第17話 発覚

そこにあったのは、数々の世界の記憶の道。そこにうかぶ、記憶のシャボン玉。それらに映し出される自分の、自分たちの今までの戦いと…敗北。


千年もの間、自分たちは敗北してきたのかと、千年はその過去に愕然とした。

絶望にも近いその数々の苦しい戦いの中、自分の失敗で繰り返されてきた悲しい敗北。もしかしたら自分のせいで今まで仲間たちは負けて、命までも失ってきたのだろうか?


どんどん千年の中に、後悔と、薄れてきていた罪の意識が浮上し、じわりじわりと、千年の心の中を支配しはじめた。


「私の…せいだ」


私のせいだったんだ。全部


「恨まれててもしょうがないよ、私なんか…!!」


そう彼女がその空間の中で叫び、顔を両手で覆い隠した。その瞬間、胸元の十字架が光り輝き、光の球体を千年の周りに出現させた。まるで彼女を守るように。


「?」


なんなんだと千年が顔を上げると、その球体は千年を中に入れたままプカプカ浮き始めて、記憶の波を辿り始めた

なんてことのない日々の記憶に、戦いの記憶。


しかしよくみると、戦いの記憶のなか、自分が失敗する場面は必ず、自分が仲間の手も借りずに、一人で向かって無茶をしてしまうという共通点があったのだ。


誰の手も借りず、一人で魔王と戦って勝てるはずがないのに。


かならず仲間の一人の青年が、追い詰められている彼女へ手を差し出して──そして、かならず彼女は手を取らずに魔王と戦って…負けてる。


自分に足らなかったのは…たったそれだけ?


自分の力を信じてたというわけではないが、仲間の力…仲間の誰も信用せず、自分は一人で立ち向かってしまった?


なぜそういった選択を?


魔王との対局の場面には、途中までは仲間たちと一緒になって戦っているのに。その後半からは急に頭を押さえて、もがいて。

そうして起きて…振り返ってかならず言う言葉。


いつも自分の背中を守って来た青年に、かならず言うのだ。


「どうして私を…あの時見捨てたの?」


そしてかならず、青年は苦しそうな、苦そうな顔をして。今にも泣きそうな顔をしながら、言うのだ


「ごめんよ…赦してもらえるなんて思ってないけど、僕はもう君を一人には」

「聞きたくない!!」

「お願い、聞いて」

「信じられない!もう…もうしんじられない!!お前なんて…お前たちなんて!!どこへでも逃げればいい!!」


そうして、狂ったように魔王へ続く道を自分が入ったあとに絶って、自分一人、魔王と対峙して…そして死ぬ。


どうして、あんなことを急に?

戦いの最中、一体彼女は…今までの自分は


“なにを視た”?


千年ちとせ?!」

「はい?!」


両肩をゆさぶられて気が付いた千年は、心配そうに覗く社長を見つめた。


「よかった…いきなり動かなくなったから、もしかしたらまた──」

「また…?」

「あ、いや…なんでもないよ」


慌てたようにアハハと苦笑しながら、社長はハタと気が付き、また心配そうに千年へと寄ってきて、彼女のほっぺへ、自分の手を当てた。


「本当に大丈夫なの?千年…怖い目にあった?」

「え?なんで…」


どうしてそんな事を聞いてくるのかと疑問に思っていると、社長が悲しそうな瞳で見つめてきた。その眼はいつもの琥珀色で、合体を解いていた。


「泣いてる…」

「え…」


悲しい戦いの記憶を思い出したから?いや、さっきもそうだが、今までの記憶だって彼女が直接思い出したわけではない。


「大丈夫…です」

「ホント?」


まるで、誰かが記憶を無理やりこじ開けるか、直接千年の頭の中に流すような、そんな感じだった。


今までの、嫌な記憶全部そうだった。


「はい…」

「そうは思えないんだけどなぁ…」


ああ、そうか。と千年は空笑いをした。


「千年?」


急に笑った千年を、いぶかしげに見つめる社長の手はまだ千年のほっぺに。その上から千年は自分の手で社長の手に重ねて、すがるように見つめた。


笑いを引っ込めて。なにかを確かめるように社長の手をゆっくり撫でて。


「社長…」

「うん?」


目が、潤んでしまったかもしれないなと、泣きそうになりながら千年は彼を、見た。


「一体あなたは──」


目を一旦ふせて、そしてまた開く


「何度──」

「ちとせ?」


悲しそうにその瞳が細められた


「私の死をみてきたんですか?」

「!!」


その彼女の言葉に、社長は全ての動きを封じられたかのように、動けなくなった。かろうじて震える唇で出た言葉は、酷く頼りなくって。


「な、なにを、言い出してるんだよ。こんな、時に」

「こんな時だからこそ、知っておかなきゃいけないと思ったんです」


そして、確信した瞳で彼女は、今度は強く言う


「あなたは、いつも私が見る“記憶の欠片”の中の、青年なんじゃないんですか?」


いつも私の傍にいて、守ってくれてた。助けてくれていた。あの青年なんじゃないんですか?

