第拾と伍の幕 『決意』

 時計も無いこの部屋で何を見て

思い出したのかは分からないが、

何だ、このいかにもな展開は。

独り、部屋に残されたが

この部屋を出る気にはなれなかった。

アヤカか確証のない人形、

ホイとか言う御老体の言葉、

それらを信じた訳ではないが

直感的にそうしたいと感じた。

5分程、アヤカの躯と無言のまま

対峙していたが何も変化は無かった。

「先程は失礼致しました」

「うわっ」


何で現れる時はドアからではなく

真後ろからなんだ。


「これはこれは、

 またまた驚かせてしまいましたかな」


「えぇもう少しでご臨終するとこでしたっ」


まだ心臓がバクバクしている。

次、体験したら確実に心肺停止だ。


「重ね重ね、失礼致しました」


「いえ・・・ところで、

 さっきの話の続きですが・・・」


「あぁそうでしたな」


「パネルに触れると

 アヤカの意識体と繋がる

 と、ここまでは聞きました。

 そのあと、『ただし』という

 一番重要そうな部分でまさかの放置。

 パネルに触れたくても

 触れなかったじゃないですか」


「これはこれは失礼致しました」


「で、どうなるんですか?」


「アヤカ様に逢いたければ

 パネルに触れたうえで

 うおっ・・・?」


「ん?どうしたんです?

まさか、また何かの時間ですか?」


「・・・忘れました・・・」


「ずこ~っ

 って、昭和なノリになるとこですよ。

 いや、なっちゃってましたね・・・既に。

 じゃなくて・・・」


「冗談ですよ」


「あの、これでも焦ってるんですけど・・・」


「これはこれは失礼致しました」


ところどころ、デジャブ体験な会話だ。


「でっ、今、何と?」


「いや、だからかなり焦ってるんですがっ」


「いやいや、その前です」


「その前?・・・全く覚えてませんっ」


「なにを?」


「いや、だからその前に言ったことをですよ」


「誰が?」


「オレがですよっ」


「アヤカ様に逢いたいと?」


「また、急な展開ですねっ。

 さっきからそう言ってるつもりですけど」


「ならば、このパネルに触れると

 いいですよ。ただし・・・ただし・・・」


「おいおいおいっ今度は何です?

 もしかして本気で忘れたんじゃ?」


「ただし・・・」


「ただし?」


「ただし?」


「オレに聞かないでくださいよっ」


「ただし・・・あっ」


「やっと思い出してくれました?」


「ただし、貴方も人形になりますよ」


「・・・それ、かなり前に聞きましたよ。

 その先ですよ、『ただし』を使うのは、

 その先の話で出てきた言葉です。

 まぢで、忘れたとか?」


「失敬なっ」


「もう、いい加減教えてくださいっ

 こうしている間にも

 アヤカがどうなってるのかっ

 早く助けないとっ」


「助ける?どうしてです?」


「いや・・・だから

 人形にされたんでしょ?」


「人形になったとは言いましたが

 されたとは言ってませんよ」


「???じゃあ、アヤカが望んだと?」


「それは私にもわかりません」


「もう訳が分からなくなってきた。

 兎に角、このパネルに触れれば

 私も人形になれるんですよね?

