第18話 見守る覚悟、見つける覚悟

あれから…数日が立った。皆と手分けして探しても、魔王も魔王の手下も、社長の行方すらわからない。


まるで夢物語だったかのように、化け物も一切現れないし、勇者探しをしてはみるものの、今まで仕切っていた社長がいなくなったために、なんの手がかりもなくなってしまった皆は、各自困ってしまっていた。


それでも、仕事はせざるを得なくて。猫又たちや、双子たちはともかく、千年や茶飲や幸来はそうもいかない。社長が不在でも、会社はキチンとしていて、みんな動いていた。


ちなみに幸来はアルバイトをしている。


パチパチとパソコンに向かって、仕事をこなすために指をひたすら動かす千年は、もはやどこか上の空で。かと言って、仕事も下手なことをしているのではないかと聞かれたらそうでもない。仕事はちゃんとできている。


仕事は…だ。


肝心の千年の目が、完全に死んだ魚の目だった。


幾度も後輩である茶飲が声をかけても生返事しか帰ってこず、仕事に没頭するその姿は、まるで生きる希望さえ失った人。生きる屍のようだった。


痛々しい…。


茶飲はそう思っても何もできずに、時間だけが過ぎ去っていく。せめて健康くらいは保ってほしいと、そっと彼女の横に野菜ジュースやら、新鮮なフルーツジュースをコップ一杯にして、彼女の目のつきそうな部分へ置く。


数時間後、取りに戻るとかならず空っぽになっているので、とりあえず飲んでくれるのだと、続けて三日たったある日。

仕事終わりに一緒に帰ると言って、いつもなら別れる道で、茶飲がとうとう我慢できずに千年へキッパリ言った。


「もう我慢できません。あなたの家へ、仲間全員を呼びます」


そこで会議をするのだと、そう言い放った瞬間、千年が茶飲の胸倉を掴んだ。


「ハァ?」


その迫力に、何もかもを呑み込むのではと勘違いするほどの終点のあってない目を見て、気後れしながらも唾をのみ、茶飲は少し声を張り上げた。


「だってこのままじゃ社長が危ないでしょ?!」


何をされているかもわからないのに!何もしないなんてオカシイ!と。


「そ、うだけど…」

「らしくないですよ先輩!いや…先輩を襲いかけた俺が言うのもあれなんですけど」


あの後、茶飲は頭を地面にこすりつけながら、公衆の面前で土下座して謝ったのだった。


「まったくだね。おかげで嫌なトラウマ思い出しちゃったし」

「そのことに関しては本当に申し訳ありませんでした…」


いいよ、もう。そう言いながらハハ…と元気なく笑う千年を見て、ハァ。とまたもや溜息を零した茶飲。


「だから、さっきも言ったけど…先輩らしくありませんよ!」


ただ何かを待ってるみたいな、何も行動を起こさないなんて。


「先輩じゃないですよ、そんなの」


その彼の言葉にピクリと反応した千年は、またグッと彼の胸倉を掴んだ。


「私らしいって、なに?」

「え」


空虚な目が、ジッと見つめてくる。


それが怖い物凄く怖いわき目もふらずに怖い。


「ずっと考えてたんだ。色んな記憶を無理やり見せられて、ちょっと混乱して…そして私はずっと考えてた」


フッと掴んでいた茶飲のスーツを力なく放して、星空を仰ぎ見る


「“私”って、“誰”?」

「……」


自分が何者なのか、わからなくなってしまったのだと、千年は言う。


「だから、仕事でもしてればこの気持ちを、モヤモヤを消せると思ったんだ。紛らわすことはできたよ?でも…」


モヤモヤは消えてくれなかった。


「酷く大きくなる一方だった…」


そんな彼女を見て、茶飲はグッと拳を作った。


「それでも」


風が吹いた。茶飲のモスグリーンの髪を撫でて、そして、長い長い千年のプラチナブロンドの髪もその風が撫でる。彼女の髪がゆらゆらと揺れて、キラキラと髪の毛が一つ一つ光るようで。


綺麗だと、茶飲は思った。だからこそ、意を決して言ったのだ。


「それでも、俺たちは前に向かって進まなきゃダメなんです」


止まりかけている、目の前に居る先輩に。まだ終わっていないと。まだ終わりではないのだと。


「ダメなんですよ…」


呟いた後、茶飲が千年の方を見ると、千年は胸の十字架をギュッと握っていて。祈るように震える両手で包んで、目を瞑っていた。


「先輩?」

「…先に、私の家にいってて」


その彼女の目は、ゆらりと光が揺れ動いてて。何かを確かめるために彼女はどこかへフラリと足を動かして、やがて茶飲の目の前から姿を消したのだった。


「動けなかった…」


彼女を止める事ができなかった。彼女は何かの覚悟を決めかねていた。そして、不安で揺れ動いているのに何故か内なる強さが脈打っていた。


だから茶飲は動けなかったのだ。


「先に、仲間を集めて先輩の家に行こう」


自分はそれ以外できないのだと、気が付いた。彼女の気持ちの問題なのだろう。これ以上前に進むには、きっと彼女の中にある、“罪の意識”に打ち勝たなければいけない。


それは自分でもなければ他の誰でもない、千年が逃げずに立ち向かわなければいけない。


手を差し伸べるが、その手を取るかどうかは人の選ぶ自由で。

だから、これ以上は茶飲は彼女に何もできないと感じた。


「もどかしい…」


それが一番苦手だと、茶飲はポツリ呟く。


けれど、信じるしかない。彼女は正しい答えを導き出すと。千年せんねんもの間、とどまり続けた“罪の輪”の中から、抜け出すには彼女自身がいけない。


「先輩の、どうしても赦せないもの…」


千年もの間、赦せなかったもの。それを今世紀赦せるのだろうか?


