第20話 姉妹
先輩のお母さんが言ってた心当たり。それを後で聞いて、ビビった。しかも確信はないから、先輩の目の前で言う前に確かめてきてほしいだなんて、なんていうか…
「先輩のお母さん、絶対人使い荒いよな…」
しかも気配隠しながらひっそりと俺たちの会議を聞いてたって事も凄い。俺たちけっこう人の気配には敏感なのに。
今まで戦ってきた経緯ではっきり言える。
あの人はただ者じゃない。
俺たちの話はカモフラージュできるように、俺たち全員がハマってるゲームの話を織り交ぜながら、本題に徐々に入るようにしてる。
だから、よほどの事じゃなきゃバレるはずがなかった。なのに
「あの
「ホントにな」
「何者なんだろうなあの奥方」
紹介しよう。こちら俺の両脇にいるのが、前回の話で先輩と幸来に無視され、名前も出ずに終わってしまった可哀そうな俺たちの残りの仲間。
二人とも俺と同い年の二十四歳でそれぞれ違う会社員。
「シン、どうだ?」
「…間違いないと思う。ていうかアレ見たらわからない?」
「いや、わかるけど脳が理解を拒絶する」
「ちょっと何言ってるかわからない」
そこで、んん?と昴が少し隠れてたところから身を乗り出した
「なぁ、あれって…俺たちの事に気が付いてないか?」
「「え?!」」
身を思いっきり縮めてそっと確かめると、目線の先の人物はたしかに、ジッとこちらを怪訝な顔で見つめていた。
うん。ヤバい。あれはやばいな。
「バレてるっていうか…あれ、確信してないか?」
たしか、先輩のお母さんの話じゃ、彼女すっごい勘が鋭いから気を付けなきゃ一発でバレるとかなんとか…
さてどうするかと考えていたら、目線の先の人がギロリと睨みつけてきた。
瞬間ブワリと広がる悪寒。心の内から冷えていくような視線。
ヤバい…
あれは…
ヤバいだろうが!!
「走れ!!」
二人はいきなり俺が怒鳴ってわき目もふらずに全速力で走りだしたので、驚きはしたものの、一歩遅れだけどすぐに走り出した。
もうアレの気配がなくなった遠い場所に出て、俺は一心不乱に動かしていた足を止めた。俺たち三人の息使いは荒く、アスファルトに尻と手をつき、一生懸命息を吸った。
吸って、はいてを繰り返して、やっと体中に空気が回った感覚がした。
そして思い出すのは、先ほどの二十代であろう着物姿の美女。
彼女が俺たちへと故意に発した、首を絞められているのではと錯覚するほどの殺気。
胸をナイフで抉られるかのような感覚もしてしまった。
アレは、そんじょそこらの人間ができなさそうな、濃い殺気を容易く放ったのだ。
「アレだ…絶対あれだぞ…」
その殺気には痛いほど見覚えがあった。幾度も幾度も対峙し、屈辱にも敗北した記憶の中に、ソレはある。
「何を感じたんだ?茶飲」
「空気読んでついてったけど…ここまで走らなきゃダメなくらい、ヤバかったの?」
「ああ…そりゃあもう…」
クソッ…!まだ身体が震えやがる!!
「ぜってぇアレが魔王の転生した姿だ」
あの突き刺さるような殺気。間違いない。
よもや、まさか
「先輩と瓜二つの姿って…なんの冗談だよッ!」
「まさかの事実だよな…」
「唯一違うのは…」
髪の色…くらいか。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
「去ったか…」
良い判断力だ。
彼女は誰に言うまでもなく、ポツリとそう呟いた。
その容姿は千年と瓜二つ。しかし髪は漆黒の夜を溶け込ませたような、美しく輝く黒。
その瞳は空の色を宿しており、表情は固い。瞳も色だけが千年と同じだが…眼光は酷く冷たく、近づくモノみんなを射殺すような、そんな瞳だ。
「フン」
そして彼女はスッとベランダから家の奥へと歩を進めた。
その家に掲げられているのは『汀』という字。
かつて千年や、千年の母である
『そんなの、あなた一人の見解でしょ?!いうなればただの我が儘よ!』
思い出すは、“片割れ”が言っていた言葉
「俺一人の、わがまま。か」
フフ。彼女は儚げに笑った。
「かもしれないな…」
しかしな、千年。と彼女は空を仰ぎ見る
「俺の思い込みだろうが、我が儘だろうが捻くれた
だって見てみろ。お前が生まれた家でさえも、お前の容姿が気に食わなかっただけで謙遜し、あげくにお前たち二人を捨てたんだぞ?