その彼女の質問に、社長は完全にフリーズした。


「ど、して…そう思うの?」


社長の、その震えた言葉に、千年は説明し始めた。


「いつも誰かが私の頭の中に、記憶を流してくるんです。私自身が思い出してるのかな?ってずっと思ってたんですが、違う。あれはきっと誰かのアビリティ。そしていつも嫌な記憶だった」

「嫌な…記憶」


社長はポツリ言った後少し考えて、味方がやる方法じゃないな…と呟く。

そんな考え込んでいる社長へ詰め寄ったのは、千年。

千年は社長の両手を自分ので包んで、グイっと彼へさらに詰め寄った。


「それで、私は壊れかけて、魔王に一人で立ち向かって、いつも死ぬ。いつも失敗している。その記憶は、いつもきまった場面でしか思い出せない。そんなのっておかしいわ」


ねぇ、社長。


「あなたと私って……」


なにか、大切な繋がりがあったの?


「!!」


その彼女の言葉に、たじたじだった社長は…悲しく笑った


「…うん。あったよ。だから魔王はいつも君の記憶をその部分だけ呼び覚まして、君の心を絶望に染めてから殺してた。」


そうすれば、世界に残っている光が弱くなり、壊しやすくなるのだと。


「だんだん世界が弱っていくんだよ。だから…」

「でも社長、なんでここまでしても世界はまだ壊れてないんですか?」


詰め寄っていたのを、そっと手を離しながら距離をとった千年が、疑問をぶつける


「ああ、それは」


社長は、苦しそうに顔をゆがめた


「彼の“世界を壊す”力と“世界を消す”力を、僕たちが封じたから」

「え?!なにそれ知らなかった!!」


かろうじて、だけどね。そう言いながら溜息をつく社長。


「もしかして、それって一番最初の世界?」

「うん。公にはできなかったからね…世界は弱ってる。けど魔王はどこに僕たちが彼の力を封じたのか、わからない。永遠とも思われるこの戦いも、まだ希望はあるよ。」


魔王が、封印の場所を特定しないかぎりは…


言いながらニッコリ笑う社長


「って、見つかったら一巻の終わりって奴でしょ?!」

「うん」

「うんって…!いけしゃあしゃあと!!」


少しくらいは心配しろと、怒りながら言う千年をなだめながら、社長は穏やかに続ける。


「大丈夫だってば。二つに分けて封印したから。」

「だからって、それが何で自信につながるんですか?」

「もし一方を奪われてももう一方がなければ、彼は世界を消すことはできない。二つあって初めてできるから」

「そんなこと言って…超簡単な場所に封印してたら」


承知しませんよと言い終える前に、不気味な男の声が聞こえた


「見 つ け た」


そうポツリと後ろから聞こえてきて、二人はあまりの悪寒に驚いて、振り返った。そこにいたのは、先ほどの空に投影されていた人物で、千年の夢に出てきた魔王で。


「まお…」


社長が魔王と言う前に、彼の首を掴んだためにグゥ!と苦しそうな声がした。


「まったく…この千年探しても見つからなかっただけはある。こんなところに隠していたなんて、性格が悪いぞ」

「グゥう…!」

「社長を離せ!!」


千年が睨みながらそう叫べば、魔王はクツクツ笑いながら千年を見た。


「お前たちの会話は、先ほどの“同調”というアビリティで聞かせてもらったよ」


一歩も動けないでいる千年をあざ笑うかのように、魔王は話し続けた。


「お前の推理は中々のものだった。こいつの話ぶりと、今までの不可解な部分とを照らし合わせる事により、推測できた。そして俺はこの戦いで確信できた」


魔王の爪の尖った手に、禍々しい黒い光が取り巻いていく。すると黄色い目は少し赤に染まって。


「やはりお前、俺の力を自分の身体の中に封じて、転生を繰り返していたな?!」

「…っ」

「なっ?!」


社長の中に、魔王の力が封じられていた?!じゃあ、絶対見つからないと言ってた場所って…人間の中なの?!


「お前の奥底に眠る“力”に、俺の力が反応している。何よりの証拠だ」


信じられない。そう言いそうになって千年は呑み込んだ。この言葉は今までの敗北の記憶からして、負けるきっかけになりうる言葉だと悟ったからだ。


「正確に言えば魂の奥底に隠していた。それが戦えば戦うたびに、力を出さなくてはいけなくなっていった。力を出しながら戦えば、当然のごとく封印は緩くなり、俺に度々感知されることになっていく。」


結果がコレだと、笑いながら社長を締め上げる。


クックックと笑うその声は冷たい。社長を持ち上げる手は、漆黒の闇を纏っていて、社長の力を弱めていく。


「己が好いた女を見捨てた罪として、己の中に封じるなんてバカな事をしたものだ」


フワリと二人が浮く。


「待て!」


言いながら千年が飛びかかるが、ハエでも払うかのように魔王は少しの素振りで千年を落とした。


「ち、とせ…」


千年の無事が気になって彼女の名を呼ぶ社長。傷ついてはいるが、それにこたえて、社長!と呼ぶ声が聞こえて、彼は少し安心した。


もう一つの鍵は、まもって…


「え?」


頭の中に響いた声にビックリするも、それが社長の声で、先ほど言ったもう一つの鍵というのは、きっと魔王の力の事だと悟った。


「でも、社長!」


あなたは、どうなるの?


その声が聞こえたのか、社長はフッと笑った。


「きみ、は…こんど、こそ…」


生きて


その言葉を聞いたが最後、社長と魔王はその場から消えた。


「社長!!」


まるで、今度は社長が生きられないようなセリフで。

千年の中の不安を煽るのには、十分だった。

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