第拾と拾の幕 『アヤカ』

いつのまにかヘイスケの声はしなくなり

気配も消えていた。

腕時計に目をやると、中の砂が

刻一刻と時を刻んでいた。


「うわっやべっ

 まだ、な~んもみっかってない」


時間だけ見ればまだ余裕はあるが、

内容が内容だけに悠長にしてる暇は無い。

一刻も早く解決せねば。

とは言うものの、何をどうすれば・・・


「ユ~ウキっ」


「!!!っ

 アヤカ?」


「えへっ来ちゃった」


「来ちゃったって・・・

 そんな簡単に来れるもんなのか?

 オレは結構迷ったぞ」


「ヘイちゃんが案内してくれたんだよ」


「なっ・・・きったね~」

「何か言ったか?」

「うわっ宇宙一びびった」


気配が無いだけで、

ちゃんと傍に居るようだ。


「えへっ」


アヤカが来てくれたお陰で

心の底から安心できた。


「でも、どうして来てくれたんだ?」


「ないしょぉ~」


「ないしょて・・・」


「ヘイスケさんっいるんでしょ?」

「当たり前だっ」

「うわっ」


何で今度は耳元なんだ。

びっくりしたついでにイラッとした。


「何だ?

 ここには居るが暇ではないのだぞ」


「すいません。

 でも、私は何をしたら・・・」

「知るかっ

 そんなことは自分で考えろっ」


「考えろと言われてもなぁ・・・

 そもそも真の理の意味が・・・

 それが分からなくて知りたいなら

 ここに来いって書いてあったから

 来ただけで・・・

 これが分からないとか、

 あれが知りたいとか

 そういうのに心当たりないしなぁ。

 心の準備とかも出来てないし。

 来たら、ちゃっちゃ~っと

 教えてくれるものだとばかり」


「想像以上のポンコツだな。

 お前は自分の何が分からなくて

 何を知りたいと望んでいるんだ?」


「何が・・・何を・・・?

 別に何も・・・」


「今すぐ還れっ」


「冷たいなぁ」


「ポンコツと戯れるほど暇ではないっ」


「アヤカっ

 アヤカはオレのことで

 知りたいこととかある?」


「分からない事だらけだよっ」


「えぇ?

