第13話 ネイチャー・テイマー
昔から、軽蔑されていた。
『何あの子…あの目の色』
『あの髪の色…不気味』
私の今世紀の一家、『
だからあちこち、全員が髪がまっすぐで真っ黒で、瞳が真っ黒だった。
そんな家に私のような異端児が生まれれば気味悪がられるのは当たり前。
『呪われたのかねぇ』
『それとも、いっそそちらの娘さんが
『彼女はそんな事する女子ではありません!』
ああ、周りはいつもこんな似たような争い事があったけれど、今世紀のはもっと、なんていうか、こう
『個別してしまえばいい』
迫害が強かったような気がする。
私が生まれてから3か月、母は父からずっとサイレントDVを受け続け、終いには慣れ親しんだ本家という場所から移され、きっと今まで無駄に広い部屋を使ってきた母は、慣れない四畳しかない部屋で私と住み始めた。
部屋は私と彼女だけ。時々お手伝いさんたちが交代で様子を見に来たり、少しばかり母と話し相手をしに来たり、洋服や食べ物を持って来てくれた。
それでも私を見る目は変わらなかった。次第に来る回数が減っていった。
だからなるべく、彼女の負担にはならないようにと、夜泣きはしなかった。お腹が減っても、彼女が自然に起きるまで待った。
おかげで彼女は十分休むことができた。落ち込んでいる様子があれば、頬を優しくペチペチ叩いて、笑ってあげた。
『お前は母思いの優しい子だね。』
そう言いながらいつも微笑んでくれるのが嬉しかった。
それでも、彼女は異端児を生んでしまった母。食事も少なく、それすら出さないというのは多々あった。
彼女が泣く日には、私はそっと息を殺して一緒に泣いた。
ごめんなさい。
こんな立派で幸せな家に居たあなたを不幸にしてしまった。
これから先、色々考えていたんだろう。子供のおもちゃも、服もほとんど捨てられていったのを、静かに見ていたあなたは、一体何を思っていたんだろう。
ただ、甘やかされて育ったお嬢様じゃないって事はすぐにもわかった。
だって、母は私を幾度も守ろうとした。私に費やせる時間はすべて費やしてくれた。父は、私を拒絶し、あまつさえ母を侮辱したあと、私を殺そうとした。
『どこの馬の骨とも知れないやつに媚び売って身籠ってしまったから、俺をそそのかしたんだろう?お前もその汚らしい血を分けた子も始末してやる!』
『なんですって…?』
今でも鮮明に覚えてる。
『調子こいてんじゃねーぞクソが』
『え…』
母があの日…私を守るために、一家の掟を破って男に歯向かったのを。
『私の娘に手を出してみろ…その時てめーのその玉ぶっ潰す…!』
ゴキゴキと指を鳴らし、ギロリと睨む母
『おしとやかキャラはどこ行ったんだお前?!』
あと、後から知ったんだけど、母さんって柔道黒帯、空手黒帯、少林寺拳法の大会で二位と、色々と強かったらしい。バカ親父はそうとは知らずに母さんの美貌見て一目惚れ。
根回しして無理やり結婚にこじつけたとか何とか。
『普段はおしとやかな奴が、キレると怖いってーのをてめーの身体と頭に覚えさせてやんよ!!』
彼女の拳は重くて親父をフッ飛ばして
『親のスネかじってじゃなきゃ生きれない人間のクズが!!』
とか言いながら、背負い投げした後、踵落し。
ああ、よくいってたっけ。あんな男にだけは負けるなよって。あと、それから…
「人間のクズだけにはなるな…か」
我ながら最低なクソ親父だった…母は完璧な母で誇り高いけど♪
「人間のクズって、具体的に母さんにとってはどうだったんだろ…?」
父さんのような本当に根元から腐ってる人間のことかな?
「たぶん、そうなんだろな…」
「あれ。上の空ですか先輩?」
「ああ…
「どうかしたんですか?社長も帰ってきて早々、書斎に閉じこもっちゃったし」
「いや、それは当たり前でしょ?だってあの人行方をくらませてたし、溜まりに溜まった仕事があるから…」
「だって帰って来てから社長、先輩を呼びつけなくなっちゃったじゃないですか」
そう言えばそうだ。
「前はことあるごとに、チャンス見つけては呼びつけて楽しそうに話しまくって、先輩の残業ムダに増やしてたし」
彼の言い方に苦笑いする。悪気はないんだろうけど、それは言っちゃいけない事じゃないかな?
