第拾と壱の幕 『デジャブ』

「今日・・・どうしよっかぁ」


「取り敢えず

 道がある以上進むか戻るか・・・

 ガソリンが気になるっちゃぁ気になるが、

 まぁ最悪、道路の真ん中で止っても

 誰にも迷惑はかからないだろうしな。

 ガソリンと周りの状況見ながら

 進んでみるかっ」


「うんっ

 ユウキにおまかせっ」


悪天候の山道、ヘッドライトを点け、

恐らく制限速度以下でゆっくりと

車を走らせた。叩きつけるような雨の中、

黒い影のようなものが近づいてきた。


「何だあれ?」


「黒いねぇ」


進むにつれ、輪郭がはっきりしてきた。

トンネルだ。

こないだのトンネルとは明らかに違う。

しかし、入り口に近づくにつれ

あの感覚が脳裏を過ぎった。

嫌な予感程よく当たると言うが

まさしくその通り、

トンネル内に入った途端、

あの生ぬるい感覚が纏わりついた。


「なぁこないだもだったけど

 トンネル入ると空気変わるよな?

 何かこう纏わり着くと言うか

 生温かいというか・・・」


「ん?そ~ぉ?

 全然感じないけどぉ・・・

 ヘイちゃんはどう?

 何か感じる?」


首を横に振るヘイスケ。


「ヘイちゃんも感じないってさぁ」


「オレの気のせいかなぁ」


「気のせい気のせいっ」


もっと真剣に・・・とも思ったが、

昨日の今日でまた繰り返すのは芸が無いと

黙ってやり過ごした。

そんな思いを他所に、こないだと同じで、

トンネルを抜けてからも

その生ぬるい感覚は消えなかった。

デジャブのような感覚に

少しの期待と不安が入り混じったが、

その感覚も一瞬で吹き飛んだ。


「おわっ

 なんだこりゃっ」

「わぁ~きれぇ~」

「!!!っ」


目の前に一面の春が広がった。

視界に入るあらゆる所に

満開の桜が埋め尽くされるように咲いており、

雲ひとつ無い快晴な空との色合いが

とても印象的な光景として目に焼きついた。

トンネルに入る前とは何もかもが違う。

そあまりの光景に目を奪われたが

同時に、まだ戻れてはいないということも

思い知らされた。

先程感じた期待はあっさりと裏切られ

不安だけが残ったが

目の前の光景にそれも薄らいだ。


「いろんな意味で別世界だな・・・」


「すごいすごいすごいっ

 見てみて~一面ピンクだぁ~」


アヤカは純粋に驚き喜んでいる。

ヘイスケは驚いた表情のまま固まっている。

自分だけ妙に冷静で

取り残された感が半端ない。

目の前のあり得ない光景に

心を奪われ感動するなんて余裕すらない。

二人に呆れつつも少し羨ましかった。

春色の景色の中、暫く走っていると

見覚えのある看板が出てきた。


「あっ」


「ん?」


「ほら看板・・・」


「あぁ・・・

 前にユウキが言ってたのこれ?」


「あぁ」


今度は看板前に車を停車させた。


 『刻冥館』

 概ね百メートル進むと左側に

 木製の手作り看板があります。

 とは言え、

 皆が皆見える訳ではありません。

 真の理が見えていない方だけに

 見える看板です。

 もし、貴方に見え

 真の理を知る勇気があるのであれば

 迷わずその看板に従い進んでください。

 貴方の知り及ばぬ大切なモノが

 きっと見つかることでしょう。

       館主 ピエール・ホイ


「真の理?」

「真の理?」

「うわっ

 だからっ何で耳元で言うんだよっ

 鳥肌がそのうち蕁麻疹になるぞっ」


「かゆそぉ~」


「いや・・・

 問題はそこじゃないだろ」


「えへっ」


「まったく」


「でも、難しいこと書いてあるねぇ

 全然意味わかんなぁい」


「これ見る限り、

 オレは該当者になるんだな・・・」


「真の理が見えていない人のこと?」


「あぁ

 でも、見たいとか知りたいとか

 ましてや勇気があるとかじゃなくて

 ただ、惹き付けられるように

 曲がっただけなんだけどなぁ」


「勇気とユウキ・・・むむむ・・・」


「おいっ

 無理して面白いこと考えなくていいぞっ」


「えへっ

 なぁ~んにも思いつかなぁい」


「それは何よりだっ」


「ねぇ~

 行ってみようよぉ」


「そうだな・・・

 ついでにヘイスケも還すかっ」


「!!!っ」

「えぇ~やだぁ~」


「冗談だよっ」


アヤカより先にヘイスケが反応した。

いつもの驚愕の表情でこちらを凝視している。

『まぢでごわすかっ』

今回はこう言ったことにしとこう。

ヘイスケを還す云々は別にして

何も手がかりが無い今、

取り敢えず怪しい場所は調べるに限る。

一応、看板を写メに収めて車を出した。

暫く走ると看板に書かれていた

看板が出てきた。何気にややこしい。


「あった。これだっ」


「えっどこ?」


「ほらっそこにあるじゃんっ」


車道脇の看板を指差した。


「ん?

 わかんないよぉ

 どこぉ?」


この時、看板の内容が頭を過ぎった。

皆に見える訳ではないと確か書いてあった。

看板の真ん前に車を停めて

改めて指し示したが

やはり、アヤカには見えなかった。

そうわかった瞬間、体中を鳥肌が襲った。

重厚な恐怖を肌で感じたような気がした。

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