第2章 恋する社長は無茶すぎます。加減してくださいマジで(真顔)

第11話 優の狂戦士モード


最初に動いたのは誰だったか。

ただ、風が切り裂くような音がして、気が付いたらそこにいた千年が優の傍にいなくて。

眼前に迫ってたマペットの腕が何者かの手によって切られ、地面に落ちていた。それを見ても痛みは感じないのか、ものともせずに自分の腕を切った相手を振り返るマペット。

その敵の様子を見て、後ろの方の愛や優、社長も注意深く見つめる。


シャン…という透き通るような音がした。

それは、クリスタルの大剣を振りかざしたことにより生まれた音だったと気づく。


「なんて…キレイなの」


愛がボ~としながら見つめる


「クリスタルの銀の大剣…!まさかこんな世界で見られるとは思ってなかったよ!」


わぁ!と歓喜しながら優がワクワクを隠しきれずに目を輝かせていた。対して社長は、どこかホッとしたような顔つきで。


「よかった。無事に覚醒できたみたいで…」


彼らの目線の先に居たのは千年。大剣を、何かを掃うようにブンと振り、そして背中に構え直し、身を低くした。


『グガォォオオ!』

「こい」


次に繰り出されるのは素早い敵の追撃攻撃。しかし四方から来るその攻撃を、彼女は己の大剣をなんともなしに上下、左右振り回して切りつけることにより、敵の攻撃を相殺。そしてまたも背中に剣を乗せてから構える。


『グガアア!』


敵すらも気づかなかった彼女の斬撃が、じつは敵のマペットの指がすべて切り取られており、それらが地面に落ちていく。そのわずか数秒、シュッと言う地面をわずかに蹴った音がして、ヒュッという空気が切り裂く音がした。

見れば大剣を振りかざしながら片手だけで持ち、身体が斜めになりながらも、千年はその大剣を敵の頭へと振りかざしたのだった。


敵の頭をぶち抜くと思いきや、キン!という音がして、敵の頭上に薄い結界らしきものが現れたことにより、それがわずかな抵抗の証だとわかったが…


「無意味」


そう千年がポツリ呟いたと同時にクリスタルの大剣は光り輝き、青い雷を纏った。と思いきや結界が粉々に砕けて、千年はそのまま身体を反転させて勢い良く剣を振るった。敵は真っ二つに引き裂かれて…

倒れるその瞬間に千年はもう一撃、青い雷を纏いながら真横に剣を振りかぶり前へ出た。


「十字切り」


ぽつりと呟かれたその言葉は、無機質で。反対にその細められた青い綺麗な瞳はどこまでもまっすぐで。


『グアガァア!』


今まだ抵抗を見せていた後ろの方の倒れかけてた敵は、まるで十字架のマークになった傷がクッキリと線のような形で表れていて。


『アガァぁァぁァ…!!』


そんな雄たけびを発しながら、跡形もなく消え去った。


ブン!と何かをまた掃うように大剣のクリスタルを振る。彼女の青く光った瞳は通常の青さを取り戻し、剣も瞬く間にいつものネックレスの十字架へと戻り…彼女の変化も解ける。