 その後ですよ。

 人形になってもアヤカに逢えずに

 ただ、アヤカっぽい人形の横で

 私っぽい人形が並んでても

 意味ないでしょ。

 私は人形に成りたいんじゃなくて

 アヤカに逢いたいんですよっ

 正確には、連れて戻りたいんですっ」


「アヤカ様もそれを望んでいると?」


「もちろんです 何でです?」


「貴方はそうかもしれませんが

 アヤカ様も同じ思いなのかと思いまして」


「当たり前じゃないですかっ」


「何でわかるんです?」


「何でって・・・」


「先程から申してる通り、

 簡単に逢いに行かせる事はできます。

 しかし、それが貴方が望む結果になるとは

 限らないのですよ。

 それでもよろしいのですか?」


「大丈夫ですよっ帰りたいに決まってます。

 このパネルに触ればいいんですか?」


「えぇ、しかし、その前に

 幾つか注意すべき事があります。

 まず、パネルに触った瞬間、

 貴方は自身の躯から強制的に引き離され

 無防備な意識体となります。

 基本、どこにでも自由に行けますが

 大変脆いため寄り道は命取りです。

 とは言え、

 寄り道などほぼ出来ないんですがね。

 脱いだ躯は人形に戻り

 貴方の帰りをここで待つこととなります。 貴方の意識体はそのままの状態で

 アヤカ様と融合する訳ですが

 融合し、アヤカ様の世界に入った後も、

 注意しなければならない事があります。

 まずは、守るべきことが二つ。

 一つは、留まれる時間が決まっていること。

 これは、潜在の砂時計で解ります。

 これがそうです。

 どうぞお着けください」


そう言うと砂時計式の腕時計を手渡された。


「その砂時計の砂が堕ち切ると

 強制的にここへと戻され

 滞在中の記憶も消されます。

 そして、2度とアヤカ様の

 潜在意識に潜ることは出来なくなります。

 くれぐれも時の流れを見失わないように。

 二つ目は、アヤカ様の潜在意識、

 つまり今から貴方が向かおうとしている

 その世界に必要以上に干渉しないこと。

 し過ぎると、アヤカ様に

 支障をきたす場合がありますので

 慎重に行動してください。

 破壊や創造など、もってのほかですよ」


「わかりました」


「とは言っても、

 簡単にそうはさせてもらえませんがね。

 そして貴方にとっての障害が二つ。

 一つは、アヤカ様の潜在意識が

 貴方をいち侵入者とみなし

 排除しようとすること。

 皆さん、ご自身の潜在意識には

 守護者が存在します。

 自身の主を守るためには

 手段を選びませんし容赦もしません。

 簡単に言えば、貴方は細菌で

 守護者は白血球ということになります。

 全力で貴方を滅殺にかかります。

 しかも守護者は複数体おりますので

 常時お気をつけください」


「もし滅殺されたら?」


「貴方という存在そのものが

 全ての世界で完全に消滅します。

 所謂、無になるのです」


「無?

 想像できないなぁ・・・」


「でしょうなぁ

 無とは永遠の謎です。

 答えすらない・・・それが無ですから。

 第三者からすれば無くなっただけですが

 当の本人にはどうなんでしょうな」


「なんか・・・怖いなぁ」


「それ程の覚悟が必要になるということです。

 もう一つは、アヤカ様の潜在意識自体が

 貴方を侵食し取り込もうとすることです。

 守護者のそれとは違い、

 自分以外のものを

 時間を掛けゆっくりと取り込み

 自分の一部にしようとする

 自然淘汰が起きます。

 どちらかと言えば、こちらの方が厄介です。

 いつ始まるのかも解りませんし

 それこそ、いつの間にか

 無に成っているかも知れないのですから。

 いずれも、本体となる方の

 性格や深層心理に左右されますから

 具体的にどうなるかは解りませんし

 それゆえの対処法もありません。

 このように、貴方にとっては

 不利益なことばかりですが、

 それでも、本当に試したいですか?」


「もちろんっ。確かにそれを聞いて

 不安も恐怖もかなり大きくなりましたが

 行かないという選択肢は

 やっぱりありません。

 行って、必ず連れ戻しますっ」


「わかりました。

 では、

 アヤカ様のパネルに触れてください。

 くれぐれも忘れぬよう。

 強く、深く、

 アヤカ様を望むのですよ」


「はい」


絶対、大丈夫っ

私たちは理解しあえているんだから。

そう今までなら

なんの疑いも無く思えていたが、

先程芽生えた猜疑心が

いくつもの疑問を投げかけてくる。

しかし、色々考えてもしょうがない。

自分の気持ちを信じると腹をくくった。

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