第12話 かつて天童と謳われた者

社長の涙も引っ込み、二人が元の調子を取り戻したころ合いに、双子がニマニマしながら駆け寄って来た。社長は嫌な予感がした。しかし彼らは社長の背中を叩いたり、膝カックンをしかけるだけだった。

身構えたのに拍子抜けしたが…まぁいいかと思う事にする。するとクイクイと、袖を引っ張る愛。


「ねぇ社長さん。この結界って誰が張ってるの?」

「そうそう。僕も気になってたんだ。これってたしか神官さんしかできないアビリティだったような気がするんだけど」

「ああ、これかい?」


そう言いつつ、社長がある場所へと振り向き声をかけた


「もういいよー!」

「アイサ~」


なんとも気の抜けた声と共に、何者かが結界を解く。するとそこは元の街並に戻り、人も通りはじめ、破壊された建物も元通りになった。

まるではじめからあんな出来事がなかったかのように。


「あーつっかれた~…」


そう言いながら、建物の柱に隠れていた人物が出てきた。肩を軽く回しながら、何とも眠そうな目で欠伸までしている。


(なんなんだこいつ…)


皆の心の声が重なった瞬間だった。


「どーもー。一番最初の世界で『神官』やってましたぁ。園美そのみ 幸来さらっすー。よっろしくー」


独特な口癖の彼女は、なんとも面倒くさそうなやる気のない顔をしていて。それが声や態度や行動にまで侵食しているらしく、身体全体で「やる気ありまっせーん」と言っているようなものだった。


目は大きい黒真珠のようなのに、やる気のない&眠たいためなのか、ジト目特化型だ。


彼女の髪は金髪で、長さはミディアム。前髪とサイドの髪を編み込んでいて、顔周りをスッキリと見せている。耳上でピン留めして固定している。

そしてなぜか、髪の先端がすべて黒色だった。髪を染めているのでは?と一瞬疑うが、いや、違う…これは地毛だと、誰もが直感し、そして疑問にも思った。


なぜそんな事を思ってしまったのか?と。


「これでも、指折りの『神官』だったんだよ幸来は」

「サラすごーい」

「サラよろしくねー!」


双子が元気よく挨拶をすると、幸来はフッと微笑した。


「調子こいてんじゃねーっすよ狂気の固まり」


その彼女の言葉に、場の空気が固まった。


「たかだか、普通のヒーラーよりも戦えるからって偉そうなんスよ。大体あたしらヒーラーが戦うなんて本当は邪道っすよ?わかってんすか、そこんとこ?」

「じゃ、邪道?ホントなのユウ?」

「……うん」

「まぁ、あんたらは両親の片方がヒーラー、もう片方の家系の中には狂戦士がいたからだってわかってるっすけど」

「わかってるのに辛口言うの?!」

「酷くない?!」

狂戦士あんたらが言うことっすか?だいたいSッ気がある癖してなにを言うかと思えば。自分らは棚に上げるんすか?」

「「……」」


唖然とする双子を前に、言いたい放題の神官を見ながら社長は苦笑した。


「ある意味、命知らずなんだよ…幸来は」

「いやいや!命知らずっていうより、あれは腹黒いって言ったほうが合ってますよね社長?!」


社長のとんでもな天然にすかさずツッコミをいれる千年。そんな千年をみながら爽やかに社長は笑った。


「アハハ!そうともいうね!」

「そうとしか言わないんじゃ?!」


はぁ…と溜息をした千年。皆をながめて、改めて嫌な顔をした


「天然気味なビーストテイマーな社長に、居候の双子のバーサーカーヒーラー…そこへ今度は腹黒毒舌神官ときた…マシな奴がいねぇ……」


大きい溜息をつく千年。


「そんな事いってるけど、キミも大概人の事言えないからね?」

「え?何を言ってるんですか社長?」


さも、自分は普通ですよ?という態度をとる彼女を見て、今度は社長が溜息をついた。


「いやいや。キミが一番普通じゃないから」

「…そんなこと、わかってます」


ギュッと拳を握る千年を見て、社長はふっと思い出したことがあった


「え…」

「わかってますよ、十分すぎるほどに…」


悲しい顔。諦めているような笑顔。どれも、もうさせたくないと願った顔だった。


「あ…」


やってしまった。

千年の触れてはいけない部分に触れてしまった。自分はもう痛いほどわかっているというのに。千年と言う果てしない時間の中で、もう十分すぎるほど千年の痛みを見てきたと言うのに。


