File6:所詮は理想

 その後、俺はアオイに事の先から先までを話してからもう一度眠りについた。

 レボーナフの怪我もアオイのおかげでなんとかなった。

 移動くらい安全にできると思っていたが、そうでもないのかもしれない。

 本来なら警戒するのが普通だろう。

 しかし、寝れるうちは寝ておいたほうがいい。

 向こうに着けば一睡もできないのかもしれないのだから。

 今は休もう、その後働けばいい。



 ◇   ◇



 電車が停止する揺れと無機質な車内アナウンスで目を覚ます。

 横にはいつの間にかアオイがこちらに肩を寄せ寝ている。

 こうなると動こうにも動けないので困る。

 レボーナフは小説を読んでいたであろう視線を上げて立ち上がる。

「行こうか」

 俺は頷き、アオイに声をかける。

「起きろ、到着したぞ」

「……あと五分」

 アオイは目を開けようともせず、俺は呆れる。

 数日前に俺には言うなと言っていたくせして自分では言うのか。

 仕方がないのでおんぶしてやる。

「うっは、おめぇ……」

 わざと聞こえるように言うと、腕で首を絞められる。

「うぼ!? お前、首はやめ、ろ……」

 突然の事だったので変な声を上げてしまう。

 勢いで泡をブクブクと噴き出すかと思った。

「訂正しなさい」

 アオイは静かにそう言う。

 確かな重みがあり、頭にきていらっしゃるようだ。

「ずんません! アオイざんは軽うございます!」

「よろしい」

 絞り出すように言うと、許され、首が解放される。

 喉元に空気がつっかかるような感覚が消え、大きく息を吸う。

「何をやっとるんだ君たちは……」

 レボーナフは一抹の不安を覚え、頭を抱えた。



 ◇   ◇



 アオイを降ろし、駅から出るため階段を上る。

 長い階段を上りきると地上に出るとロシアの自然と都会が混じったような雰囲気が一転。

 大きなビルが無数に立ち並び、自然がほとんど抜き取られている。

 言葉で言うならコンクリートジャングルと言うのだろう。

 芸術性等はなく、ただコンクリートで固めた建物ばかり。

 利便性しかない。

 ここはもう戦地なんだと実感させられる。

 完全に都市化され、昔あったメキシコのイメージはとうに消えた。

「すご! なんでこんなに都市化が進んでるの!?」

 アオイは目を丸く、かつキラキラさせる。

 ロシアでは見ることのなかった風景には俺も圧巻される。

「十年前と全然ちげぇ……」

 記憶との差は月とスッポン。

 十年でここまで変わるのは異常以外の何者でもない。

「その様子だと、これを見るのは初めてか。無理もないけどな」

 レボーナフはジャケットのポケットから煙草を取り出し、火をつける。

 一息入れてから、話始める。

「ロシアは00ゼロゼロ化計画ってのをやってるんだ。行き過ぎた化学は人間を殺すと主張した学者がこれを計画し採用。2000年頃の世界が今のロシアの姿だ」

「行き過ぎた化学、ねぇ」

「ここはそんなこと気にせず都市化、10年前までは人がわんさかいたが、今は最前線のすぐそこ。抜け殻だらけだ」

 首を上げ、上を見る。

 どの窓にも電気はついてなく、洗濯物などもない。

 無骨、廃墟が持つ独特の美しさなども全くない。

 意味を失った建物が並んでいるだけ。

 墓場だ。

「ここから少し歩いた先にカーショップがある。そこで拝借するぞ」

「え、いいんですか?」

「人がいないところに法はなし、だぞ」

 本来なら犯罪になる行動を悪気もなく言うのでアオイは驚く。

 堂々とした犯行声明など実際に聞くとは思ってなかった。

 しかも軍人の口から。

「なんだか腑に落ちないね、ハットリ君」

 アオイの言葉に俺は頷くだけだった。

 何年もの歳月をかけて作られた建物たち。

 これが機人という存在でいとも簡単に捨てられた。

 機人は人間だけでなく努力まで殺してしまったわけだ。

 元々は人と同じことができるロボを作るというものだった。

 労働者の負担を減らそうとした、だが、結果はこれだ。

「そろそろ行くよ」

 俺はアオイに手を引かれる。

「理想と現実はほど遠いな」

 ぼそりと呟き、その場を去った。

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