「信じるんだ…先輩を」


冷たくなり、赤くなった手をこすり合わせて息を吹きかけながら、背を少し丸めて歩いていく。


「だいじょうぶ。今世紀で終わらせるんだ…」


悲しい悲しい、因果を断ち切るんだ。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



なにが私を苦しむ?何が悲しませる?


私は思い出さなければいけないと、過去ばかりに目を向けていた。過ぎ去った記録にばかり意識がいって、過去の過ちに罪の意識を倍増させていた。


忘れているわけではない。“今”の自分にはその記憶がないから、思い出すわけがないのだ。他のみんなはそうでもないのだろうけど。


自分は、何故かはわからないけど今の今まで、勘違いをしていたのかもしれない。


「みんなと、違うんだ…」


自分には、今までの転生した記憶がない。あの幾千の記憶の中の、最終決戦で最後に誰かが、いつもどこかで拾った転生前の記憶を、今までの自分の頭の中に入れていた。そしていつも、そこで失敗した。


その誰かとは、魔王なのではないか?


だとすれば、最後の最終決戦で、魔王は幾千の記憶を見せてくるだろう。

もし今がその時だったら?

自分はすべてを乗り越えることができるか?


「今の私じゃ無理だ…」


はっきりわかる。今の自分は“何か”がたりないのだと。


「心の問題だ」


そうだ。この疎外感。背徳感、虚しさ…

まだ何かをしていない。だからまだこんな色々を感じてしまう。

一体何をすればこの重い荷から逃れられる?


「そうじゃないだろ千年ちとせ


自分自身に叱咤激励する


「逃れられるわけないだろ」


生きている限り、荷は重くのしかかってくる。でもそれは捨てられるようなものじゃないんだ。大切なものであるほど…重くのしかかる。


でも…


「なくなったら、自分は軽くなるどころか…」


空っぽになる。虚しくてしかたなくって、生きている意味がわからなくなる


「そうだ…私はそういう人間だった」


捨てられないんだ。どんなに痛くても、どんなに傷つけられても、ソレを手放せない。守ると決めたら守った。やるときめたら、とことんやった。仕事でも友人関係でも。


だから。自分から大切なモノがこぼれそうになった時。絶望にも似た感覚が襲う。

大切だから。大事だから。だから、だから…今までの見せられた記憶の自分は、いつも一生懸命になって守って来たんだ。


いつからそれが弱くなったのだろう?いつから自分に疲れて、周りに疲れてしまったんだっけ?


疲れて動きたくなくなって。人を傷つけるしか能がないと思い込んで。動かないのがだんだん当たり前になって。


そしてその自分の行動は自分自身を酷く傷つけ、闇に落とした。


「もう一度、今までの事を冷静に考えよう」


そう思い立ってやってきたのは、一つの教会の前。扉はしまっていた。ダメかと半ばあきらめて、足をかえそうとすると、教会の横に立っている一件の家から、誰かがでてきた。


「おや…キミは」

「あ、司祭さま」


丁度、教会の扉をあけようとしてた司祭さまが、私へと近づいて手を差し伸べてきた


「やぁ。調子はどうだい?」


ニコニコと人懐っこそうな笑顔と、柔らかい物腰とでちょっと人気な司祭さまは、私が一度、母さんと街を放浪して、どこにもいけずに途方に暮れていたそんな時に、助けてくれて。


母さんと私の話し相手になってくれて。今の家を私が買うまでの住まいを用意してくれたっけ。


「おや。難しい顔をしているね」


そして、この司祭さまは恐ろしい洞察力が備わってて。隠し事は一切できない。なんのアビリティだよお前って言いたくなる。

けど、この人は普通の人間だ。だからアビリティではない。


「なんだか顔が曇っているよ?」


見た目、四十歳の実年齢が六十歳で。この人は何か考え事をする時、アゴに生やしたお髭を撫でるのが癖だ。

ていうかこの暖かい笑顔と優しさが滲み出ている仕草。なんだか安心しちゃうんだけど。


ヤバいわぁ。気が抜けるわぁ。


「ええ…ちょっと。」

「ちょっとのようには見えないがね」

「う」


出ました。司祭さまの見抜き。ホントなんなんだろう。いつも来るたび彼には驚かされるんだよなぁ。考え込んでいると、司祭さまは大らかに笑った。


「ハハハハ!まぁ、お茶でもどうだい?寒いからね…そう言えば今日はお隣のおばさんから羊羹をもらったんだ。お茶に合うだろう。」

「あ、いえ。私は」


断ろうとしたら、ニッコリと振り向きざまに微笑まれて。


「まずは腹ごしらえだ。イライラモヤモヤはお腹がすくと、腹から体の内に溜まって広がっていく。まるで毒のようにね」


だから、まずは腹ごしらえが先だよ。そう言いながら、司祭さまは歩を進める


「その後でたっぷりと聞こうか。“毒”を吐き出した後、慙愧しまくったその重い心を、懺悔してさっぱりしような」

「まいったなぁ」


…確信をつかれた

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