第3話 異世界、“オルソネア”からの転生者


そこらへんに座りながら、何とも気が緩んだ顔をし、息を大きく吸ったあと、ほへ~とした雰囲気で話を進めた。


「まず…名前と~種族と~アビリティを話して。それから何故、私を襲ったのかも」


緊張感のない言いぐさは納得がいかないものがあったが、相手は渋々といった感じで語り始めた。


『名は黒影こくえい


サァアアと周りにあった黒い霧が消えていく。


『種族は“幻影一族げんえいいちぞく”…今はしがないただの』


黒い霧がなくなると、そこにいたのは


「…へ?」

『黒猫だ』

「……猫?」


ピョコリと動く黒いとがった耳としっぽ。全身真っ黒いその姿はとてもきらびやかで美しいとさえ思うほど。そしてその瞳は、宝石のアメシストのような綺麗な紫の色。


スラリとしたその身軽そうな猫の身体は今は立ち上がっていて、まるで人のように話したり歩いたりしている。


「あんたまさか…」


黒猫はコクリと頷いた。その瞳はわずかばかり、期待と不安が揺れ動いている。


『おそらくお前と同じ…』


異世界、“オルソネア”からの転生者


「嘘でしょ……」


千年は唖然としながら固まってしまった。先ほどのあり得ない技『アビリティ』を持ち、やっと自分と同じ世界からの転生者と出会えたっていうのに。


まさかその相手がよりにもよって黒猫に生まれ変わっていようとは。


ビックリしたらいいのか、悲しんだらいいのか呆れたらいいのか判断ができなかった。


『しかも人間ではなく、猫に生まれ変わってしまった…まぁ、これはこれで便利なのであまり気にしてはいないが』


嘘だ。


直後に千年は思った。先ほどの彼の態度や警戒心から見ても、絶対誰かに弄られたか危ない目にあって、それ以来警戒しながら一生懸命生きてきたって感じがする。


そんな本音は隠しながら───本人が言いたくないのであれば聞かない主義───千年は今ある情報を頭の中でパズルのように組み立ててからチラリと黒影を見た。


「その喋り方といい、その高貴な仕草といい……まさかどこかの国の王族…だったとか?」

『察しがいいな。オルソネアの中心の街、“ディーラ”の“双子の幻影士げんえいし”と言えばわかるか?』

「あの有名な双子王子の片割れ?!悪ガキで、幻影で人に悪戯しまくってた王子?!」

『…』


見た目は黒猫の、元・異世界の王子が溜息をついた。


『悪戯をしてたのは双子の片割れ。弟のほうだったんだがな…』

「そんなお偉いさんがよもや野良の黒猫になろうとは。世も末だなぁ……」

『…』

「あ、ゴメン」


まぁ、いい。そう言いながら黒影はそこらに転がっている(戦闘で崩した)コンクリの固まりに腰を下ろした。


『アビリティは≪猫の性質≫と≪幻影げんえい≫と≪化け猫≫だ』

「猫の性質と幻影はわかるけど…化け猫?」

『ああ、気が付いてなかったのか』


黒い猫は立ち上がりながらみるみるうちに、人の姿へと変化していった。耳としっぽはそのままで。


『一応、妖怪の一種になってしまったらしくてな…このようにこの世界でよわい五十年生きて…そして、死なない身体になった』

「はぁあああ?!」

『非科学的だろうが、真実だ』

「…」


(非科学的って…すっかりこの世界に毒されてんなぁ王子様……)


そう思う千年ちとせも、かなり毒されている事に気が付いていない。


『まぁ、致命的ちめいてきな怪我を負えば死ぬが』

「……」


パシンと手を顔に打ち付けてから、千年はまたも深い溜息をした。


「あー…まったく今世は散々だなぁ!本当にもぉおお!!」


会社人になって、身体もやっと働けるくらいは丈夫になって、これからだっていう時に…持病の悪化、リストラ…他モロモロ。


………持病の悪化は、自分が病院嫌いでなんどもサボったり逃げたりするから自業自得だけども…


今年になってやっとまた会社人として働けるようになったっていうのに、悪天候は続くし、あっちの世界の転生者とやっと会えたと思ったら、相手は猫だし。


しかも“化け猫”という妖怪の一つになってるし。


「JESUSは私の事がお嫌いなのでしょうかね…」


その彼女の言葉で黒影は首を傾げた。


『じーざす?』

「気にすんな」


すると、壁に亀裂が走った。


「?」


パラパラと壁のコンクリが砂状になって崩れていく…


(崩れて…る?)


