第拾と陸の幕 『真相心理』
「では、行ってきます」
一呼吸置いてパネルに手のひらを当てた。
予想外に温かく柔らかかった。
目を瞑った瞬間、
急激に意識を吸い込まれ始めた。
「アヤカ、アヤカ、アヤカ・・・」
薄れていく意識の中、
呪文のようにアヤカの名前を繰り返した。
次第に、辺りが漆黒に侵食され始め、
自分自身が何かと混ざる感覚に
心地良ささえ覚え、
すっと堕ちるかのように意識が遠ざかった。
気が付くと、何の気配も無い
見知らぬ街の十字路の真ん中に
ただ独り立っていた。
「・・・ここ・・・は・・・」
「おい」
「うわっ」
完全に意表を突かれた。
慌てて声の主を探したが
どこにもそれらしき姿は無かった。
「今のは・・・」
声も話し方も聞き覚えはない。
声からすると中年のおっさん
といった感じだった。
もしかして早速、白血球のお出ましか?
「失せろ」
「うわっ」
まただ。やはり姿は無く、声だけだ。
おちょくられているんだろうか。
「誰かいる?」
「あぁ」
「うわっ」
まさか、素直に返事が来るとは・・・
お陰さまで、素でびっくりした。
敵意らしきものは感じない。
このおっさんが例の水先案内人だろうか。
「そうだ
だが、おっさんではない」
「うわっ」
何故、耳元なんだ。
ってか心が読めるのか?
「波長が合えばな」
「うわっ」
「いちいち五月蝿いぞ。
臆病者め」
「臆病者じゃないっこれは条件反射だっ。
小さい頃からのっ」
「どうでもいい。
ところでお前、
他人の世界に土足で踏み入るなど、
中々いい度胸してるじゃないか」
「えっ?
そんなつもりじゃ・・・
ここはアヤカの世界じゃない?」
「お前に言う必要は無い。
お前が誰であれ、
その行為は許されることではない。
今すぐ出て行け」
「出てけって言われても
アヤカを連れ戻すまでは・・・」
「それはお前の身勝手な傲慢だ」
「傲慢?私のどこが?」
「自分の世界観でしかモノを判断できぬ。
自分の答えが最善だと信じて疑わぬ。
それゆえ、相手が見えてはおらぬ。
これが傲慢では無いとしたら
何だというのだ」
「言われればそうかもだけど・・・
でも、誰だって相手にとってこれが
最善のことだと感じたら
そう感じた通りに行動するはずだよ」
「おこがましいにも程がある」
「そんなの分かってる」
「いいや、分かってなどいない。
相手の気持ちはどうでも良いのか?」
「そうは言ってないしっ
アヤカのことを想って
俺なりにちゃんと考えて出した答えだよ」
「なら、お前の行動はアヤカにとって
最善の結果を生むと言い切れるのだな」
「極論過ぎるよ、さっきから。
絶対とか有り得ないし、
そんなこと言ってたら何も出来ないよ。
もし、違ったら
また考えればいいだけのことでしょ」
「今回に『また』はない。今この時限りだ。
人生には、そういう場面が何度かある。
所謂、岐路だ。そして、正に今この時
この瞬間が岐路に他ならない。
これがお前だけの人生なら
お前が考えて、お前が答えを出し、
お前自身が信じて突き進むことは
一向に構わん」
「なら何も問題ないでしょ」
「ここまで言って分からんか」
「お互い、考え方が違うんだよ。
全く同じ考えを持つ人間なんて
居ないと思うし・・・
もういいでしょ?
アヤカは今何処に?」
「聞く耳も持たん奴に教えることなどない」
「・・・アンタも頑固だな。
あっそう言えば、還り方聞いてない・・・
どうやって還ればいいんだ?」
「還りたいと心から願えばいい」
「そうなんだ。ざっくりシンプルだなぁ~
仕組みは来た時と似たようなもんかぁ
ってか意地悪なくせに親切だね」
「還り方が分かっただろ。
さっさと還れ」
「それより、アンタ何処?
アンタはそもそも誰?
何でそんな上から目線なんだ?」
「さっきからここに居るだろ
お前の目の前にな」
「うわぁ~・・・
あれっ?
ヘイスケっ?」
「誰がヘイスケだ」
その声の主はいきなり私の目の前に居た。
声に見合ったダンディなおっさんで
上から目線の気難しそうなヤツだ。
しかも、直感で人間ではないと分かった。
そのルックスにほんの一瞬気圧されたが
良くよく見ると、
どことなくヘイスケの面影がある。
この瞬間、ヘイスケが水先案内人だったと
いうことを思い出した。
「いや・・・
ヘイスケ・・・ですよね?」
「お前が勝手にそう呼んでいただけだ」
「なんだ、
やっぱヘイスケじゃないですか」
見た目で普通に応対が変わってる自分に
残念感が半端無かったが、
明らかに目上だからしょうがないと
無理やり自分に言い聞かせた。
「名乗るのも面倒だ。
好きに呼べ」
「じゃ~遠慮なくヘイスケでっ」
「呼び捨て・・・」
「ヘイスケ・・・さんで・・・」
「それより、早く還れ。
ここはお前が来ていい場所ではない」
「さっきも言いましたけど、
アヤカに逢って話すまでは・・・
いや、連れ還るまでは
絶対に還りませんっ」
「強情な奴め。お前の意思など関係なく
強制的に別の時代に吹き飛ばすことも
可能なんだが・・・
まぁ、この件と
全く無関係と言う訳でもないゆえ
今回だけは見逃してやる。
色々と自分の目で確かめて見るがいい。
ただし、居場所は教えん。
制限時間内に自分で見つけ出せ」
「ありがとうっ。
そして・・・ケチっ」
「何か言ったか」
「あいがとさげもすっ」
「誰がケチだ」
「聞こえてるじゃん」
「・・・さっさと行け」
そう言うとヘイスケの姿が一瞬で消えた。
「常にお前を見ているからな。
もし不可解な行動をとったら
石器時代で生涯を終えると思え」
「石器時代て・・・」
ストーカーかっ・・・
それより、アヤカを探さなくては。
生命の存在を全く感じないこの街で
何を手がかりにどこに行けと・・・
「アヤカ~」
思いっきり叫んでみたが
案の定、返事は無い。
この都会でもなく、田舎でもない
どこにでもありそうな平凡な街で、
しかも誰もいないこんな場所で
どうやって自分探しなどと言う
高尚な旅が出来るのだろうか。
それを探すとなると
かなり骨が折れるのが容易に想像できる。
いや、もしかしたら逆に簡単か・・・
動くものや気配だけに神経を遣えば
意外と容易く手掛かりを掴めるかも。
そんな矢先、一瞬微かな気配を感じ
後ろを振り返ると、アヤカらしい後姿が
アーケードのある通りの方へ
走り去るのが見えた気がした。
「アヤカっ」
名前を呼び、後を追ったが
アーケードの筋を曲がった途端、
軽い眩暈のような揺れと共に
風景が少しずつ様相を変えはじめた。
「おいおいっ・・・何だこれ・・・」
まるで意思でもあるかのように
それぞれが思い思いの形へと
変貌を遂げようとしていた。
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