第14話 元・神官と、魔王の“挨拶”

「ハァ…」


はっきりいって千年不足だ。そう思いながら、僕は溜まりに溜まった仕事をこなしていた。彼女を遠くから数分見つめるだけをして、新たに手元の紙へと視線を戻す。

ペンを走らせる音と、パソコンをパチパチやってる音しか響かない。たまにコーヒーを飲んで、時々やってくる女子たちの質問や疑問に答えて、また机に齧りつく。


『このままだと…兄さんが』


白影の泣きそうな顔とともに、彼が僕に伝えた悩み。それが頭から離れなかった。だから彼についていき、黒影と出会った。

そこで少し驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻した黒影が、プカプカとキセルを吸いながら目を伏せた。


『で?お前がここに来た目的は何だ?』


彼は色んなことを、すでに思い出しているようだった。そりゃそうだよね。何十年もこの世界で生きてれば、すべて思い出しててもおかしくないよ。

それに黒影と白影はとっても優秀なアビリティ使い…人格が壊れるなんてヘマしない。


「うん。千年について報告と、お願いをしに来たんだ」


彼はピクリと反応して、少し殺気を出しながら。


『いいだろう…聞いてやる。』

「少し、説明が長くなるんだけど…魔王の事は覚えてる?」

『俺たちが転生するキッカケを作った、世界を壊そうとする存在…だろう?』

「そう。でも、君たちはどうしてワザワザ転生しなければいけなかったか。それは覚えているかい?」


そう聞くと、白影は心当たりがあるようで黙って顔をうつ伏せた。黒影はいぶかし気な顔をして首をかしげる。

ああ、そうか。彼はココの部分を忘れてしまったんだ。


「力をつけるため…それだけじゃないよ。それだけなら前の、はじめの世界で十分なんだ」

『どういうことだ』


どうやら食いついたみたいだな。


「真相は別にあるって事。そして、君たちの転生をうながしたのは僕だよ」

『なに?!』

「ああ、やっぱり黒影は…目先の問題ふくしゅうに囚われて…気が付いてなかったか」


そこで、黒影がいきなり僕の胸倉を引っ掴んできた。


『貴様…っ!自分がなにをやったのか』

「わかってる。」

『!』

「でもね、魔王を倒すのにはこれしか方法がなかったんだ。世界を転々と廻ったあとでしか、僕たちは魔王を倒せない」

『そんなこと、お前ごときが』

「わかるんだ。僕だったからこそ…」

『…』


その僕の言葉を聞いて、目を一旦閉じた黒影は、ふぅ…と溜息を吐く。そして再び瞼を開き、廃墟のソファへと座った。

手にキセルを持ち、一回吸って煙をフーと吐いて。僕を真っ直ぐと見つめる。

その瞳に、真実を知る覚悟が宿ったのを僕は感じた。


『すべて話せ。デュー』


その名前は、封印の鍵としたもの。一部しか思い出せなくても、一応は仲間だと思ってくれてる証拠だ。じゃなきゃ一部でも思い出せるものか。

僕は意を決した。それから話し合う事三日。なんとか納得してくれた黒影は、黙り込んでしまって。


「だからね?キミが恨むのもしかたがないんだけど…その、ルミエール…いや、千年だけを恨み、憎むのは…」

『時間をくれ』


早々に恨みや憎しみが断ち切られるワケじゃないよね…千年という程遠い時間の憎しみだ。それを断ち切るにはやっぱり時間が必要…


「あまり時間がないってのはわかってるよね?」

『ああ…俺にとっての早い段階で、決める』

「わかった。じゃ、僕はこれで…」


その後は千年までも覚醒するイベントがあってビックリしちゃったけど、ホッと一安心したんだ。千年のために黒影に説明しにいったと言っても過言じゃないくらい。三日かかっちゃったけど。

説明してなければ、黒影は白影と共に、あの場所で千年を…


そんな事があったあと、僕は、今はこうして机に噛り付いてる。あー肩こった…って思ってたら、メール?ああ、この文字化け…あいつか。そう思いながらその人物へと顔を向けると、ニッコリ笑ってた。

ウゲェ…あいつのあの笑顔…絶対何かくだらないこと考えて問題起こす前触れだ…トラブルメーカーだしなぁ…


一生懸命なのは認める。でも、やり方がダメなんだよ茶飲。焦りすぎて失敗するから気を付けろって、いつもメールしてるけど…あれ?千年にまで送ってる。

無理だぞ茶飲。千年は今はまだ魔力が完全復活してないから、『リードむ』はできないんだぞー

まぁいっか。あとで教えておこう…


「うぎゃぁああ?!」


千年の叫び声?!まったくもう!あいつってばいつまでたっても…ん?こっちに視線をよこしてる…あ、あれは…合図?


少ししたら来いってことなんだろうか?わからないけど、それじゃあこの最後の書類をチェックして終わりだし…しかたがない。余興に付き合ってやるか


………と軽く考えていた数分前の僕をブン殴りたい。

目の前の光景はなんだ?

