第拾と肆の幕 『人ならざるモノ』
「アヤカ様と言うお名前ですか?
このお嬢さんは?」
「うわぁ~」
「これはこれは、失礼致しました。
びっくりさせてしまいましたかな」
「いえ、大丈夫です」
「私はここの館主で
ピエール・ホイと申します」
と、胸に手をあて深く頭を下げた。
この館の時代背景と名前、
それにこの奇抜な出で立ち。
宣教師ですか・・・?
知識が浅い私としては、
いっそのこと、ザビエルの方が
親しみやすいのだが。
「こちらのお嬢さんの
お知り合いの方ですかな?」
「えぇ・・・まぁ」
既に頭の中が純白だ。
いきなり耳元で声を掛けられるわ、
分厚いシャンプーハットを首に巻いてるわ、
沙悟浄みたいな髪型に
フィット感抜群そうな
蓋のような帽子を被ってるわ、
名前もルックスも異国人なのに
私より流暢な日本語だわ、と
色んな好条件が揃い踏みだ。
このシリアスなシチュエーションで
この出で立ちはある意味反則だ。
しかも、ホイて・・・
一体何のバツゲームだ。
「失礼ですが、
こちらのお嬢さんとのご関係は?」
「あぁ・・・恋人です」
「それはそれは。
で、今日はどのようなご用件で
来られたのですかな?」
「色々と訳アリで・・・」
「訳アリ?」
「すいません。
話すと長くなるので・・・」
「何も謝る必要はございません」
「えぇまぁ・・・」
「そうそうっ
元々、ここには別な子がおりましてな、
彼は今回、貴方方の
水先案内人となっております。
貴方方が初めてこの城に入城した際、
役目を全うすべく動き出したんです。
だから、あの時はもう
ここは空席だったでしょう?」
「えぇ」
「貴方方は、彼と共に導かれるように
再びここへと戻られた。
今、彼はお嬢さんと一緒に居ります」
「でも、アヤカが何で人形なんかに・・・」
「このお嬢さんは
それを願っておいでだったからです。
勿論、ここで急にそうなるとは
思いもしなかったでしょうが」
「人形になることを願ってたんですか?」
「いえいえ、そうではありません。
人形はある目的を成就するための
通過点に過ぎません」
「じゃあ、アヤカには叶えたい何かが」
「はい。そういうことになりますね」
「何か願いがある人がこの部屋に入ったら、
人形になるんですか?」
「人形になるという表現は違うのですが
途中経過だけをみれば
そういうことになります」
「途中経過・・・」
「貴方はここに来れてる時点で、
ここへ来た理由はお分かりですな?」
「あの、看板に書いてあった・・・」
「えぇそうです。
真の理が見えていない方で
それを知りたいと望む方と
その理に深く拘る者だけが
ここに存在できるのです。
つまり、ここにおいて偶然はないのです。
必ず、条件をクリアしていなければ
ここには存在し得ないのです」
「えっ?じゃあ、
オレがアヤカを巻き込んだか、
若しくは、アヤカもオレと同じ・・・」
「それは私には解りかねますが」
「でも、アヤカには
看板は見えませんでしたよ」
「何故、言い切れるのですかな?」
「アヤカがそう言ってましたし
何より嘘をつくようなヤツじゃないから」
「そうですか」
「・・・」
その瞬間、今まで感じたことのない
不快な感情が芽生えた。
猜疑心・・・
認めたくは無かったが
初めて、アヤカに猜疑心を抱いた。
「その者の人生において
重大な決断をする際に
心に不安や迷いがあると
自然とこのパネルに触れたくなるのですよ。
まぁ、ここに辿り着いている時点で
十中八九触ることになりますが。
そして、触れた瞬間、このように、
本質が自身の中に旅立つため
抜け殻である躯が残るのです。
本来、躯は全て同じなんです。
なので、本質が躯を見失わぬよう
パネルに名を残すのです。
今、このお嬢さんは
自身の中で旅をしておられる。
答えを見つけるための大切な旅を」
「心に宿る不安や迷い・・・
その答えを見つける・・・旅・・・」
「そうです」
この予想だにしなかった言葉に唖然とした。
アヤカの心にどのような不安や迷いが
あるのだろうか。皆目、見当もつかない。
「その旅が終われば
元通り、人間に戻れるんですか?」
「えぇもちろん。
ただし、真の理がみつかり、
その上で戻りたいと願えばの話ですが・・・
何せ、自分自身を旅するわけですから」
「見つからない場合は?」
「永遠に彷徨い続けることになります」
「永遠に・・・」
「はい」
この言葉に、
改めて周りの人形へと目を走らせた。
「うわっ」
そこには、さっきまでの無表情とは違い、
まるで、終わりのない旅に希望を失い、
疲弊しきっているかのような
表情を浮かべた人形達がいた。
「ご覧の通り、ここにいる方々は
皆、自分探しの旅に出ておいでです」
「ここの皆がですか?」
「はい。独りで旅してる方もいれば
お連れの方が後を追ってる方も居ります。
幸い、この部屋の方々は
出発されて日が浅い方ばかりです。
今のところは・・・ですが」
「さっき、憔悴してるように見えたんですが」
「それは、不安からの錯覚でしょう。
実際、今の状態では
原動力すら入っておりませんから」
「原動力・・・」
「はい」
「今この中に、長い間彷徨ってる人は
いるんですか?」
「いいえ。ここには居りません。
お隣には10年以上戻られていない方が
数名いらっしゃいますが。
実際、百年以上戻られなかった方も
過去いらっしゃいましたよ」
「という事は、百年過ぎてから
還って来た人が居たってことですか?」
「はい。ただし、ここの人形つまり躯にも
百年という維持期限があります。
とは言え、あちらでの百年は
こちらでは1日にも満たないのですが。
あちらでの百年を超えた方は
ここでの体は無条件に没収され、
次の御霊の器となります。
戻るべき体を失った方は
ここでの記憶も同時に失くされるので
永遠に自我と言う箱庭で
宛てもなく目的もなく転生も出来ぬまま
ただただ彷徨うだけとなります。
しかし、場合によっては
それは幸せなのかもしれません。
何せ良くも悪くも
自分自身を旅するわけですから・・・」
「・・・」
「これを聞いてなお、
アヤカ様を探しに行きたいと仰るなら、
方法は教えて差し上げます。
ただし、逢える保障はないですが」
「構いませんっ
教えてくださいっ」
「それなりの覚悟がおありのようですな。
分かりました。
そこまで仰るなら、お教え致しましょう。
アヤカ様の足元にあるパネルに、
貴方ご自身が想いを込め触れることで
貴方の名前と意識がアヤカ様に刻まれ、
そして、受け入れられることで
ここの貴方ご自身も元の躯に戻ります。
つまり、この世界での仮初めの
体を脱ぎ捨て、純然たる意識体のみで
アヤカ様の意識体と繋がるのです。
ただし・・・おっ、これはこれはっ
もうこんな時間でしたかっ
私としたことが。
暫しお待ちください。
所用を済ませて参ります」
「えっ・・・あっちょっと」
ホイと名乗った御老体は
何かを思い出したらしく
慌てて部屋を出ていった。
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