 まじ・・・で?」


「うんっ」


「それみろ、ポンコツ大魔神っ」


これには流石に固まった。

何事も、以心伝心の間柄だと

完全に思っていただけに、

この一言は流石に耳を疑った。


「アヤカ、例えばどんなこと?」


「ユウキが考えていること、

 ユウキが思っていること。

 付き合い始めと違って

 お互いにあまり話さなくても

 大概のことはわかっちゃうでしょ。

 ほぼほぼ、

 経験上から推測してるんだぁ~

 たぶん、今のユウキは

 こんななんだろうなぁ~って」


「アヤカ・・・」


「今までのを思い返してみると、

 そこそこ当たってたみたい。

 喧嘩もほっとんどしなかったしねっ」


満面の笑みを浮かべてそう言うアヤカが

どことなく淋しそうに見えた。

その瞬間、胸の奥の辺りが、

キュッと締め付けられた気がした。


「おいっポンコツ

 これでも気付かなければ

 漏れなくボンクラに格上げだぞ」


「・・・」


「まさか・・・

 本当に分からないのか?」


「・・・」


「少し時間をやる。

 ちゃんと向き合ってみろ」


そう言うと、ヘイスケは黙った。


「向き合う・・・」


「大丈夫?ユウキ・・・」


「あぁ・・・

 ちゃんと自分と向き合えってさ」


「そっかぁ

 じゃぁ~静かにしとくねっ」


「おうっごめんなっ」


「うんっ」


そう返事をすると、笑顔のまま私の横に

膝を抱えてちょこんと座り込んだ。

私はヘイスケに言われた通り、

今までの生い立ちを遡って

自分自身と向き合ってみる事にした。

アルバムを捲るように

ゆっくりと細かく記憶を辿った。

小さい頃の記憶はうろ覚えどころか

ほとんど思い出せない。

小学校に上がるまでは、断片的な記憶が

微かにしかも数えるほどしかなかった。

それも、親に聞いた話なのか

アルバムで見て想像していたのか、

自分の記憶なのかすら定かではない。

保育園の先生に初恋をし、

弟ができ、友人ができ、好きな子もできた。

スポーツは好きだったが

水泳は溺れたせいか、身体能力のせいか

全くダメなまま大人になった。

勿論、克服しようと努力など

一切しなかったから当たり前だが。

失恋も何度か経験したし、

短期の登校拒否を繰り返したりもした。

高校を卒業してから初めて彼女ができ、

その後も普通に何人かと付き合った。

社会人になってから色んなことがあり、

精神的な病を患い今も通院している。

これは、自分の弱さに他ならない。

そんな辛かった時期、アヤカに出逢った。

一目惚れだった。

付き合い始めて5年経つ今、

アヤカと生涯を共にしようと決め

この旅行でプロポーズをすることにした。

そんな矢先、こんなことになっている。


真の理・・・


自分を深く広く見つめ直し自分を知る、

きっとそういうことなんだろう。

弱い自分と向き合い、認め、共生していく。

その前に、克服しようと努力をしていない。

学生時代と何ら変わりない。

精神年齢もそのままに

大人としての責任感も自覚も無い。

色んなことから逃げ続けて

楽して生きようとしている自分に

誰よりも愛想が尽きている。


そうか・・・そういうことか・・・


そんな私が、今のままで

家庭を持とうとしている。

自分の体たらくさを分かった上で、

一人の女性の人生を背負うという

大切な重要な判断を、

感情と流れに任せて決めたこと・・・

もし子供ができたら責任をもって

立派な大人へと導けるのか。

男として、夫として、父親として、

そして何より人として・・・

ある友人が言っていた。

子供と共に自分も親として人として

成長していけると。

それがぴんとこない自分が居る。


自分の事だ、誰より自分を理解している。

そう思った途端、全身を身震いが襲った。

急に、得体の知れない恐怖が襲い掛かり、

私は暗闇に引きずり込まれた。

あまりの恐怖に蹲り

身動き一つ出来ずにいる中、声がした。


「ユウキっ

 そんなに苦しまなくてもいいんだよ。

 私はあなたが好き。

 あなたがいればそれでいい。

 私、ずっとここに居てもいいよっ

 ユウキが一緒なら・・・」


「アヤカ・・・オレ・・・」


「何も言わなくていいよ。

 ユウキのこと全部分かってるから」


「アヤカ・・・」


ここで、一緒に永遠にってのも

満更ではないと心底そう思った。

抱きしめられていた心地よい感覚の中、

どこかで聞いたような声が微かに聞こえた。


「そうやってまた安易な選択をすればいい。

 偽りの中で満足して消えるがいい」


偽り・・・いつわり・・・

その言葉に、どこか奥深くが

揺さぶられた気がした。

その瞬間、息苦しさをおぼえ

水中にいるかのような感覚にパニックになり

全身で必死にもがき暴れた。

方向感覚も掴めないまま

恐怖と絶望に羽交い絞めにされ、

強制的に意識が引きずり込まれそうな中、

さらに全力で抵抗したが、

次第に手足の自由が利かなくなり

その手足の感覚も恐怖に支配された意識も

明るみを失っていった。


「世話の焼けるヤツだ。

 最初で最期だからな」


その言葉と同時に頭上の遥か上空に

いきなり鋭い三日月が現れた。

息も絶え絶えに最後の力を振り絞り

必死にもがき掻き分けるように

その三日月を目指した。

永遠とも思えるような苦しみの中、

右手の中指がその三日月に掛かった。

中指に全神経を集中させ、

このチャンスを逃さぬよう

必死で喰らい付きよじ登ると

まるでナニカから生まれ出るように

外へと排出された。


「ぐぁっはぁっはぁっはぁっ」


やっとのことでナニカから抜け出せた。

ゆっくりと息を整えつつ

力なくその場にへたり込んだ。

ぼんやりと見えていたものが

空だと気付いた時には

大の字で力を使い果たしている自分を

理解したときだった。


「何が起きた・・・」


体を起こし手足に目を走らせるも

何も異常は見受けられなかった。

しかし、つい今しがた、

完全に溺れた体験をした。

実際には、体も服も濡れていない上に、

水を飲んだ感覚もない。

そんな場所さえ見当たらない。

トラウマにすらなり兼ねない

あまりにも恐ろしい体験をした割に

痕跡もなく、苦しかった記憶も

はっきりとは思い出せない。

強制的に無かったことになりつつある。

そう言えば、アヤカはどこに?

抱きしめられたとき、

いつものアヤカの感触はあった。

あのまま意識が堕ちそうになったあの時・・・

そうだあの声だ。

あの暗闇の中、微かに聞こえた声。

あれは間違いなくヘイスケだった。


「あんな悪態ついてたのに

 助けてくれたんだ・・・」


不意に鐘の音が聞こえ、見上げると

あの教会の前に独りで立っていた。


「惰弱なっ軟弱者めっ」

「うわっびびった。

 居たんですか」


「常に見ていると言ったはずだ」


「あっそっか・・・

 助けてくれて、ありがとうございます」


「アヤカのためだ」


「そう言えば・・・何で教会の前に?

 確か、教会でアヤカに逢って

 先に還って、自分の・・・

 あれっ?

 昔、住んでた街の学校の前にいて・・・

 ん?どうなってるんだ?」


「あれほど言われておきながら

 この程度のことで呑まれおって」


「えっ?」


「まだ分からんのか。

 これが侵食だ。

 言われていただろ。

 お前はまだアヤカに逢ってなどいない。

 アヤカはこの教会に居る。

 だが、今お前はアヤカに逢えるのか?

 そんな支離滅裂なお前のままで」


「それは・・・」


「侵食にしろ、お前は自分を省みたはずだ。

 あれは紛れもないお前の深層心理。

 お前が目を逸らしていた

 お前の真の理だ」


「じゃぁ・・・オレは

 自分の真の理を知ったことに・・・」


「図らずもな。

 だが、お前がここに居るのは

 お前の真の理を知るためではない」


「じゃあ・・・」


「ここに導かれたのは

 お前ではなくアヤカだ。

 お前はアヤカの真の理に密接に

 関係していることで

 巻き込まれたに過ぎない」


「オレがアヤカを巻き込んだんじゃなくて

 オレが巻き込まれた・・・」


「そうだ」


「・・・そうか・・ははっ」


「何が可笑しい」


「いや、良かったと思って・・・」


「良かっただと?」


「うん

 てっきり巻き込んだと思ってたから・・・」

自分の事しか考えていなかった自分に

自己嫌悪と恥ずかしさが込み上げたた。

あれが例の侵食だったとしても

アヤカの本心の一つな気がした。

結果はどうあれ、

アヤカを巻き込んだのではないと分かって

少しだけほっとした。

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