千年?千年がなんで真っ赤に??

え、目が潤んでかわい…じゃなくて、あいつ誰??なに茶飲???


茶飲が千年を??


千年を床ドンして…?こともあろうか、今の千年じゃ絶対解けない『ネイチャー』のアビリティ使って…


嫌がる千年に????


「もうやめてぇ!!」


その彼女の痛々しい叫び声を聴いた瞬間、僕の頭の中が真っ白になった。そしてやがて、目の前が真っ赤に染まっていく。

身体の奥にある、絶対使おうと思ってなかった力が、ドクン、ドクンと脈を打って、身体が熱い…


気が付けば、僕は力いっぱい屋上の床を己の拳で叩き壊していた。衝撃波は強く、床は多少へこみ、ひび割れた。


「ヒッ…うう……」

「……」


ああ、僕の愛しい人が泣いている。


「やべッ」

「おい茶飲、お前…」


ああ、わかってるさ。お前がどんな奴かくらいは。手伝おうとして失敗する事なんて、いつものことさ。でもだからと言って、すべて赦されると思うなよ。


「俺の千年に…なにをした?」


千年を泣かせたこと、ぜってぇ後悔させる。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



茶飲は、今絶好調に混乱していた。


(ど、どどどどどどうしよー?!俺ただただ、早く千年さんに思い出してほしかっただけで!)


残念ながら、彼の口は開いたままで。


(ハタから見たらあれだよなって今気が付いたけど!!)


カクカク小刻みに震える身体とともに口も硬直していた。


(別に彼女を襲うつもりなんてなかったんですよ社長?!)


なのでもちろん、そんな事言えるハズもなく。ただただ顔を青くするだけだ。


(だいたい、襲うつもりなら事前に社長が来れるようにメールとか、合図したりしないし!!)


しかし、涙目でフルフル震えていた千年を前にして興奮してしまったのは、まぎれもない事実だった。


「だ、だだだれも盗らないから!」


声が完全に裏返っている。


「千年先輩!あんたの!俺のじゃない!盗らない!なにもしない!!」


ちなみに、茶飲は一定の混乱を超えると語彙力が大幅に低下する傾向がある。

すべては己がまいた種だ。


「ごめんなさいぃぃぃいいいい!!!」


彼は出口へと走って行こうとしたが…無意味だった。黄色い魔方陣が彼の足を束縛しているから。出所はなんと社長。


「『束縛シャックル』?!こんな高等神官アビリティ…なんで社長が?!」


キュウッと黄色い魔方陣が社長の周りの空中に出てきて、円を描きながら社長の周りを回る。


「『次の元を司る官のものの力よ…』」


次の瞬間、ブワリと広がった嫌な感覚に、社長は演唱を止めてその方角を鋭い視線で睨む。


「鬱陶しいな…」


社長がそう呟いて演唱の途中で止まっていた黄色の魔方陣を手で崩し、そして掌に一つの長い光の槍のようなものにした。


「消えろ」


言いつつブン投げたその魔力の塊は一直線に嫌なものの気配へとたどり着き…そして大きな爆発を発生させた。


ゴゴゴゴ…と崩壊の音が鳴る中、もっと顔を青くさせた茶飲がアワワと焦っていた。


(なにやっちゃってんの社長ーー?!街のど真ん中に四大よんだい魔法牙まほうがの一つ、光牙こうがはなっちゃってんの?!いや、居ただろうよ?!一週間前のカイブツいただろうさ!!)


素早く的確に消すんだったら、大きな力で木っ端みじんにしたほうが効率がいい。


(でもだからってここからそんなもの放ったら街の人たちが…!)


そして、ハッと気が付く。いつの間にか結界が張られていたことに。


一体誰が?と聞くまでもなくバッと下から飛び出て屋上に着地した誰かがいた。その誰かを見て、茶飲が驚いた。


「幸来?!」

「ああ、やっぱあんただったっすか。」


彼女の手には神官だけが持つことを許される、神官の杖。黄金でできていて、頭部分は長方形っぽく、真ん中に金に守るように入れられている十センチ以上の水色の水晶。


「で?士緑くんはここでなにバカなことやってるっすか?敵はあらかた、あたしがやって、いまさっきでかい瘴気の固まりは兄貴が消しちゃったから、もうアンタらの出番はないっすよ~」


にひひ。と笑いながらそう告げる幸来。え、というかいつから敵が迫ってきていたんだ?


