第10話 本当の覚醒

『グォオオオオ!』


目の前のバケモノが雄たけびをあげながら地面を蹴りつけて、鋭く刃物のように黒く尖ったツメで攻撃するために何のためらいもなく片手を振りかざしてきた。


「クマさん!」


社長のその声で傍にいたクマが前に出て、バカでかい傀儡のその刃物化した片手を両手で受け止めた。


「僕に策がある。でもそのためには時間稼ぎが必勝となってくる。」


それを聞いて作戦を把握した愛は立ち上がりながら構えた


「つまり私たちがその時間を稼げばいいってことだね!」


その彼女の言葉に少し唖然としてしまったのは千年で。


「私たち?」

「当たり前でしょチトセ。私だけの力で時間稼ぎなんてできないよ。まだ全部思い出せてないし、なにより私はもともとヒーラーだから直接戦いには不向きなんだってば」


千年はどこか迷うようなそぶりをして。しかしすぐに構えながら息を吐いた。その瞳は強く輝いているようで。


「うん。そうだったね。私も戦う覚悟…決めるよ」


そう呟いたかと思えば、彼女は唯一知るアビリティを使う。


「アビリティ発動!」

「…(肉体強化の、しかも微弱な一番弱い補助魔法?)」


愛は彼女がわからなかった。きっと強い魔力はあるのに、それをまったくあつかえていない。というより、まったくといっていいほど扱わない。

こんな危機的状態なのにそれでも使わないのは、たんに思い出せてないからか?それとも使うのをためらっているからか?


(後者だったらあとで絶対ぶちのめす…)


そう考えながら、愛は演唱なしで手に光を溜めながら千年へと言葉を発した


「ねぇチトセ」

「ん?」

「本気で助けにいかないとチトセをドカン!しちゃうぞ☆」

「…んん゛?」


その千年の驚きと恐怖が滲み出ている声色を聞きながら、愛は自分のスピードを上げて攻撃の直後に攻撃力を急上昇させながら重いパンチを食らわせた。


「ちょ、まっ」

「待つわけがないよ!」


次に繰り出されたのは足蹴り。バキボキと相手のバケモノから嫌な音が鳴る。そんなものを完全無視してもう一発パンチをお見舞いした愛は、その勢いで化け物を遠くへ吹っ飛ばす。


「モタモタしてたら出番盗っちゃうよチトセ!」


生き生きしながら言う彼女を見て、疲れたように千年が溜息をついた。


「ていうか、もう盗っちゃってるよね?」

「まだまだぁあ!」


アハハハハ!と笑いながら次々と攻撃を仕掛ける愛を見て、正直、千年は若干引いていた。


「ナニアレ…狂気の固まりみたいじゃない…」

「実際は、そうだよ」


社長がしゃべりながらも集中して呪文を唱えつつ、地面と空気中に魔方陣を出現させながら、片方の腕をまっすぐ伸ばした状態で掌を広げている。


「彼女と彼の双子のヒーラーは…おちこぼれ。だなんて言われてたけど…それは違う。」


空気中の魔方陣が二つ増える。


「彼らの中には…別の力が芽吹いていたから…静かな魔力を媒体にするヒーラーはどこにでもいる。でも彼らが長年の努力と根性で身に着け開花させた才能が、後に唯一無二と世界で謳われた能力…『狂戦士バーサーカーヒーラー』だ」


狂戦士のとんでもない目に見えないスピードと破壊力を兼ねそろえたヒーラー。しかも体力を多少消耗しても自分たちで補えるし回復できる。


「良いと言うまで止めない。暴走し狂気と化した最終にして最強の僕たちの仲間だよ」


言いながら、茶色い魔方陣が数個空気中に浮かぶ。文字の方も四行くらい空気中に浮かんでいた。


「完成だ…愛!もういい!!」


その声を聴いて、狂気と化していた瞳孔が開いていた愛の瞳が普通へと戻っていく。素早くその場を後にした彼女の、背中があった場所。

後ろのほうで茶色く輝く光が眩しく辺りを照らす。


「『レイディアントく・仮面ペルソナ』」


直後、周りの至る所にあった魔方陣が折り重なり、不思議な動物のような光り輝く仮面を作り出し、輝き続けた。


「まぁ、ゆえにいう目くらましって奴だよ」


言いながら千年へと向き合ってウインクした。様になりすぎるそのカッコ可愛い顔にウゲェという顔をする千年


「ちょ…なんでそんな顔するかな?!」

「社長が相変わらずそんなべたな事するからでしょ…」


カッコ付けが。そう呟いた彼女へ必死に弁解する社長


「ち…違うよ千年!僕はちっともそんなつもりなくって!い、今のはキミの攻撃のチャンスだよって意味で…た、他意はないよ!」

「あーはいはい」

「な、なんだよその生返事!」

「あーハイハイ」

「ムー!」


とにかく…。


「いっちょ優くんを助けにいきます!」

「ああ。まかせたよ」


バッと地面を蹴りつけて、風を切るがごとく彼女は近くまで走ると、思いっきり傀儡のアゴらしき部分を蹴りあげた。

次に真上へ回り込みながら素早く両手を組んで頭へ直接攻撃。


ズドンという鈍い音とともに相手の頭が地面へめり込みながら、小さな亀裂と小規模な衝撃波が生まれてそのまま地面をべコリとへこませた。

相手はもちろん頭が地面に埋まり、しかし残りの身体はもがきながら頭を取り出そうとしている。その隙に千年は優が掴まれている手へとパンチし、手を破壊し素早くその場を後にした。


