何故かいつも人助けをすると厄介事に巻き込まれる
とりあえず真(まこと)は階段を上り、普通にドアをノックし、呼んでも返事がない事を確認してから部屋に入った。
「すぅ...すぅ...」
当然まだ柚梨は目を覚ましておらず、幸せそうに寝ている。
「柚梨、起きなさい」
揺すって見ても、起きる気配すらない。やはりあれを実行するしかなさそうだな。
「中学生になってもここだけは変わらないなぁ」
流石に今日みたいな日はおとなしく起きてほしい。
そんな考えを脳に浮かべた事を、真は布団に手を掛けた瞬間に後悔した。
「うぉっと!」
突如襲われた。
そうとしか表しようがない。
起こそうと思っていた妹が実は既に起きていて、真があれを実行するのを待ち伏せていたのだから。
寝起きでまだ束ねていない桜色の髪がさらさらと窓から吹かれる風に靡(なび)く。一瞬、桜吹雪でも起きたような錯覚。
当然ながらそれは錯覚に過ぎなかった。
手首から肘(ひじ)にかけての骨が痛い。
前言撤回。ついさっきまで「中学生になっても、ここだけは変わらないなぁ」と言っていたが、違った。
間違いなく成長している。その証拠に、昔はビンタだったのが、今回は回し蹴りになっている。
かと言って、いつまでも妹にやられてばかりではいけないので、真の方も今では空手の黒帯と三対一で戦っても勝てる自信がある程強くなっている。だからこそ柚梨の回し蹴りをまともに受け止めても平気な顔をしていられる。何せ七歳で当時十二歳の真をビンタ一発で吹き飛ばした程だからな。
これが普通の人間にしてみれば、捻挫(ねんざ)は免れないだろう。
自分の回し蹴りをまともに受け止められて柚梨は驚愕の表情で受け止めた真の腕の方に目線をやる。
帰って来た反応は予想外だった。
「柚梨、イタズラも良いけどその格好はまだ柚梨には早すぎるんじゃないかな?」
てっきり腹にクリーンヒットして「グヘッ」とか、防げたとしても「痛ぁー!」って感じのリアクションかと思ったもんだから、一瞬思考が停止してから改めて自分の身だしなみを確認すると、ピンク生地に二つのドーナツがプリントされてるパジャマが大きくめくれて下着が覗ける程開いていた。
「ぁ...ああ...」
急に羞恥のスイッチが入ったらしく、頬を赤らめる。
「もう!お兄ちゃんの変態!」
*
という事で現在に至る。
「あれはお前が危険なイタズラを仕掛けて来るのがいけない。」
「そうだけど、それでも何と言うか...言い方って奴があるでしょ!」
真はすかさず言い返す。
「それを言うなら、お前の方も起き方って奴があるだろ」
起こしに来た兄を回し蹴りする起き方何て聞いたことない。
「キーンコーンカーンコーン」
真達の言い争いが一向に終わらないのを嘲笑うかの如く、今や誰もが知るメロディが聞こえてくる。
19世紀にフランスの作曲家ルイ・ヴィエルヌによって生み出されたクラシックミュージック<ウェストミンスターの鐘>の一節。
普通の人はこれを聞いても、大した感慨が湧かないのかも知れないけど、真だけは違った。数年前、真はこのチャイムについて調べた事があった。
データによれば、これは終戦時にまだチャイムの音が空襲時の警報サイレンの「ウーーー」だったのが生徒達から「あの辛い記憶が蘇る」とクレームが殺到し、産業機器メーカーの人が急遽(きゅうきょ)オルゴールに拡張器を着けた物に取り替えたのだ。
だから真はいつも思う。「これだけこのメロディが有名になっているけど、著作権的にルイのじいさんは、あの世で泣き狂ってんじゃないかなぁ」と。
「お兄ちゃん、まぁた何かエッチい事でも考えてるの?」
学校に着き、予鈴まで鳴っても、未だにボーっとしている兄を見て柚梨がそんな事を言ってくる。
ちょっと待て。
またとは何だ!またとは!この妹は一体、兄を何だと思ってんだ!?親父の影響を受け過ぎたのか!?
「柚梨、そんな事何処で覚えたんだ」
「お義父さんがお兄ちゃんにはこう言った方が喜ぶって」
やっぱりそう言う事だったのか~~~!
「あのクソ親父...帰ったら絶対に、瀕死になるまでぶん殴ってやる...」
「お兄ちゃん、どうしたの?ぶつぶつ言っちゃって」
「ううん。何でもないよ~。」
柚梨はまだ知らないだろうが、かわいい妹が無邪気な顔であんな事を口走る兄のショックは凄まじい物だ。
「もう予鈴も鳴ったし、お前も早く中等部に行け」
「うん。じゃあまた放課後にね」
そう言って、柚梨は中等部へ。真は高等部へ。何せ二人が通っている鳴雷学園(なるかみがくえん)はその街で一番大きい学園だから、校門から各校舎までも多少距離がある。
(さて。今夜の献立は何にするかな確か今日、挽き肉が特売日だったな)
「おいおい、また何か考え事か?」
夕食の事を考えていると、背後からそんな声が聞こえて来た。
見ると、整った顔立ちとジェルでわざわざ髪型を片方に斜めにし、せっかくのネクタイを結ぶスーツタイプの制服を上着のボタンを外してネクタイを外したチャラい茶髪の少年だった。
「何だ?朝から女の事を考えてるのか?」
「お前と一緒にすんなよ博(はく)」
何を隠そう声を掛けてきたのは、真の悪友、千代樹 博(ちよき はく)だ。
常日頃から女子に声を掛けるナンパ野郎だが、陽気なムードメーカーでどこか憎めない。
ちなみにちょくちょく柚梨にちょっかいを出してくるので、真からは目の敵にされている。
「とっとと教室へ行くぞ」
「釣れないな~。」
二人はそのまま教室へ向かった。
*
「では、今日の授業はここまで。問題集の<電解質>の単元を次回までに終わらせるように」
二時間目の科学の授業が終わり、丁度次の移動教室に備えた時の事だった。
「きゃーーーー!!!」
廊下から甲高い悲鳴が聞こえた。真は誰より早く教室を飛び出した。
そこで真が目にした物は目を疑う物だった。それは体長二メートルはあろう異形な化け物だった。身体中に鋭いトゲが生えており、全身が黒光りする外骨格で、こちらを威嚇するようにうなり声を上げている。
「おい...真、これは何だ...?」
真が化け物に気を取られている間に、どうやら博も好奇心に負けて出て来てしまったらしい。
すると、化け物は博を見るや否や博に向かって突進して来た。人間は、本当に身の危険を感じると、身が動かなくなると言うがどうやら本当らしい。
博はこの時、実際に化け物の動きが見えていた。だが、体は石膏で固められたように動かなかった。
化け物は狂う事なく一直線に博に向かった。次の瞬間博は化け物の猛烈な突進によって、バラバラに...ならなかった。
確かに突進による衝撃波は感じたのだが、体は無傷だ。
化け物の方に視線を向けると、そこには見慣れた背格好の黒髪の少年が両腕をクロスした状態で化け物の頭部を押さえつけていた。何故か服装は制服から黒いロングコートになっていたが、見間違えるはずがない。
「生きてるか?博」
「まこ...と...?」
その場にいた化け物を含め、全員が暫し混乱した。人一倍非力に見えていた存在が何の前触れも無く超人化したら、確かにビビる。
混乱する場の全員に対して、真はただ不敵に微笑みを浮かべている。
「俺の日常を狂わせた対価は高く付くぞ」
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