「言い方ってものがあるでしょ?仮にも社長よ?」
「いや、だって本当にそうですし」
そうなのだ。前はウザいほどに一日に三回も呼び出してはくだらないほどに仕事を遅らせてまでオンラインRPGのことばかり話してた。
おかげで仕事が溜まりまくって、残業しないと間に合わない。
ここ数日、仕事がスムーズにできるようになったのも、じつは社長が全く私を呼びつけなくなったからだったりする。
「いきなり仕事の鬼になっちゃったら、身が持たないと思うんですよ。」
この私の後輩は、社長に見込まれて一年前に私の部下として働いている。妙に観察に長けてて色々鋭い。そして目茶苦茶優しい。
この間も私がお昼に出かけてたのを見て、帰って来てから浮かない顔で仕事をしていたら
『先輩、ラーメン食べに行きましょう!』
『ハイ?』
いきなり真顔でそう言われて、何言ってんだコイツ?って思ってしまった。
『お腹、空いてるんでしょ?お昼食べ損ねたんじゃないんですか?』
『なぜそれを』
『お昼の後、かならず先輩は後輩たちに声をかけて、悩みとか仕事のアドバイスとか言ってから、顔を引き締めて机に向かうんで、なーんかおかしーなーって思って観察してたら』
『ヒマ人かお前。仕事してたんだろうね?』
『お腹すいたら、先輩って顔しかめながら、黙々と仕事こなしますよね』
『ちょっと待て茶飲。なんでそこまで私の事知って』
『やだなぁ。ちょっと仕事しながら、先輩を観察してただけですよ♪』
『私は生態観察の代わりか?手を動かしてよ』
『ままま。いいじゃないですか。空腹のときのデスクワーク後はお腹に優しい醤油か塩ラーメンがいいですよ?』
そう言って、彼は私を連れ出してラーメンを食べにいかせてくれた。しかも自分は食べずに、私の話し相手になって、しかも奢ってくれたのだ。
『後輩に奢られる先輩ってどーなの?面目丸つぶれじゃないのコレ?』
『貸しってことでいーですよ?』
ウルフに無造作感をだしたショートスタイルだそうだ。フェザーパーマでウルフスタイルを爽やかにしてもらったんだそうで。
もちろん、私には彼が言っていたその言葉の羅列が全く何のことかわからない。結構髪型とかに気を配るタイプらしい。
格好いいほうではなく、むしろ可愛い系で、私より背が低い。多分十センチ以上は彼の方が下だ。
もちろん、彼もモテモテだ。しかも年上の女性に。あの明るい性格、整った顔。真剣な顔は格好いいのに笑うと可愛いのが女心にクルとかなんとか。
え、私?一切興味ない。後輩は後輩だし、社内での恋愛はどうかと思うし。それに恋愛やらなんやらは邪魔にならんかね?
それになぜか、茶飲も私にかまってくるので女子からの疎まれの視線が痛ぇ……
「なんで茶飲くんも社長も良い男はエセ外国人にかまっきりなの?」
知らねぇよ。てか仕事中だろ集中しろよ
「ホントですよね~…なんでみんな、あんな根暗先輩に惹かれるんでしょうね」
だから知るかっての。
「ゲーマーに社長も可愛い後輩くんもとられる皆の気にもなってみなさいって感じよね~」
ちっくしょ。言いたい放題言いやがって。こちとらいい迷惑してるっていうのに。ていうか誰一人まともに私の名前を言わないよね。まぁいいんだけどさ。
てか私だって普通の女友達が欲しい!!授けておくれよ神様!!男いらねぇよ!!!
