第3章 終幕の開幕

第21話 天才とバカは紙一重


荒れ狂う疾風の中、二人の影が対峙していた。


「世界を壊すの…もうやめようよ。魔王」


千年がそう言いつつ首を横に軽く振った


「ううん。違うね。魔王なんて本当はどこにもなかった」


そこに居たのは、ただただ、どうしていいのか判らなくなってしまって、涙にぬれるしかない女子が


「私の…双子の妹がいる。それだけだね」


言いながら笑顔を見せる千年へ、千秋はギロリと睨んだ


「俺の邪魔をするなと、言ったハズだ…」

「するよ。だって」


本当は千秋だって、こんなことしたくないんでしょ?


「嫌なら止めればいい」

「そんな簡単な事ではないとも、言ったハズだが?」


空は暗雲が立ち込めていて、あたりは結界内だが崩壊が進んでいた。


「それでも、お願いだから」


千年はスッと手を差し伸べた


「この手を取って。助けてって言ってくれれば、私はあなたを助ける」


約束する。


その言葉に千秋は顔を酷く歪ませた。お前は覚えてないだろうが…と千秋は言いつつ、悲しそうに千年を見つめる。


「その約束はもう果たされていた…ただ、世界がお前を許さない。だからお前は何度生まれ変わってもひどい目にあってきたんだ」


その新たな情報に目を丸くした千年は


「どういう事?」


攻撃態勢を解き、真っ直ぐ千秋を見つめながら問う。その質問に目の前の黒髪で自分と瓜二つの顔を持つ妹は、苦しそうに、悲しそうに俯いた。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



事の始まりとでもいうべきか、今から一日と三時間前。


彼女、千年は自分の半身でもある双子の存在を知った。母に激怒した後一度寝て、そして昼頃に千秋のもとへと足を運んだ。仕事は、高度の熱と持病悪化のため早退すると報告したので無問題である。


なので嫌な思い出だけが詰まっている「家」へと重い足を動かしながらため息を吐き、嫌々だったがなんとかついたところで結界が張られていることに気が付き、慌ててきな臭い気配がある場所へと走って行ったのだ。


案の定、そこには魔王が千年の仲間と対峙している場面で。しかも地面に転がっていたのは幼い愛と優。


「これは一体…」

「先輩!大変です!!」


茶飲がアビリティを発動しながら千年に近づいた


「優くんの中に封印していたもう一つの魔王の力を奪われました!」

「なっ…?!」


優の中に隠されていた?!と驚いているのも束の間で。


なんでも急に魔王が現れて、社長同様に浚おうとしたところを、優が避けて、愛が攻撃を放ち、スタンバっていた白影と黒影の幻術と攻撃で目くらましをし、なんとか家から離れることができた。


もしかしたらと用心して黒影と白影を泊まらせた判断がよかった。


しかし喜んだのもつかの間。魔王はやはりというべきか、強かった。その場のみんなの動きを、アビリティ『魔王ガイスト気迫サタナ』で止めて、不要なものとみなした優以外のみんなを吹き飛ばした。


そしてそのまま、魔王は優から力を抜き取り取り込んだ。その瞬間地響きが鳴り、崩壊が始まったのだった。

力を抜き取った時点で優は戦闘不能。それを見た愛が頭に血が上ってしまったのだという。


「そのまま愛ちゃんが激怒してツッコんだら…弾き飛ばされて…戦闘不能に!」

「優、愛。そっか…たしか優は社長と一緒でほとんど千年の記憶を維持してたんだっけ。」


少し考えればわかるハズだった。この中で記憶がほとんど残っていたのは優と社長だけだ。意図したわけではないのだろうが、その記憶を維持することができるのが魔王の力だったとしたら…


