第拾と質の幕 『創世記』

 変わり行く景色に感覚がついていけず

軽い眩暈の中、目を瞑っていた。

次第に収まる揺れと雑多な音。

ふわふわとした不快感をやり過ごし

そっと目を開けると、先程までの街が

広い自然公園らしきものになっていた。


「なん・・・だ?

 ・・・サバンナ?」


容赦なく照りつける強烈な陽射しと

緩い風に漂う懐かしさすら覚える草原の匂い。

そして蜃気楼のように揺れる景色。


「あっちぃ~・・・くは無いか・・・

 眩し・・・くも無い・・・

 なんだここ?

 こんな大草原に独り手ぶらで

 投げ出されても・・・なぁ」


サファリツアーの餌になった気分だ。

このような変貌が度々起こると

心身共に疲弊してしまう。

見つけた手掛かりや痕跡も

その度に意味を成さないとなると、

一刻も早く見つけ出さなくては

心身ともにこちらの身が持ちそうにない。

そう考えていると、

いきなり背後の茂みから音がした。

「うわっ何々っ」


「・・・」


返事は勿論、物音は止んだが気配はある。


「ヘイスケ~

 ん?・・・あれっ?・・・

 いつも見てるんじゃなかったのかよ

 ヘイスケっ」


「2回」

「うわっやっぱいるんじゃん。

 しかも2回?何が」


「呼び捨て」


「・・・すんもはんっ」


一瞬、パニックになりかけたが、

一応、ヘイスケのお陰で還って来れた。

しかし、気配は未だ消えない。

その方向を凝視していると、

ひょこっと何かが茂みから飛び出てきた。


「うわっ」


そこに現れたのは、

この景色に全く似つかわしくない

膝小僧位の背丈の博識を絵に描いたような

気難しそうなペンギンだった。

淵なし眼鏡に蝶ネクタイ・・・

執事かっ。


「何か、お困りで?」

「うわ~っ」


「おやおや、

 また、驚かせてしまいましたかな」


「あっいや・・・

 何となく想定はしてたんですが、

 いざ、実現するとやはり・・・」


「想定ですか?」


「あっいや何でもないです」


ペンギンとは言え、その物言いと貫禄から

勝手に脳が目上・・・と判断したようで

条件反射のように敬語になっている自分に

再び少々、がっかりした。


「そうですか」


「どうも急に起こるアクションには

 昔から体が慣れなくて・・・」


「おや、それは難儀な」


「あっ気にしないでください。

 いつものことなんで」


「そうですか・・・

 治るといいですなぁ」


「ありがとうございます」


「申し遅れましたが

 私、ピエール・モッツァレラと申します。

 以後、お見知りおきを」


チーズ・・・


「こっこちらこそっ

 私は、カスガイユウキと言います」


「カスガイユウキ様・・・ならば

 カス様とお呼びしてもよろしいですか?」


「・・・却下。

 出来れば、いや出来なくても

 違う呼び名がいいなぁ。

 因みに、苗字がカスガイで

 名前がユウキと言います。

 カスは嫌かもです。

 でも・・・

 慣れればカッコイイのかなぁ」


「冗談でございますよ。

 ではユウキ様とお呼び致しましょうかね。

 響きが良い上に呼びやすい」


「・・・ありがとうございます」


この風景とペンギン・・・

もはや、何でもありだ。

考えてもみればアヤカの世界なだけに、

想定内と言えば想定内か。


「で?

 ここに居られるということは

 アヤカ様のお知り合いで?」


「えぇ、まぁ」


「そうですか。

 もう、お逢いになられましたかな?」


「いえ、探してるんですが・・・」


「そうでしたか。

 アヤカ様でしたら、この先の教会で

 身を清めておいでですよ」


「そうなんですかっ」


「しかし、今はお止めになったほうが」


「何故です?」


「一糸も纏われておりませんので」


「なら大丈夫ですよ。

 幾分見慣れてますから」


「それはそれは。

 では、お試しになられますか?」


「試す?

 何をです?」


「自信がおありならお行きなされ」


「自信・・・ですか?

 ってか、試すって何を試すんですか?

 しかも自信って?」


「教会は、あちらの方です」


「無視ですかっ?


「お気をつけてっ」」


「徹底的ですね・・・

 でもまぁありがとうございます。

 行ってみます」


ピエール氏が見守る中、

指し示された方角へと向かった。

見晴しの良いまばらな草原、

建物らしきものは一切見当たらない。

どういうシチュエーションで

教会と出くわすか見当も付かない。

と言うより、出くわしそうな気がしない。

ピエール氏と別れて10分程経っただろうか、

急に眼前に大きな湖が広がった。


「うわっ

 オアシス?