突然、地響きが鳴りだす。


『やばい!さきほど使ったアビリティ、“キャット・クロ―”のせいで建物が!!』

「!」


次々と亀裂が走り崩れていくコンクリートの壁を見ながら彼女、千年は奥にまだ誰かの気配を感じ取った。


(そうか…さっきのあの声の主…化け猫じゃなかったんだ)


フラリと、彼女は崩れかけている廃墟に近いボロアパートの階段を踏みしめた。


ああ、自分はいったい何をやっているのだろう?ヒーロー気取りもいい加減にしろ。自分はなれない。どの世界でも…英雄なんてものには…


なのに。臆病な足は今まだ止まらずしっかりと奥へと進んでいた。


『お、おい?!どこへ…』


慌ててガシ!と彼女の服を手でつかみ静止させながら聞けば、千年は何かにとりつかれているかのように、顔を真っ青にしながらも、手を震えさせながら階段の上を指さした。


「いる…誰か…」


逃げ遅れた誰かが───…


『いるわけがないだろう!ここは廃墟…誰もいなかったがために俺はここに住んでいたんだ!』

「いる…いるよ…私にはわかるんだ…」


“助けなきゃ、またあの時みたいに見捨てたら…きっと後悔する”


彼女はそう呟いて、悲しそうに顔を歪ませた。


『お、おいっ!く…凄い力だ……!』


彼ごとズルズル引きずるように動くが、彼女の瞳にはまるで何も映っていないようで。


まるで、何かまったく別の、どこか遠くを見ているような…


一瞬だけ、彼女の瞳に絶望の色が映る。千年は手をめいっぱい伸ばし…そこに誰かがいるのを見ているかのようにジッと仰ぎ見ながら…くしゃりと顔をますます歪ませた。


黒影はスゥと息を静かに、しかし大きく吸いあげた。


『逃げなければお前、死ぬぞ!』


起きろ!!とでも言うように、黒影は声を張り上げた。


その声は辺り一帯に響くかのように轟いて。

その声を聴いてハッとした千年は、黒猫のほうへ顔を向けた。


なんて顔してやがるんだ…


『…っ』


まるで…この世の終わりのような彼女のその痛々しい表情を見て、黒影は苦しそうに目を瞑り、そしてそっと手を離した。


「黒影…?」

『お前の身に何が起こったかなど、俺にはわからない』


お前の痛みもわかってやれない。


『俺は今しがた知り合ったばかりの赤の他人なのだからな…本当は止めるのが筋で、このままお前もつれてここから脱出しなければいけないが…』


黒影は、悲しそうに笑った。


『お前の好きにしろ。お前の思うように、動けばいい…』

「…」


しかし、黒影は苦々そうに歯ぎしりした。


『だが、俺はお前に付き合えない…悪いが…ここでお別れだ』

「そう…」

『生きていれば』


また、会おう。


黒影はそう言いながらその場を猫の姿となって、身軽に外へと駆けていった。


道中、二度ほど後ろを振り返っては、悲しそうな瞳をさせながら…その姿をくらませた。


「これでいい…せっかく出会えたあっちの世界の転生者だったけど…罪人である私が仲間を持つなんてありえない。あってはいけないから…」


階段の先を見つめる。瞬間的にあの記憶がまた、目の前に広がっていくようで。


「さようなら黒影…元気でな」


最後のお別れのような言葉をポツリ呟いて、千年は目の前に広がるの記憶を見て───…かぶりを振った。そしてを見据える。


ギュッと掌に握ったのは、ネックレスの十字架。祈りをこめるかのようにスゥと目を閉じて…。


再び目を開けた彼女の、強い意志が宿った瞳が青く輝いた。彼女は静かに、音もたてずに素早く階段を駆け上がった───…


「アビリティ…“発動”!」

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