリ君の……みんなの役に立ちたいから」

「そっか」

 いつの間にか前の列は消え、俺が一番前になっていた。

 俺は木箱を渡し、その場を離れた。



 ◇   ◇



 資材運びが終わったところで全員に招集がかけられる。

 部隊ごとに綺麗に列を成し、直立に立つ。

 うちの部隊のみ人数が少ないから少し浮いて見える。

 簡易台に昨日のザックトルテ少佐が立つ。

 拡声器やマイクなしに少佐は話し始めた。

「諸君、よくぞ集まってくれた! 君たちは相手の数もわからない戦いに身を投じてくれる勇気ある者たちだ! 過酷な戦いにはなることは間違いない。私含め、全員生きて帰れる保証などない。だが、どうか恐れないで欲しい! 私が君たちを導き、英雄にしてやる! 我々は英雄だWe are HERO!」

 少佐の英雄というワードにみんな鼓舞され、声が沸き上がる。

 (英雄か……いいなそれ)

 自分もまたそうされたらしい。

「これより、アメリカ奪還作戦を開始する!」

「サー! イエス! サー!」

 各部隊、決められた行動を行うため解散した。

 さあ、幕は上がった。

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