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
「ふむ…これはチャンスかなぁ」
若干落ち込み具合で仕事する千年を見ながら、茶飲は思考を巡らせていた。かと思えば携帯を取り出して画面越しに手を覆いかぶせ、そしてブツブツ何かを喋ると、勝手にメールを受信した。
「んん?」
次にブブブ。と振動して携帯を取り出したのが、千年で。
「んー…なんだ。またスパム?文字化けしてるし気味悪いなぁ…」
画面を呆れたように見つめてしまおうとした。そこへすかさず、茶飲が背中越しから彼女の背へと抱き着く
「せーんぱーい♪」
「うぎゃぁああ?!」
ビックリして思わず声を出してしまった千年は、周りに頭を下げながら、茶飲の耳を引っ張って屋上へと場所を移した。
「何をするのかなキミは?!」
「なんか先輩、この頃悩んでる顔が増えたみたいだったので、気晴らしに俺の可愛らしさで疲れを癒そうと(ノ≧ڡ≦)てへぺろ」
「必要ないから!頼んでないから!!」
ハァ…と息を吐いてから、千年は青い空を仰ぎ見た。
「頼んでなくても、必要だと思ったことは、俺やりますよ」
「え?」
声が聞こえた方向を見るが、そこには茶飲はいない。あれ?と思っていると、視界がグラリと傾き、気が付けば屋上の地面に叩きつけられていて。
「痛ったぁ…ちょっと茶飲?何を…」
ハタと気が付けば茶飲は彼女に向かって床ドンしていた。
「何を?へぇ~?この期に及んでそんな悠長なこと聞けるんですね…」
彼の顔は無機質になってて感情が読み取れない。しかし、そのピンク色の瞳の奥には恐怖さえ覚えてしまうほどの不愉快さ。腹の底から冷えていきそうなほどの嫌な感覚。
目の前の彼が、今までの彼なのかと疑問にさえ思えてくる。
「もしかして、先輩まだ事の深刻さ…わかってない?」
「いや、あのね。私がその気になれば」
ズン!!と身体がいきなり重くなり、身体の自由がきかない。とても動けるような重さではない。
「なに…コレッ!」
「なにって…俺のアビリティですよ先輩…」
見れば千年が倒れた地面には緑色の魔方陣が。
「俺は自然に存在するエネルギーを自在に扱う『
そして今このアビリティは『
「覚えてないって話はちょっと信じられなかったんですよね…でも…なんであなたは忘れちゃったんでしょうかね…?」
スッと彼の手がスーツのボタンを外していく。
「や、やめなさ、い!」
「抵抗できないでしょ?俺のアビリティに勝つには、貴女がもっと思い出さなきゃいけないんですよ。」
その間…
「楽しませていただきます」
彼は舌なめずりをして、興奮したかのような顔で。
(男の…顔だ……)
千年に嫌な思い出を思い出させていた。
(同じだ…)
あの時と
(襲われたあの時と)
彼女が襲われたのは、今から六年前。晴れてくだらない、しきたりばっかの実家を出て一人暮らしを始めて一か月たったあの頃だった。
「や…」
胸が痛む。吐き気がする。あの男の顔が浮かび上がってくる。
『ちとせちゃん…ずっと君とこうしたいと思ってたんだ』
「いや…っ!!」
「嫌がってもどうにもなんないですよ?せーんぱい♡」
ハァ…ハァ…と、息遣いが荒くなった後輩が目の前にいる。あの男と姿がかぶる。
頭が痛い……目がかすむ。
『とうとう、ちとせちゃんが…』
「ああ、先輩もう俺…たえられません…」
『かわいいかわいい僕のちとせちゃん…』
「いやだ…!」
ブラウスのボタンをすべて開け放し、熱い手がゆっくりと腹から上へと撫でまわしてくる。さらに上へといって、逆に、もう何も言わないのかと、このまま記憶を思い出さずして好き勝手させてしまうのかと、聞いてきた。
こんなことで身体を明け渡すのか?とも。その間、手はまったく止まってくれなくて。千年は声を我慢するだけで精一杯で。
「ヒャ…ッ」
涙がこぼれそうで。それすら我慢して。必死にもがくけど、どうしようもなく。
「どうしても思い出さないんですかぁ?じゃあ…俺がおいしく」
悔しい。汚らわしい。嫌だ!止めて。もう嫌だ!思うだけで何もできない自分が情けなくて惨めで。弱い自分にほとほと嫌悪する。
「『いただきます』」
その瞬間、記憶の中の男と、目の前の後輩の二人の声が重なるような気がして。悪寒が走って。
息が苦しくなって。単純に一瞬だけ…社長の事を思い出した。
思い出して…涙がこぼれた。
「もうやめてぇ!!」
彼女のその叫びが届いたのか。
それともただの偶然なのか。
ドゴォォオオン!という、爆発のような音がその場に響いた。
その余波で吹き飛んだ茶飲は体制を整えて、何があったんだ?と周りを見渡す。
そして見つけた。千年に己のスーツをかぶせて、彼女を腕に抱き、こちらを殺さんばかりに睨みつけながら、いつでも攻撃に移れるような体制の社長を。
その瞳の色は…血のような眼。
「まいったな…」
社長を怒らせた…
「…おい茶飲、お前…」
いつもより物凄い低い声が社長から出てくる。地を這うような恐ろしい気迫を篭らせた声。普段の優しい彼はどこにもなく、そこにはまさに、般若を背にした鬼の形相をした覇者がいた。
「俺の千年に…なにをした?」
死亡フラグが立ちました。
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