「世界を壊す。それしか救う手立てはないと、俺は知った」
方法は他にない。いくら探しても見つからなかった。だから…もういいんだ
「お前はもう戦うな…この魔法も何もない世界で普通に暮らして朽ちてくれ」
もう俺の前に立ちはだからないでくれ。
「赦してくれなくていいから」
すべての不幸や災難を、俺のせいにしていいから
それは彼女の悲願だった。どうしようもない立場に立たされた、たった一人が願う、たった一つの願いと想い。
それは…
「
側近が近づき、心細そうにしているのを見て、千秋と呼ばれた彼女は涙をぬぐい、微笑した。
「いいえ?なんでもないわ。ちょっと憂いただけ。さ、父様からの引継ぎの書類を今日中に終わらせなくてはね?」
鈴を転がすような声と、優しい眼差し。先ほどとは別人のような美しい動きと丁寧口調。彼女の幼馴染で側近でもある彼、
しかしそっとしておいてほしいのだと理解して、彼女へニッコリ微笑む。
「では、そのようにいたしましょう。まだまだ書類の山はありますからね!」
「それを笑顔で言わないで頂戴…」
ゲンナリした引くつく微笑で、千秋は笑った。
しかしその笑顔も、側近が彼女の父である
彼女はふいに立ち上がり、寝室へと足を運ぶ。
そして、一つの掛け軸の裏に手を置く。
「開けよゴマ」
『指紋認識完了。合言葉認識完了しました。』
機械の声が響いて、スッと下に繋がる階段が出てくる。彼女は無表情でそこをおりていった。
その先には、広い部屋があり、中央に倒れているのは社長。彼の下には複雑な術式が混ざった魔方陣が光り輝いており、どうやら社長はそのせいで動けないらしかった。
「その魔方陣はお前を捕らえ、無力にするが、腹も空かなければ喉も乾かない」
「ぐぅぅう…っ!」
「ありがたく思え。
ギロリと彼を射抜くその瞳は、金色。
「すべてを忘れて普通に暮し、そして朽ちていけばいいものを…何故貴様は俺の力をその身に封じ、転生などさせた?」
「愛する人が愛した世界を…守りたかったからだ」
「愛した世界…だと…?笑わせるな」
千秋は手先をグイと下から上へと振った。するとその魔方陣からいくつもの黒い光の線が出てきて社長を拘束し、体を浮かせた。
「その世界に、あいつが何度殺されたか、わかるのか?」
「!」
「どこへ行こうとも拒絶され、差別され、謙遜される。あいつだけが!何度も何度も…何度もだ!!」
黒いオーラがその光の線から放たれる。
「あいつが一体なにをしたというのだ?無垢な美しい心と夢と魂を持つというのに!なぜあいつだけが、あんなにも苦しまなければいけないのだ!!」
理不尽ではないか!あいつが世界になにをした?!それでもアイツを苦しめるのはアイツが愛して止まない世界だ!!
世界はアイツを理不尽にも苦しめる!
