第拾幕 『キズナ』

「お前の本当の名前、

 何て言うんだろうな、ヘイスケ。

 お前はアヤカのことが

 気に入ってるようだから

 改めてちゃんと話しとくな。

 オレはユウキ、こいつはアヤカ。

 オレ達は付き合って5年になる。

 最近、思うところがあって

 二人で旅行することにしたんだ。

 紅葉を見たり温泉を楽しんだりな。

 その旅行の二日目が今日だ。

 いつのまにか山の中を走っててな、

 途中で看板が出てきたんだ。

 その看板に誘われるように

 辿りついたんだよ。

 たぶん、お前が居た場所、

 『刻冥館』にな。

 なんとも意味ありげなメッセージと

 お前との出会いで今ここにいる。

 まぁ、お前にとっては

 全て想定内なのかもしれないけどな。

 アヤカは端からお前のこと

 受け入れてるが、オレはまだ無理だ。

 普通に考えれば理解不能だよ。

 今起きていることもお前の存在も。

 オレ自身、アヤカと一緒じゃなけりゃ

 お前から逃げるかフルボッコだ。

 オレもお前も、

 アヤカに助けられてるのかもな。

 ただ、約束して欲しいんだ

 コイツを泣かせるようなマネだけは

 絶対にしないでくれっ」


ヘイスケは微動だにせず聞き入っている。

ただ、瞬きをするヘイスケに

少しだけ不信感が溶けた気がした。


「アヤカが怒ったのは久しぶりだ。

 まぁ、元々仲は良い方だけど、

 凄く新鮮だったよ。

 でも、お陰で少し気付けたかな。

 最近のオレは、

 アヤカと距離を置いてたことに。

 嫌いとか、冷めたとかじゃないんだ。

 慣れて安心しきってたのと、

 本音でぶつかって嫌われるのが

 怖いんだよ、今でも。

 怒らせるのも怒るのも、

 ましてや喧嘩なんて大嫌いだけど

 それは向き合ってるからこそ、

 分かって欲しいからこそ

 生まれる感情だって忘れてたよ。

 他人が一緒に居れば、

 それも一緒に居る時間が長かったり

 身近に感じる相手だったりすれば

 互いのことを分かってる気になってて、

 でも、実際はそれは思い込みで、

 自分に都合よく解釈してるだけ。

 言わなくてもお前ことは分かるとか

 理解のある大人を演じて

 ぶつかるのが怖いだけの臆病者なんだよ。

 思った事をちゃんと伝えられずに

 オレが我慢すればって良い人ぶって、

 でも、本当はその相手のほうが

 何倍も我慢してて、

 時には傷つけていたかもしれない。

 オレはそれに気付けなくて。

 いつの間にか、離れてる心の距離を

 心地よさと勘違いしてた。

 ちょっとしたきっかけだったけど

 これに気付けたのは

 オレにとって大きな財産だよ。

 ありがとな、ヘイスケ。

 アヤカにもちゃんと伝えようと思う」


ヘイスケは何も言わず

そのまま外へと視線を流した。

その仕草は人間そのものだった。

そのまま、互いに眠ることなく

かといって会話するわけでもなく、

車内には、アヤカの寝息だけが

心地よく聞こえていた。


どれ程の時間が経ったろう、

外の様相がゆっくりと変わり始めた。

限りなく漆黒に近い紫色した満天の星空が

やがて、明るみを帯び

見る見る、浅い水色になる頃、

丁度、目の前の山に朝日が昇り始めた。

光が影を飲み込むように朝が訪れた。


「朝か・・・

 ここにも普通に時間が流れてるんだな。

 おはよう、ヘイスケ」


「・・・」


ヘイスケは、口をアクアクさせて

お辞儀をしてみせた。

どうやら、返事をしてくれたようだ。

しかし、顔を上げると

すぐさま、視線を外へと逸らした。

まだ、照れくさいのか

それとも、ただ勢いでしてしまったのか

いずれにせよ、互いの距離が縮まるには

もう少し時間がかかりそうだ。

朝日が照らすアヤカの寝顔を見ながら

今日は何をすべきかを考えていると

まるで消灯したかのように

一瞬で辺りが暗くなった。


「ん?」


顔を上げると先程の快晴が一転、

暗雲が空一面を覆っていた。

良くよく考えれば、

にわかに信じがたい変化だが、

今までの出来事を考えると

何となく受け入れている自分がいた。


「今度は、何だ・・・」


フロントガラス越しに空を見上げると

ポタポタと雨粒が落ちてきた。


「雨ねぇ・・・

 この雲と空の暗さからすると

 嫌な予感しか浮かばないなぁ・・・」


ヘイスケは微動だにせず外を見ている。


「ヘイスケ」


呼びかけるとこちらを見た。


「悪い、呼んだだけだ。

 外を見たまま魂が抜けたのかと思った」


これにも悪態をつかず、

どういう意味でなのか頷いて見せ

そしてまた、外へと視線を移した。

その横顔を見ると、表情こそ変わらないが

アヤカと絡んでいるときとはまるで別人だ。

独りで居る時は喜怒哀楽の無い

血の通っていないただの動く人形

という感じで感情を全く感じない。

淋しいのだろうか。

まるで、飼い主の帰りを独りで待つ

飼い犬のような目と雰囲気だ。

ヘイスケの横顔を見ながら

そんなことを考えていると、

車体を叩く音が次第に強まってきた。

予想通り、いよいよ本降りになってきた。


「んっ・・・ん・・・」


雨の音に気付いたのか

アヤカが目を覚ました。


「おはよう、アヤカ」


「んあっ・・・

 おはよぉユウキ・・・

 何の音?」


「雨だよ。

 急に雨が降り出した」


「そぉなんだぁ

 ヘイちゃんはいる?」


「あぁさっきからずっと外を・・・

 うわっ」


「なになにぃ?

 どうしたのぉ?」


「いや、ヘイスケがこっち見てたから

 びっくらこいたっ」


「あっヘイちゃん、おはよっ」


「!!!っ」


振り返ってヘイスケに言葉を掛けると

ヘイスケが嬉しそうに口をアクアクさせて

何度も頭を下げた。そしてクラッときた。

成長してない・・・

だが、喜怒哀楽のスイッチは入ったようだ。

と言うより、待ちに待ったご主人様が

帰ってきたときの子犬のような反応だ。

しっぽがあったら大振りだったろう。


「雨・・・凄いねぇ」


「あぁ

 さっきまで朝日が見えてたんだけどな。

 急に雲が出てきてこの通りだ」


「そうなんだぁ

 ヘイちゃんは大丈夫?」


「ん?

 なんで?」


「ん?

 なんとなく・・・」


二人で同時にヘイスケに視線を流すと

既にクラッとしていた。

おもいきり頷いたんだろう。


「おいおいっ

 相変わらず絶好調だなっ」


「大丈夫?

 ヘイちゃんっ」


さっきとは打って変わって

表情が活き活きしているヘイスケ。

『もちろんですたいっ』

そう台詞を当てはめると笑えた。


「雨・・・止みそうにないねぇ」


「あぁ本降りだもんな・・・これ・・・」


ヘイスケもゆっくりと頷いている。

何気に、会話に混ざりたいのだろうか。


「ヘイスケっ雨は見た事あんのか?」


「・・・」


「・・・

 おいおいっここまで来て無視かっ」


そうかそうか・・・なら、

『なかとでごわす』

そう、言ったことにしとこう。

今後は、こうやって自己解決していこう。

面白い上に和む。

いいストレス発散になりそうだ。

この時点で、ある種の特殊な絆が

芽生え始めていたのかもしれない。

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