のと同時に、彼女はフッと脱力し、そのまま気絶した。


「千年!」

「「ちとせ!!」」


驚いた三人が彼女の元に走っていこうと、足を動かした。

しかし彼らは忘れていたのだ。


敵は一体だけではないという事を。


『ぐがぁああ!!』


急に彼らの真横から出てきた、そのもう一体の攻撃が炸裂する。


「しまっ…」

「うわ…」


愛と社長がそう言いつつ出来るだけ防御をとろうとした。その数秒。


「アビリティ発動!」


愛の隣にいた弟、優がそう叫んだ後に、彼の周りで爆風が巻き起こる。


その爆風が目の前に迫っていた殺戮人形とも言えるマペットにぶつかり、マペットはというと、そのまま吹き飛ばされ人形の攻撃が相殺された。

愛と社長は爆風を直接は受けなかったものの、ものすごい気流がすぐ傍で発生したために、その衝撃と風圧に耐えながらも、驚いた顔で優を見つめていた。


狂戦士バーサーカー深淵アビスモード!!」


彼がそう叫ぶと、爆風はそのまま彼の周りで光の竜巻のようなモノをつくりだし、彼の足元に黒と白の魔方陣が構成される。


「まさか、彼があのモードを覚えていたとは思わなかった…」


社長がポカンとしながら優を見て、ポツリ呟いた言葉にピクリと反応した愛


「どういうことそれ?」

「もう、わかってはいると思うけど…君たちはバーサーカーモードになれる唯一のヒーラーなんだ。」

「うん。そんなこと言ってたね」

「そのモードは一つとは限らない」


社長はジッと優を見た。


「最初の世界では君たちは二つしかモードを持っていなかった」


破壊しれないほどの膨大な魔力。それを己の力に変換する高スピード変換魔法。数多の魔法、アビリティを覚える事で進化するアビリティが、君たちの持つバーサーカーモードというアビリティ。


「それが…四つ目の世界では君たちは黒魔法という、なんとも普通のヒーラーとはかけ離れたアビリティを覚えていて、ヒーラー本来のアビリティにバーサーカーモードをつけるだけでも凄い事なのに」


呆れに近い溜息をした社長


「君たちと来たら、それまでも己の力にしちゃったんだもんなぁ」


アビリティの天才だよ。そう言いながら社長が愛に優しく微笑んだ。仲間であって誇らしいと言う目。信頼ある目だった。


「でも…黒魔法って、それ相応の対価とか、反動がくるんじゃないの?」

「うん…だからあまり使うなって注意もした」


けど、それは覚えてなさそうだなぁ。と社長は呆れた顔で苦笑いながら優を見た。優はと言うと、手に黒と白のグローブが現れて、そのグローブの掌の上には白銀の水晶玉が現れた。


「いくよ」


そう言う優の開かれた瞳は、キレイに白く光っていて。

トッ…という地面を軽く蹴る音がしたと思いきや、彼は空気中に構築した魔方陣を走り抜けてワープし、敵の後ろへ回り込んだ。

しかし敵はそれを読んでいたらしく、優の横蹴りを難なくかわした後で、その大きな手の爪で攻撃をした。

その攻撃が優へと通り、その爪で彼は射抜かれてしまう。


「ゆう!!」


それを直視してしまった愛が彼の元に走って行こうとしたが、社長がやんわりと止めた。そしてニッコリ微笑む。


「大丈夫。見ててごらん?」


社長の言う通りそのまま見ていれば、優の姿が幻のように消えた。


「『深淵しんえんよりいでし者、奈落の底より深い底抜けの闇へ還れ』」


どこから現れたのか、彼の声が聞こえて探してみれば、マペットの真下に居て


「消えて無くなれぇええ!!」


空気中にできた黒と白が少し重なった魔方陣を拳で数回ぶっ叩く。するとドンドン!ドン!とそこから白と黒の光玉が放たれて、敵の顎と鳩尾にクリーンヒットすると、そこから優の魔方陣が敵の体中を支配した。