「なんすか。気が付いてなかったんすか?はぁこれだから平和に取りつかれた平和バカは。」

「悪かったな…」


不貞腐れながらも、茶飲がそう言いつつ、社長の方へ視線を向けた。


「なぁ、幸来」

「なんすか」

「何で社長…神官しか扱えないアビリティ使えるんだ?」

「あたしの兄貴だからっすよ?」

「いや、だからそれがなんで…」

「元・高神官で、神官たちを束ねてた天童…だったっすから」


その彼女の言葉を聞いて、今まだ目が赤い社長を見て茶飲は幾ばくか思考を巡らせた。


「えええ?!」


改めて驚いた茶飲を見て、ええ?とその事に驚いたのは幸来で。


「知らなかったんすか?」

「知らないよ!」

「まぁ、べつに話す必要ないっすからねぇ」

「あるだろ普通に!」

「そうっすかぁ?面倒でしょそういうの。」

「面倒くさがるな!仲間なら話せよっ!!」

「仲間だと思ってないからかもっすねぇ?」

「おい!そこ、楽しそうにニヤニヤすんな!」


相変わらず、良いツッコミっすねぇ。とニヤニヤしながら幸来が茶飲をからかうが、社長がいつまでたっても攻撃態勢で、己が放った光牙の方向を睨んでいてた。

そのために、茶飲もその方角を凝視する。すると、空に誰かの影が投影され、何者かの声が響き渡った。


『やぁ。転生者の諸君たち…まずは挨拶しよう。』


ペコリとお辞儀をし、そして両手をゆっくりと広げるその影。


『ようこそ、最後の世界へ。今までの転生を楽しめたかな?もう察している者もいるだろうが、オレは全世界を壊すことを望む者。お前たちがいう所の悪の塊、全ての不幸の根元、“魔王”だ。』


声高らかに、楽しそうにそう言う声は、どこか弾んでおり、それが癪に障った。


『君たちの行動力には驚かされるばかりだ…さぞ、凄い能力や、アビリティを育んだのだろうな。』


クツクツとその声の主が笑う。


『だが…』


楽しそうな声が一変し、影から不気味な爬虫類のような眼玉がギョロリと浮き上がった。その形相はよくはわからなかったが、怒っているような、真剣な顔をしているような感覚がした。


『お前たちが渉ったすべての世界を、オレが壊すという事実は変わらない…』


そこで彼らの周りを取り囲み始めた、マペットと、召喚された別世界の魔獣たちが、社長たちを取り囲む。


『それを邪魔するお前たちを見逃せなくなった。よって今回で消えてもらう事にした。』


下の方や上の方では、魔獣や魔物、人外である化け物たちがうごめき、ひしめき合い、そして雄たけびを上げている。


『これ以上、勇の者の力が覚醒しないように、お前たち全員消えてもらう』


気が付けば周りは二メートルを軽く超える化け物たちに囲まれていて。社長は動けなくなって気絶している千年を守るように抱きしめて、敵を睨んでいる。


「ちっ…よりにもよって、こんな時に……」


一応、幸来はその場に防御壁を発動し、その場のみんなを守ってはいるが…


「どれくらい持つか、わかんないっすよ…兄貴、ちょっと普通に戻って作戦練るのを手伝ってくださいっすよ!!」

「無理だ…」

「なんでっすか?」


ギュッと千年を抱きしめた


「…」

「…いい加減にしろよ嫁バカ」


ほとほと呆れた顔で言う幸来を前にして、社長は動かなかった。


「ハァ…これほどの敵、どうしろっていうんすか…さっきの光牙放ってなかったら、身体動かせられたかもしれなかったっていうのに…ホント嫁バカ」

「…すまない」

「兄貴の尻拭いさせられるこっちの身にもなってくださいっすよ」


まぁ、やるんすけどね。そういいながら演唱をしはじめ、杖を前に勢いよく出した幸来は、声高らかに言った。


「『仲間召喚!』」


防御壁の左と右から、それぞれ違う色の魔方陣があらわれた。一つは紫色。もう一つは白。そして紫からは双子で猫の奴が、白はあの双子。


ネコの方は短髪で十七歳で私服の感じの猫の擬人化だったが、戦いか。と判断したらしく、二十歳を少し超えている着物姿の、腰までくる長い髪を後ろに縛った黒猫、白猫が化けた姿になった。

各々、色違いのキセルを取り出しながらフゥと煙を出す。


「どうやら戦闘開始のようだにゃ?」

「まさかここで、兄さん説得してよかったって思えるなんてにゃ~。」

「うるさいぞ白影」

「にゃへへ。ごめん黒影兄さん」


もう片方の双子は、言わずもがなバーサーカーヒーラーのあの双子だ。


「あらかたの仲間は集まったから、近くの仲間を呼んでみたっす。見ての通りピンチっすから、昔のように協力して勝つっすよ!」


幸来がそう言えば、出てきた双子ペアはコクリと頷いた。


「まかせんしゃい!」

「はりきって、やらせていただくよ」

「積年の恨み…晴らさせてもらうぞ」

「わぁ。黒影兄さんの本気にゃあ。」


彼らを見ながら、己が魔王と言った人物はニヤリと笑った。


『さぁ…“世界の終わり”のはじまりだ』

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