辻褄は合う。


だから魔王も見つけられた。

そこまで思考した後、魔王がここに居るのならと、もしかしたら一緒に居るのではと少しの期待と焦りを含みながら、威勢よく敵へと立ち向かう。


「魔王!社長はどこに…」

「…」


なんともなしに、魔王が手を振りかざしただけで突風が突き抜けた。その拍子に何かが地面にドサリと落ちる音がして、目を開けたら


「社長?!」


彼へと駆け寄る。息はしていた。しかしとても弱々しく、あちこち傷だらけ。


「この!」


赦さない!とでもいうように千年はアビリティを発動。たちまち大きなクリスタル剣が現れる。それを見て魔王は一言つぶやいた。


「『リヒトソード』か…それだけはいつも変わらんな…」


どこか哀愁を放つ言葉に少し違和感を持つ千年だが、ぽつりと呟かれたその魔王の言葉に反応した。


「リヒトソード?」

「光の剣…とでもいうべきか。選ばれた者にしか扱えない、最強究極の世界の力を分けて作られたという、世界の宝。」

「これってそんなに凄いものだったんだ?」


千年がほへーとしていると、皆がポカーンとした顔で固まってしまっていた。


「どったの皆?」


千年が首を傾げると、茶飲が信じられないような顔をする。


「まさか先輩…?」

「え?」


続けて幸来も驚いた顔から呆れた顔に。


「どうりで探しても何処にもいないわけっすね」


続けて溜息をついたのは昴で。


「本当に、灯台下暗しっていうのはこの事だよね」


昴の後に進も疲れたような顔をした


「まさか勇者が…」


何かがわかったような皆は、やれやれと首をふる。しかし状況がまったくわかってない千年は、なんなんだよ…と呟いたのち、説明をお願いした。


「お前は」


他のみんなが何処から説明しようかと、思考を巡らせていた時に、真っ先に答えはじめたのがまさかの魔王で。


「毎度毎度、余計なことに首を突っ込む癖があって」


魔王の顔は俯いていて感情が読み取れない。


「俺にも繰り返し繰り返し…転生するたびに何度も余計なちょっかいをするから」


黒い霧が彼の周りに立ち込めはじめると、まるで春の日差しに当てられて溶けていく雪解けのように、魔王の姿が消えていき…そこに現れたのは


「まさか…あなたが…魔王だった、の?」


泣き顔を晒しながら、キッと睨むがその瞳はとても弱々しく、唇もキュッと紡いだ魔王、もとい───


「千秋…どうして…」


千秋が、驚くべきことに千年の双子の妹が佇んでいた───


そして、話は冒頭に戻る。


「お前を納得させるには、“はじまり”から話さなければなさそうだな」


千秋は、いったん息を吐いてから、地面にスッと優雅に座り込んだ。


「私…俺とお前は、大昔に一度だけ、そこの優と愛…とやらのように、男女の双子で生まれた。」


そのころ、双子は脅威となると恐れられていた。一方が悪の化身、もう一方が善の化身となると信じられていて。しかしそれは見分けがつかない。

七歳になり、もしそれでも見分けがつかないのなら、世界の生贄として命をささげることになった。


それを聞いて黙ってなかったのが、いつの間にか話を聞いていた優と愛で。


「「なんて酷い…!」」

「あの頃はそう珍しいことでもなかったんだ。むしろ、日常茶飯事だった」


みんな仕来りや掟、信仰などに縋っていきていたから、なおのことだと、千秋は言った。


「そんな命のやり取りが難しい時期に、俺たちの村は流行り病や急激な天候の変化についていけず、彼らは七歳になったばかりの俺たち二人を生贄とした。」


まだ死にたくなかった俺たちは、互いの事をテレパシーで話し合うアビリティで同調し、死の間際に同時に別のアビリティを発動してしまった。


「それが『逆転リバース』と『突破プレイクスルー』。別々に発動していれば何の問題もなかった。だが…使った者が双子で『同調』で同時に使ってしまったことがすべてのはじまりになってしまった」


世界の理が創りかえられてしまったのだ。

これにより、その世界は意図せずとも繰り返し不幸を招いてしまう事となった。

もちろんすべて俺たちが意図したわけではない。結果的にそうなってしまったんだ。


「永遠のループ…とでも言えば解りやすいか?」


スカイブルーの細められた瞳が皆を見つめる


「ナニソレこっわ…」


顔をしかめながらブルルッと震えたのは、千年で。


「俺は序盤から諦めて、世界を壊すことでその呪いを世界もろともぶっ壊そうとした。それを…お前は俺の前へ出て何度も何度も…」


少し目を閉じて、そしてフッと目を開ける。


「そう…何度もお前は俺を止めようとしてくれた」

「え、倒そうとしてたんじゃ?」


社長を見ながら、幸来がそう問うと千秋は溜息をついた。


「お前たちが言う社長という奴は、自分の名…つまり自分の存在までも危うくすることで世界の均衡を保とうとしたらしいが…それではダメだ」


しかも千年の時をいたずらに引っ掻き回しただけだ。


「え?自分の存在を…危うくした?」


茶飲が訝しげに社長を見つめた。


「お前たち…まさかソイツに何も聞かされていないのか?」


少しの驚きと、信じられないというような顔で千秋がそう問うと、皆は複雑な心境のままコクリと頷いた。


「なんというか…天才とバカは紙一重だというのは本当らしいな…」

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