第拾と捌の幕 『境界と教会と』
時計から視線を戻すと、
見るからにゴーストタウンな町に
ぽつりと立っていた。
「・・・」
まるで夢でも見ているかのような
目まぐるしくも鮮明な場面転換だが
自分でも驚くほど冷静だ。
冷静だが、順応はできていない。
慣れたのか、実感できてないだけなのか
何れにしろ、この冷静さは
余裕から来てるものではないことだけは
確かだと再認識することにした。
一切の気配が全く無いにもかかわらず
気持ちは非常に落ち着いている。
この静けさに不気味さは無く
吹き抜ける風に息吹を感じた。
朝焼けなのか夕焼けなのか、
そもそもそういうものではないのか、
朱色に染まった空と街並みが
その静けさに反して温かさを奏でている。
立ち止まっては歩き、歩いては立ち止まる。
何かを確かめるかのように彷徨う中、
何処からとも無く鐘の音が聞こえてきた。
「鐘の音・・・?」
「早く行け。
ここは何とかする」
「うわっびびった。
ヘイスケ?
何とかって?」
「そんなことはどうでもいい。
この鐘の音を辿ればいい」
「鐘の音を・・・」
「そうだ。早くしろ」
「わっわかった」
訳も分からずヘイスケに言われた通り
鐘の音を頼りに延々と走った。
次第に大きくなる鐘の音。
体力の限界を感じたその瞬間、
目の前が大きく拓け、小高い丘が現れた。
導かれているかのように、
無意識のうちに登りきっていたその丘の
さらにその先にそれは姿を現した。
大きな教会らしき建物だ。
緩い傾斜の草原をゆっくりと昇ると、
とうとう、その建物の入り口へと辿り着いた。
近くで見るとあまりにも大きい。
入り口の扉、左右両方に十字架が施してある。
直感的に、ここがアヤカの聖域だと悟った。
恐る恐る大きく重厚な扉に手を添えると、
その見た目とは裏腹に何の手応えもないまま
ゆっくりと左右に開け広がった。
眩いばかりの光景と荘厳な空気に
暫くして目が慣れてくると
いかにも教会な光景が目の前に広がった。
ただ、そのスケールは、
外観同様あまりにも大きい。
真正面の奥にステンドグラスに照らされた
祭壇があり大きな十字架が掲げられている。
その右側には、存在感抜群の
金色のパイプオルガンが白が基調の講堂に
品良く違和感無く聳えている。
対して左側には、そのパイプオルガンの
存在感に匹敵するパールホワイトの
カーテンがゆったりと靡いている。
引き寄せられるようにそのカーテンへと
足を向けると、カーテンの向こうに
薄っすらと人影が見えた。
カーテンに手を添えゆっくりと捲ると
レースカーテンのように軽く捲れたが
そこにはまたカーテンがあった。
捲り進んで、もう何枚目かも分からず、
切がないと手を休めたとき、
小川のせせらぎのような音が聞こえてきた。
「水の・・・音・・・」
耳を澄ますと、
心地よい水の流れる音がしている。
カーテンに手を掛けそっと捲ると
「きゃっ」
「うわっ」
「えっ?
ユウキ・・・どうして・・・」
そこには、言われた通り、
一糸も纏わず身を清めていた
懐かしくも見慣れたアヤカの姿があった。
ただ、大きな羽が両肩ごしに伸びており
神々しい光を放っていた。
「アヤ・・・カ・・・」
「こっち見ないでっ」
「えっ?」
「見ないでっ」
「どうした?」
「いいから見ないでっ」
「わ、わかったよ」
目を伏せていると、
一瞬光に覆われたような気がした。
「いいよっ」
その言葉に視線を上げると
そこには見慣れないアヤカの姿があった。
嬉しいことに、どう見ても
さっきより私好みになっている。
先程見えた、大きな白い羽は無くなっていた。
「何でここにいるの?」
「お前が刻冥館で居なくなって
ここだって聞いたから
迎えにきたんだよっ」
「そう・・・」
アヤカの表情が明らかに曇った。
全く想定外の反応だった。
「どうした?」
「ちょっと・・・ね・・・」
「何だよ?話してみろよ」
「ありがとっでも大丈夫っ
こればかりは、自分自身の問題だから。
自分で自分自身のことを理解しないと
他人の気持ちも見えないから」
「真の理とか言うあれか?」
「うんっ」
「アヤカ・・・
あの看板見えてたんだ?」
「うん。
ごめんね、嘘ついて。
たぶん、知られたくなかったのかも。
迷いと言うか不安というか。
だから、ユウキが見えてたのを利用したの。
あのまま、ユウキと一緒に
看板の通りに刻冥館に行けば
その答えが分かると思ってたから。
ユウキにも知られないまま
何事もなかったかのように
答えが見つかって一人で解決できて。
何もかもが上手くいくと思ってた。
でも、そんなに甘くなかったみたい。
楽して何かを得るなんて虫が良すぎるよね。
その結果が見ての通り、今の私。
結局、ユウキもヘイちゃんも巻き込んで
いっぱい迷惑を掛けちゃったね。
いろいろ・・・ごめんね」
「そっか・・・
ちょっと寂しいというか複雑だけど、
でも、迷惑とか全然思ってないから。
誰にでも、
人に言えないことや言いたくないことの
一つや二つあるだろうし。
取り敢えず、お前が無事でホッとしたよ」
「ありがと・・・」
「そう言えば、ここに来るまで
ヘイスケが助けてくれたんだよ。
ちょっと強面の
ダンディなおっさんでさ、
呼び捨てするとすぐ怒るんだよ」
「どうしても石器時代へ行きたいようだな」
「うわっ
びびった」
「ふふっ」
「すいません、ヘイスケ・・・さん」
「ヘイちゃんありがとぉ」
「お安い御用だ」
「ところで、ユウキは見つかったの?」
「あっ、すっかり忘れてた・・・」
「ユウキらしいねっ」
「やかましっ」
「ボンクラ」
「ヘイスケさん、どさくさに紛れて
何気にひどいこと言うのやめてください」
「聞こえたのか」
「皆、自分の悪口には敏感なんですっ」
「気をつけよう」
「そうじゃなくて、言わないで下さい」
「ふふっ
仲が良いね二人とも」
「それはないっ」
「良くないっ」
「それより、気が済んだなら
早く立ち去れユウキ。
時間が迫っている」
「あっ」
時計に目をやると、もうちょっとで
砂が落ちきるところまで来ていた。
「ほんとだ・・・」
「ユウキ・・・私なら大丈夫。
必ず還るから、先に還って待ってて。
心配して来てくれてありがとぉ。
ほんと、嬉しかったよ」
「アヤカ・・・わかった。
じゃ~先に還ってサクッと自分の分を
解決しとくかっ」
「うんっ」
解決しとくとは言ったものの、
何をどうするかなど宛てはなく。
ましてや、自分の『真の理』など
皆目、検討もつかない。
自分に迷いや不安、ましてや
自分自身の深層心理なんて
これっぽっちも考えたことも無かった。
「ほんとに、大丈夫なんだな?」
「うんっ
大丈夫っ」
「分かった。
じゃぁまた後でなっ」
「うんっ」
ヘイスケに言われた通り、目を瞑り
元の世界へと強く念じた。
一瞬、エアーポケットに落ちたかのような
不快感に襲われたが恐怖も不安も無かった。
体に現実味を感じ目を開くと、
元の刻冥館の部屋に還ってきていた。
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