「うおりゃぁぁぁあ!!」


そして。トドメだと言わんばかりに二回ほど回転しながら、傀儡の頭上に現れた優はそのまま蹴りをぶつけ、アビリティでコーティングした拳を振るった。


『ガァァアガ…ッ!アァァアア…!!』


そんな雄たけびを発しながら、敵は跡形もなくドパン!と破裂し、消えた。


敵がいなくなると優の瞳は通常時に戻り、グローブも消える。


「フイー…あースッキリした♪」


なんとも爽やかな笑顔で笑う彼。


「すごかった!!すごかったよ!!」

「めぐー!見てた?ね、ね、どう思った??」

「ゆう、凄かった!格闘家みたいだったよ!」

「バーサーカーモードは自分の身体つかうから、一番初めの世界で格闘技習った…って、覚えてないか」

「弟が凄くてねえさん、鼻が高いよ!」

「えへへへ…」

「最後のなんの躊躇もなく急所に攻撃して、なんのためらいもなく、自分のストレスも相手にぶつけるなんて、さすが私のゆう!」

「そんな褒めないでよ~照れるから☆」


そんな弾んだ会話をする双子を見ながら、苦笑するのは社長だ。


「さすがSッ気な二人…戦いも会話も褒め言葉さえも…ハァ…」


溜息をつきながらそっと千年を起き上がらせる。彼女はまだ気絶していて…


「ヤバい…千年が熱を出してる!息も乱れてて苦しそうだ…うまく呼吸ができてないのか?」


社長はそっと彼女の胸に自分の手を置き、緑の魔方陣を足元に構成させる。すると緑の光の粒がそこから少しづつ沸き上がり…彼女を包んだ。


「どうりでおかしいと思ったんだ。あんな倒れ方…土壇場でいきなり力を解放したからか?それとも…別の理由?」


社長は彼女をギュッと抱きしめた。


「すごい…あれってたしか五つ目の世界の、トップスリーの中の超回復アビリティだよ」


社長ってヒーラーじゃないのに、回復アビリティ覚えちゃったんだ。


「それよりも見て。社長さんの顔、すごく切なそうで、悲しそう…」

「まだ、彼女の事好きなんだな~社長さん」

「あ、やっぱりそうなんだ?」

「うん。でも僕の知る限りじゃ、社長さん告白しないで全部の世界、彼女の後を追うように死んじゃってるんだよね」


それを聞いて、愛は驚いて優を見た。


「…それって」

「僕は、あの二人が結ばれますようにって、いっつも願うんだけど、うまく願いは叶ってくれないんだよね…」


悲しそうに優がそう言うと、愛は彼らを見ながらポツリ呟いた。


「叶わない千年の恋……」


どうか今度こそ…二人が幸せに結ばれますように。愛と優は、そっと静かに。しかし強くそう願った。いるかどうかわからない、神という存在に。


「ん、あれ…私は一体…?」


社長の回復アビリティのおかげで、息も整い顔色もよくなり、熱も下がった千年が目を開く。


「ちとせ…っ!よかった……本当によかった!」


すると彼女の無事な姿を見て、涙目になり、彼女へと抱き着きそのまま顔を彼女の肩へ埋めた社長は震える声で、震える手で彼女を包み込む。


「君が生きていてくれて…本当によかった」

「…!」


その言葉に、千年はおどおどしながらも、そっと抱きしめ返す。そこで千年は気が付いた。社長の身体が震えていたことに。

自分の死が…彼にここまで恐怖を与えてしまうのか?そう考えて、彼女の脳裏にある出来事が浮かび上がった。


それは、どこの世界でも共通するように、この世界でも共通したもの。千年が何年生きようと、何回転生しようとも決して彼女の傍から離れてくれなかった、痛く苦しい傷であり、それが発生するたびに記憶が少し呼び起こされてきた。


その共通したものとは、周りからの迫害と謙遜。どの世界でも彼女だけが異質で、一番変わっていて、異端者だった。

生まれも育ちも普通だった時も、何かが違うだけで彼女は親戚や家族にでさえ、気味悪がられ、いつも一人になった。

まるで罰のように、世界からの呪いのように、彼女はいつもいつも…一人になる。それがイヤで一番最初の世界では、自分の変わりすぎる力を人の役に立とうと、仲間、同志を集めて冒険をして…魔王軍と戦ってきていた。


しかし必ずと言っていいほど、彼女はしてはいけない場面で失敗をする。結果生まれるのは…崩壊。そのたびに自分の命まで使って何かを守って来た。後先考えずに。

なのに、今この状況はなんなのだろう。


己の死を望まないものがいる。生きていてほしいと願うものがいる。無事でよかったと安心してくれる人が、こんな自分を真っ直ぐ見て、見捨てずにいてくれる人がいる。

こんなのははじめてだった。はじめて、生きててよかったと思えた。同時に…何故、こんなにこの人は自分の死を怖がるのだろう?そう思った。


しかし、そんなことよりも。


「社長…」


千年は今まだ震えるこの大きいハズなのに小さくなってしまった社長の背中を、そっと優しくさすってあげるほうが良いと思った。


彼の恐怖を和らげるのが先決だと、そう思った。

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