「そんな世界など、あいつが赦しても俺が赦さない!!」
「うああああ!!」
黒い光は社長に苦痛をもたらす
「そんなあいつを、
「…っ」
「あいつの
その瞳は、今度は赤く染まっていた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
(僕の…罪なのか)
神への背徳なんだろうか
僕の我が儘なんだろうか
死した愛する人の、愛した世界を、愛した人を救おうとしたその行動こそが、間違っていたのだろうかと、社長は痛みと苦しみで薄れ行く意識の中考えていた。
ああ、だとすれば自分のやったこと、やってきた事は無駄だった事になる。
それどころか、事態を悪化してしまったのかもしれない。
だが、それでも自分は千年を愛した。そんな彼女が愛し、救おうとした世界も、愛しくて救いたくてしかたがなかった。
間違いだったとしても、自分は
「あ゛ぁぁああ゛ァァァあ゛あア゛ア゛ぁアぁぁア!!」
「フン…いい様だな」
後悔など、してはいけないのだ。
「グぁああッ!あ、あああ!ぐっ…ああああああ!!」
今までの仲間たちや、愛するものの生き様を侮辱することと同じだから
だから、自分は後悔はしない
だからこそ、ここからどうやって脱出するか。それを考えなくてはと、薄れる意識をかろうじて保ちながら思考していた。
「きみ、は」
「この高度の闇魔法をうけてもなお、しゃべるだと?」
「どう、して」
意識が落ちようとしている。しかし社長はそれを意地だけで繋ぎとめていた。
「ち、とせを…こんな、にも…思ってくれて、るの?」
ギリッ!と歯ぎしりした。目の前の涼しい顔をしていた千秋が、
「なぜ、だと…?」
「うっ…あ、あああああ?!?」
一気に闇魔法の威力をあげてしまって、社長は意識が飛びそうになる。
「お前に…お前なんかにわかるものか!!」
「なん、で、きみは…僕たちを拒絶する…の?」
「黙れ!黙れ黙れだまれぇええええええ!!!」
「どうし、て?」
そこで、社長の意識が途切れてしまった。それに気が付き、千秋はフッと力なく地面に座り込んだ。
そして、それに連動するように使っていた魔方陣もフッと消えて、地面から離れていた彼の身体がドサリと倒れる。
それを見て、千秋は力なくうずくまった。
「こんなことをしたいわけじゃない…」
ギュッと膝を抱きしめる。
「だけど憎しみが…消えてくれない!」
顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。
「どうすればいい?!どうしたらいい?!」
響く嗚咽。その問いかけに答えてくれるものは、ここに居ない。
「誰か教えてくれ!もう、もう耐えられない…こんなことの繰り返しは、もう…」
ポロポロと流れる涙は、決して心の中の悲しみや苦しみを零してくれない。消してもくれない。けれど止まらない。止まってくれない。
「たすけて…」
だれか…
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
誰かの声が聞こえた。
た す け て
だ れ か
もう
た え ら れ な い
た す け て…
「!」
千年は飛び上がりながら起きた。自分は汗だくで、鼓動も早くて。
「どうしたのちーちゃん?起きちゃった、の…アラ?」
母の百千が心配そうに近寄って来た
「怖い夢でも見たの?」
「な、んで?」
「だってちーちゃん、泣いてるわ」
「え…?」
彼女がそっと自分の頬に触れると、確かに濡れていて。今まだ雫は零れていた。悲しくないハズなのに、悲しい。なんなんだと自分でもわからない。
最近こんなのばっかりだ。そう思いながら震えそうになる声を必死に押しとどめながら千年は答えた。
「声が、聞こえたの」
「声?」
「うん。たすけてって、もう耐えられないって」
「だから、泣いているの?」
「わからない…けど」
悲しい……悲しくてしかたがない。
「ね、ちーちゃん」
百千が、そっと背中に触れながらさする。まるで小さい子をあやすように
「私ね、あなたにずっとずっと隠し事をしていたの」
「かくし、ごと?」
「そ。まぁ、そんなつもりじゃなかったんだけどねぇ…あの子がどうしても、ちーちゃんには秘密にしてって言うものだから。」
そういう百千の顔は少しばかり憂いていて。
「この写真見てほしいのだけど」
「しゃしん?」
「この子ね」
スッと手渡された写真に写っていたのは、自分と瓜二つの顔の子
「この子、誰?」
「ちーちゃんの双子の妹」
「…」
双子
妹
誰の?
私の?
「は?」
「涙引っ込んじゃったわねぇ」
ウフフと穏やかに笑いながら母は何事もなかったように、晩御飯食べてねと言いながら、立ち去ろうとしたのを、これでもかと大声で言い放った千年の声で立ち止まった
「んな…んなんだよコレぇ?!」
双子ってなんなんだよぉお?!
「…自分と瓜二つの兄弟?」
「小首傾げながら言うな!!」
「なに?やっぱり気になっちゃう?」
「いや、気になるとか以前にッ!色々言いたいことが!でもその前に!!」
ガッと百千の肩を掴んだ千年は大声で叫んだ
「妹がいたって、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ?!」
「ちーちゃん、色々と興奮しちゃっているのはわかるけど、近所迷惑だから大声で怒鳴るのは止めて頂戴ね?」
「母さん!答えてくれよ!!」
「あと、男口調もよ。曲がりなりにも、ちーちゃんは
母は通常通りニコニコと笑った。それを見てひとりガックシと項垂れたのは、千年ただ一人だった。
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