「チトセ…」


ありがとうと、優がそう言い終える前に


「は…ぁう…」


そう小さく息をする音が聞こえて、次にグラリと千年の身体が揺れてそのまま地面へ倒れてしまった。


「「ちとせ?!」」

「千年!!」


駆け寄ろうとした二人だったが、丁度目くらましのアビリティが解けていて。後ろから迫って来た脅威に気が付き振り向くが


『がぁぁああ!!』

「しまっ」

「く…っ!!」


ブン!と思いっきりその巨大な手ではたかれて。


「ガっ?!」

「アあ?!」


そのまま壁に打ち当たって


「めぐ!社長さん!!」


気が付けばゆらりと、地面から頭をやっとのことで引き抜いたもう一匹が優と千年の前に立ちはだかっていて。


咄嗟に優が防御をとろうとして両手を前に出すが、自分の結界では後ろに倒れている千年は守れない。

もうダメだと思った。これまでだと。


「く…っ」

「ゆう…ちとせ…にげて…!」


遠くで二人がそう言うけれど逃げられないのは百も承知だ。だってこのまま逃げてもきっと千年を殺してしまう。その後で素早く追いついて殺されてしまう。

今の自分の解放されてる力では役に立ちそうなものはなさそうだ。

だから…彼は無意識に、本当に本能的に千年に覆いかぶり、彼女への攻撃だけでも減少して助けようとした。


『ガァァァア!!』


迫りくる傀儡のその黒いとがった手が…酷く残酷に思えた。


「させ…ない」

「え?」


ポツリと千年からその言葉を聞いたと思いきやいつの間にか彼女は、敵が振りかぶっていた巨大な黒い手を片手でその場にとどめていた。


そのヘーゼルの青い瞳はますます青く光り、プラチナブロンドの長い髪が美しくキラキラと輝く。

彼女は胸元の銀色の十字架を手に取る。


すると驚くべきことにその十字架から光が放たれて魔方陣が彼女の立っている場所に出現し、それと共に彼女の周りでも文語がわからないが光り輝く文字が光の輪のようになり、いくつも彼女の周りにまとわりついていく。


プチリとネックレスから十字架を外し、声高らかに彼女は叫んだ


「『封じられし勇の者の力よ!かの者の剣となれ!』」


光の輪がいくつもの色に変わり、やがて虹色になる。


「『古に失われた力よ!我と共に敵を打ち砕かん!』」


光の輪が十字架にもまとわりつく。はじめに変化が訪れたのは十字架だった。形はでかく大きくなり、それは太いクリスタルのような透き通る銀色の剣となった。

そして光は留まる事を知らず、そのまま千年を包み込み───…彼女の服も変化させ始めた。


「覚醒…だ」


ポツリと呆けて言う社長の言葉に、先ほど合流した双子が首をかしげる


「かくせい?」

「ちとせ、まだ覚醒してなかったんだ?」


そう。彼女はまったくといっていいほど覚醒していなかった。まるで秘めたる力に怖がるように、己の内にギュッと押し込み見て見ぬフリをした。

しかし、何事も目覚めの時は来るものだ。キッカケさえあれば。


「今から、きっと彼女は無意識のうちに普通の服を、打撃や魔法とかの“アビリティ”に強い戦闘用防御服を精製して戦う」

「へぇ」

「ということは、それ私たちもできるってこと?」

「まぁね…やらなかったのは…たんに忘れてたからかな」


苦笑する彼らを置いてけぼりで、空気中の振動はますます上がっていった。

彼女の姿は先ほどまでセールス用の黒いスーツ、タイトスカートをはき、黒のソックスをはいていたが、光の輪が輝きだすと取り替えて新たに服を作り替えた。


一見真っ直ぐに見える彼女のプラチナブロンドの髪は、途中から天然パーマでフワリと波立っていて。


クロをベースにしたワンピースのようでいて違う。青いバラの模様があり、所々白色と青色で構成されていて、その服はまるでゴスロリのような軍服ワンピース。かといっても白いフリルは少な目だ。


フワリとした青がベースのバラ模様のリボンが彼女のプラチナブロンドの髪を少しだけ上へと持ち上げて縛っているようだった。


胸元の白い十字架のブローチ、そして細い青いリボンが風に揺れる。

ワンピースは二つの生地を交互に斜めに流れるように重ねていて、膝より少し短く、そして黒のベースの白と青がいれ混じった短いブーツを履いている。


彼女は黒のコントラストの白い手袋をはめており、片方が肩の方までの袖がなかった。その袖のないほうに、銀色で青いバラの甲冑っぽいものを手首から腕の途中まで片方だけの腕に装着している。


さぁ準備は整ったと言わんばかりに、彼女は相手を睨みつけて。ブン!と銀のクリスタル製の大剣を振り上げて周りのザワつく空気までもを沈静化させて。


「いくよ」


その青い瞳に覚悟を乗せて、地面を蹴りあげた。

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