「ち、ちとせ」

「社長、行方不明だった間、何をしてたかは聞きません。ですが…早く会社に戻ってあげてください。早く部下たちの元に復帰してあげてください」


サラリと、プラチナブロンドの長髪が風に揺られるたび、キラキラと太陽の光に反射して光る。その様はいつだって綺麗だって思えた。

しかし、彼女の横顔は…なんとも言い難いほど、悲しい顔だった。


「私と違って、社長は皆に必要とされてるんですから。皆に望まれて、皆に期待されて…信頼されて、愛されて、好かれているんですから。」


コツコツと彼らの間をすり抜けて、プラチナブロンドの髪を持つ会社員は、そのままみんなを置いて


「だから早く、帰ってきてください」


会社へと、戻っていった。

社長はそのまま佇み、拳を作り、ギュッと握りすぎて拳に血があまり通わなくなり白くなっていた。それを見ながら、幸来は社長へと声をかける。


「いいんすか?」

「しかたが…ないんだ」


彼女の中にはほとんどの記憶がないのだから。


「それにしたって覚醒したんすから、もう少し厳しく事の重大さを」

「僕には言えない」

「っ!」

「僕には…もうこれ以上、彼女に干渉したって…なにも伝えることなどできやしない」


己の手を見つめる。何もできなかった、運命にあらがう愛した女さえ、幾度も死なせた手だ。無様に生きながらえるのはいつも、いつだって自分で。


「なにも変えることなどできはしない」


ならばいっそ、諦めて、せめて苦しくないように、戦わずして過ごしていけばいいんじゃないか。普通に生きて、そして普通に死んでいくことが


「それが、彼女にとっての幸せなんじゃないのか」

「…んの、クソ兄貴が!!」


ドゴッ!ととても鈍く、重いパンチが社長の腹に入った。


「グホォ?!」

「いつまでたっても意気地なしなのは変わらないんすか?!」


倒れた社長の身体に馬乗りし、胸元を引っ掴みブンブン揺らしながら、容姿がとても可愛い神官だと思えない形相をし、ギョロッと睨み、社長の瞳の奥を見つめ続けた。


「愛した女を軽々死なせたあげく、世界の真実を知ってなお絶望せず、転生を繰り返して女の魂に引っ付き、どの世界でも彼女の最後を看取ってきたあんたが!弱気になってどうするんすか!!」

「『愛した女を軽々死なせたあげく』は余計だよ?」

「うっさいっす!!兄貴はいっつもこれだから面倒なんすよ!それに…」


キュウウウ…とまばゆい光が幸来の拳に集まっていく。


「今世紀でどうにかしないと魔王がすべての世界を壊しに来るって、知ってるハズっすよ!!」


ブン!と社長めがけてその拳が炸裂する。

ドゴ!!という音と、空気を伝う振動。


「もうあたしらは転生できないって知ってて言ってたら、今ここで腐れて死にやがれクソ兄貴!!」


その場に、彼女の強い言葉が響いた。


「ヒーラーが戦うのは邪道って言ってたくせして、神官なのに戦えるってどゆこと?」

「めぐ、覚えてないからしかたがないけど、幸来って昔、僕たちと会った時に戦える神官目指してたじゃない?」

「あー。たしかお兄さんがダメダメだから支えて守りたいって言ってたような気が…」


ハタと気が付く愛


「え、まさかその、ダメダメなお兄さんって…」

「うん。社長の事だよ」


あの、社長?と愛が指をさす。うん。と頷く優。


「ひゃー…社長のあの根性の無さはそんな昔からなんだ…驚いた」

「…他人の事言えないよね?僕ら」


呆れ顔で笑う優をよそに、愛がふと幸来と社長のいる場所へ視線を戻して、あれ?と首をかしげた。


「あれ…?さっきのサラの攻撃…当たってたと思った」


あの凄い衝撃だ。確実に気絶しているとふんでいた。しかし…


「え?」

「ほら。あの二人の間。何かがサラの攻撃を無力化してる。」


愛の指さす方に、たしかに何か黄色い魔方陣が円を描いて空中に浮き、幸来の拳を止めている。


「あれって…シールド?」

「うん…しかも高密度な…でも、ちょっと待って…あのアビリティってたしか…!」


優が目を見開き、驚きながら社長を見た。彼の瞳は……真っ赤だった。


「あの…瞳って、まさか!」

「え、なになに?あの真っ赤になっちゃった社長さんの瞳に何かあるの?ゆう??」

「…天童と恐れられた、唯一神官で転生術をマスターしたっていう」

「転生術を…マスター?」


もう一度見る。そしてそこには、もう目の色がいつもの琥珀色に戻った社長が、前世の妹にもう一発拳骨を脳天にもらっている情けない姿があるだけだった。


「一貯前にあたしの攻撃を防御してんじゃねーっすよ!」

「アンギャアぁぁああ!!」



「あれが…天童?」

「あ、アハハ…」

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