 湖かこれ?」


対岸すら見えない。

サバンナに広大な湖・・・

意表を突いて海だったりとか・・・

ちょうど喉が渇いていたが

流石に飲むのは躊躇する。

この時点で、

まだ切羽詰っては居ないのだと

少しほっとした。

辺りを見渡すと、水場にも拘らず

動物の姿も一切見当たらない。

別に不思議と言うほどでもないが

若干違和感を感じた。


「さて・・・

 水辺沿いに歩いて行くか、

 意表を突いて泳いで渡るか」


時計は容赦なく時を刻む。


「水中は怖いから歩こっ」


と思った瞬簡にすっと水場が消え去った。


「えっ?・・・

 ありっ?

 無くなった・・・

 今のが蜃気楼か?

 初体験だ・・・」


海だったらとか、ワニが居たらとかの

心配は一瞬にして消えたが、

再び目の前に容赦なく広がる

広大なサバンナに少々げっそりした。

まるっきり砂漠ということもなく、

陽射しも赤道直下という程でもない。

中途半端にだるきつい。

こんな状況で、あんな広大なオアシスが

一瞬で消えると、流石に凹む。

兎に角、ここにじっとしてても

干からびるだけだ。

例の時計を見ると

既に三分の一ほど落ちていた。


「はやっ」


何の手掛かりもないまま

サバンナを歩いていると目の前から

何かが土煙を上げて

こちらに向かってくるのが見えた。


「ジープか?」


目を凝らすと何やら人間っぽい。


「ん?・・・アヤカ・・・?」


近づくにつれ視認できるようになった。

完全にアヤカに怒られる。

何せ、それは若干スマートな

二足歩行のサイだったのだから・・・

しかも、全速力だ・・・

パンツだけ履いてるとこ見ると雄・・・

だんだんと近づいて来る。

予想通りこちらにまっしぐらだ。


「さて、どうしたものか・・・ 」


縦横無尽に逃げまくる。

→体力に自信がないので却下。 


直前で左右どちらかに避ける。

→優柔不断につき却下。


止まるよう促す。

→サイ語がわからない時点で却下。


背負い投げする。

→既に膝が笑っているので却下。


吹っ飛ばされる。

→元々、何かをされる筋合いは無い上に

 何故、私がサイの体当たりを

 喰らわないといけないのか意味不明な上に

 骨かと思っていたら毛の塊だという

 あの尖った角を見る限り、

 吹っ飛ばされるだけじゃすまない上に

 そもそも違うがハリケーンミキサー状に

 なるのが容易に想像出来る上に・・・

 いっそのこと『ごめんなサイっ』と

 叫んでみるか・・・な上に

 既に思考回路はおっさん化してる上に

 

要するにパニックです。


「!!!っ」


そんな妄想で現実逃避していたら、

予想を遥かに上回る早さで到達。

結論、やはり吹っ飛ばされた。

痛みは感じなかったが意識が飛んだ。


目を覚ますと、今度は遊園地らしき所に居た。

しかも、アニマルパラダイスだ。

カバのピエロに家族連れのキリン。

ジェントルマンなウサギの係員に

お約束のような犬のおまわりさん。

猫もいればパンダも居る。

名前を知らない動物も居るし、

空中には鳥に混じって魚が群遊している。

流石だ。何でもありだ。

これぞザ・アヤカだ。

しかし、ニンゲンは一人も見当たら・・・


「アヤカっ?」


ベンチに腰掛けて誰かと話しているようだ。

近づくと、それはリスのカップルだと

いうことが分かった。

どうしてリスがアヤカに見えたのだろうか。

そんな疑問は他所に、一応念のため

そのリスの片割れに話しかけたが

リス語?で返事をされた。


「そう来たか。

 さっぱり分からんっ」


そうか、どうりでアヤカはヘイスケの

言いたいことが分かるのか。

自己解決だが妙に納得できた。

このハッピーパラダイス、

楽しげで何とも居心地がいい。

アヤカの世界だと言われれば

『でしょうね』と素直に納得できる。

見学して回れば、アヤカの天然の根源が

わかるかもしれない。


「そんな場合か」

「うわっ・・・ヘイスケ?」


「またかっ」


「何が?」


「呼び捨てっ」


「あっ、すいません・・・」


「お前の今回の目的はそこじゃないだろ」


「そうなんですか?」


「そうなんですかって・・・

 もういい、好きにしろっ」


「何で、そんなにすぐ怒るんですか?」


「怒ってないっ」


いやいや、普通に怒ってるし・・・

そんなやり取りの中、左手に振動を感じた。


「ん?」


見ると、砂時計が薄っすらと碧く光っていた。

中を覗くと、既に半分以上の砂が落ちており、

時間が無いことを諭された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る