File3:切符は手に入れた
ロシアに来てから母さんと父さんの死を悲しむ余裕などなかった。
初めての地で言葉は通じず、いつもおじさんの影に隠れてた。
こっちの学校--といっても昔だが--に来た当初はかなり虐められたものだ。
俺は移民、ここに住んでる人にとっては邪魔でしかない存在だ。
冷たい目で見られるのは避けられなかった。
おじさんは元軍人ということもあって各国の言葉を話せたことが救いだった。
だが、まだ八歳だった俺には辛すぎた。
そんな時、手を差し伸べてくれたのがアオイだった。
アオイがいなければ俺はどうなっていたか、知りたくないな。
最近になって祖父を亡くしたアオイはなんだかんだでうちに住み始めた。
それから毎日こんな感じだ。
偶然に感謝、だな。
「ハットリく~ん、考え事?」
「アオイ、人が何も言わないからってほっぺを突っつくのやめてくれないか?」
「いいじゃん、柔らかいんだし」
「突っついていい理由になんねぇよ」
少し恥ずかしくなり、そっぽ向いて周りでも眺めることに。
まあ、もう目的地はすぐそこなんだけどさ。
そこらへんにありそうな雑居ビル、ここに来たのはお話があるからだ。
もちろん、アメリカ奪還作戦に関することだ。
機人の侵略を恐れた政府が打ち出したの案は勇気ある軍人や市民を
徴兵制よりはマシということですんなり通ったらしい。
ここ数十年で人口、食糧ともにかなり減少し、なんでもいいから対策を打たなければならなかった。
いつかは決まるであろうことが今決まったに過ぎない。
「そういえば、今日アメリカ行きの人が決まるんだよね?」
「ああ、お前って試験受けたっけ?」
「もちのろんよ! ハットリ君の行くところに私アリ! なんだから!」
「そんな軽い理由で決めたのかよ」
俺は少し呆れつつ、暗い廊下を二人で歩く
「軽くないよ」
アオイにしてはいつもの声より少しトーンが低いので足を止め、顔を合わせる。
先ほどまでの笑顔はなく、赤いメガネ越しに真剣な眼差しを向けられる。
こいつの切り替えの早さにはいつも驚かされるが、そのメガネはいつ用意した。
「あの時守ってくれたから、今度は返さないとだもん。それに、男ばっかりの戦場だと士気も下がっちゃうしね」
「……そういうことにしときますかね」
「久々に真面目ムードにしたのに……軽く受け流すなんてひどいよ」
「普段メガネかけてないのにこういう時に着けてるってことはなんか狙ってる証拠だ」
「バレちゃったか」
アオイはさっさとメガネを外し、普段通りの感じに戻る。
でも、言葉の重みは直接伝わった。
本心なんだろう。
「変なことしてるんだったら置いてくぞ」
「あ、待ってよ~!」
言われた通り待ってやって、再び歩き出した。
◇ ◇
事前に伝えられていた部屋に入る。
白い長机が部屋の端、椅子が二個中央に置かれただけの殺風景な部屋。
窓が小さく、わずかな光しか差し込んでこない。
「ここで合ってるの? 誰もいないし、間違ってんじゃない?」
「確かに、合格者がもう少しいてもいいな。でも、手紙にはここに来るようにしか書かれてなかったしなぁ」
時間は予定通りなので、誰もいないというのはおかしい。
「とりあえず、椅子に座って待つか」
「真ん中なのが怪しさマックスなんだけど……」
俺はすんなりと、アオイは恐る恐る座る。
すると、俺たちの前に画像が現れ、暗い部屋がぼんやりと明るくなる。
暗くてわからなかったが、プロジェクターが置かれていたらしい。
画像には合格おめでとうの文字が映されている。
突然の事で俺は口を開けてしまう。
「おめでとう! 君たちが俺の仲間か!」
部屋の扉が突如開き、細身でクリーム色の髪をした男が入ってくる。
「いやぁ、今年は優秀だと聞くし安心だね!」
俺とアオイは立ち上がり、少し距離をとる。
男は気にせず話し続ける。
「お二人さん、僕はレボーナフ・ボナパルト・コルッカ。君たちのリーダーにだよ、よろしく!」
レボーナフという男は爽やかに左手の親指を立て、笑顔を向ける。
とてもじゃないが、この時代に不釣り合いな男だ。
アオイは自分と近い存在だと悟ったのか、手厚く握手をする。
こういうキャラが増えるのは勘弁だぞ。
「さて、アメリカ奪還作戦の説明の前に質問はあるかい?」
俺は挙手する。
「はい、そこの君」
「合格者は俺たちだけか? だとしたら少なすぎる」
「いい質問だ! 一人は既にアメリカにいるよ。今回の特別枠でのアメリカ行きは四人になるね」
「はいはい!」
アオイは質問が終わるや否や挙手する。
「はい、そちらのお嬢さん」
「特別枠って何ですか?」
「さらにいい質問だ! 普通の合格者なら軍に向かうんだけど、一部の優秀な人材はここに呼び寄せられる。それが君たち二人ともう一人だ」
「私たちって凄いんですか!? やったぁ!」
アオイは飛び跳ねて喜ぶ。
優秀という響き、なかなかいいな。
「さて、質問もなさそうだし作戦の説明にしようかな」
「あ、待ってください!」
「なにかな?」
レボーナフは優しい紳士的な顔で問う。
俺と対応が違わなきゃいいなぁ。
「お手洗い……大丈夫ですか?」
「入口の近くだよ、行っておいで」
「ありがとうございますぅ!」
アオイはそそくさと部屋を出る。
取り残された俺とレボーナフの呼吸音すら聞こえなくなり、静かな空間になる。
レボーナフはホルスターから銃を取り出し、こちらに向けて構える。
喧嘩を売った覚えはないが、顔からしてマジっぽいのが嫌だねぇ。
俺は得意のポーカーフェイスを貫く。
「唐突だな、レボーナフさん」
「君、撃たれる覚悟はあるかい?」
「言わずとも」
「ならよろしい」
レボーナフは銃をしまい、握手を求めてくる。
「軽い度胸試しはおしまい。ようこそ、地獄へ」
俺はレボーナフの手を強く握った。
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