第捌幕 『矛盾』

 午後5時になろうとしている。

いよいよ陽が翳り始めた。

依然として、何の変化も無い。

このままではまずい。

気ばかり焦って何も思いつかない。

せめてヘイスケが一緒だといいのだが。

午後6時、とうとう陽が落ちた。

暗闇と肌寒さが忍び寄る中、

自販機の光が思いのほか明るく

心細さが軽減されたが、

逆に、自販機の裏の方は

暗闇が誇張され不気味さが漂い、

アヤカのことが余計に気になった。

エンジンを掛け暖を取りつつ

アヤカお気に入りのCDを掛け、

ボリュームを少し上げた。

時折、パッシングとクラクションで

存在を誇示したが何の変化もない。

辺りは、しんっと静まり返っていた。

ふとした時に、居ても立ってもおれず、

探しに車を走らせたかったが、

こちらが迷っては本末転倒と

我慢しつつ待機を続けた。

山の夜は闇に包まれると覚悟していたが、

満月だったこともあり想像以上に明るい。

遠くの空に目をやると、

夜空を埋め尽くさんばかりの星々が

儚げに瞬いている。目が慣れるに従い、

星々は月の周りにも寄り添っているのが

微かに見て取れた。

そんな夜空を仰いでいたほんの数分の間に

幾つもの流れ星が流れては消えた。

何とも、神秘的な光景が

頭上一面に広がっている。

街のような強い光源が無いだけで

星々の存在がこれほどとは

想像もしていなかった。


「アヤカ・・・」


無意識に口から毀れた。今、どこで何を・・・

この満天の星空を見れているのだろうか。

無事であることを祈るしか出来ない

この現状にもどかしさを感じた。

そんな時、背後から光が広がった。

車のライトだと思い振り返ると

あの白い自販機が現れていた。


「あっ・・・」


惹き付けられるように自販機に近づき

正面に回り込むと昼間は見えなかった

中身が薄っすらと見えた。


「ん?・・・人影?」


自分の影が写りこんでいるのかと

アホなポーズをとった次の瞬間、

勢い良く自販機が開いた。


「いってっ」

「きゃっ」


顔面強打。

自販機の前面が全面開いた。

たぶん顔から凹凸が消え真っ平らになった、

と思うくらいの衝撃だった。


「ん?」

「ヘイちゃんっ

 何かにぶつかっちゃったぁ

 声が聞こえたから

 向こうに誰かいるよっ」


その声に反応してか自販機から人影が、

と言うより十中八九ヘイスケであろう影が

飛び出してきた。


「!!!っ」

「うわっ」


そこには、手刀を構えたヘイスケと

後ろに隠れるようにこちらを覗き込む

アヤカの姿があった。

二人とも出た次の瞬間、白い自販機は

景色に溶け込むようにス~ッと消えた。


「待てっヘイスケっ

 オレだっユウキだっ

 アヤカもっオレだオレっ」


「えっ?

 ユウキ?

 何で?

 どうしてユウキが自販機の中にいるの?」


「誰が自販機の中だっ

 自販機の中に居たのはお前らだろっ

 ってかおいっヘイスケっ

 何で今、どさくさに紛れて

 手刀を振り下ろしたっ

 明らかに私と分かってて

 振り下ろしたろお前っ」


思い切り悔しそうに手刀を収めた。


「お前今、絶対舌打ちしたろっ」


「・・・」


何時もの如く完全無視だ。


「あれっ?

 自販機の中が外だっ」


「今ごろかっ・・・

 ってか、中が外?

 お前も相変わらずだなっ」


感動の再会どころじゃなかったが

バタバタとホッと和んだ。


「何でお前ら自販機から出てくるんだよ?」

「何でユウキ自販機の中に居たの?」


思い切りかぶった。


「違うよぉ

 ユウキが自販機の中に

 居たんだよぉ」

「だから、

 お前らが自販機から出てきたんだよっ」


またかぶった。

自販機のオンパレードで訳が分からんっ


「まぁいいや

 取りあえず車に乗れっ

 話はそれからだっ」


「うんっ」


3人して車に戻った。

ヘイスケはコツを掴んだのか

上手に一人で後部座席へと乗り込めた。


「探したぞっ

 何で自販機から出てくるんだよっ

 今までどこにいたんだ?」


「心配したぁ?」


「あったりまえだろっ」


「えへっごめんねっユウキっ」


どうやらご機嫌は直っているようだ。


「あ・・・あぁ

 オレの方こそごめんな・・・

 でも、お前らが無事で良かった」


「ユウキもねっ」


「ところで、

 何で自販機から出て来たんだ?」


「わかんないっ

 でも、自販機の中にユウキが居たのは

 確かだよっ」


「お前、オレの話聞いて無かったのか?

 オレが自販機の中に居たんじゃなくて

 お前達が自販機から飛び出して来たんだ」


「おっかし~な~」


「お前がなっ

 それより、何処に居たんだ今まで。

 探したぞっ」


「私にも良くわかんない。

 私が車を飛び出したあと、

 ユウキが追いかけて来たと思ったら、

 ヘイちゃんでさぁ」


「追いかけたさっ

 でも、居なかったんだ。

 二人とも・・・」


「そうだったんだぁ。

 でも、きっと追いかけて来てくれるって

 信じてたよ。

 そう思いながら歩いてたら、

 この自販機の場所に戻ってきたの。

 もちろん、引き返してないから、

 そっくりな別の場所かと思って

 そのまま、また歩き続けたら、

 また自販機が出てきたの。

 よく見ると、

 周りの景色も似てるような気がして、

 もしかしたらと思って、

 ポッケに入れてたジュースを1本、

 その自販機の上に置いて、

 また歩いてみたの。

 そして、また自販機が見えてきて、

 見たら、私が置いたジュースが乗ってたの。

 1回なら偶然があるかもと思って、

 ジュースを取り替えて

 今度は寝かせて置いてみたら、

 結局そのままの状態で置いてあった。

 それで、ぐるぐる同じところを

 周ってるって思ったんだぁ。

 自販機から次の自販機まで

 歩いて15分位だったけど

 ヘイちゃんと二人で

 ぐるぐるぐるぐるしてただけだったみたい。

 そのうち、辺りも薄暗くなってきたし、

 歩き疲れてきたしで、

 ヘイちゃんとこの自販機のとこで

 待つことにしたの。

 もしかしたら、ユウキも私達を探して

 お互いに入れ違いになってるかもって

 そう思ったから。

 いよいよ辺りが暗くなってきて、

 凄く心細かったけど、

 ヘイちゃんが居たから

 そんなに怖くはなかったんだぁ。

 でも、やっぱりユウキが居ないから

 涙が出てきて・・・

 そしたら、ヘイちゃんが

 隣に寄り添ってくれたの。

 そのまま、二人で星を眺めてたら、

 星空がとっても綺麗で

 ユウキもこの星空見てるかなぁって。

 そう考えながら星空を見てたら、

 急に辺りが明るくなって、

 振り返ったら、

 あの白い自販機が現れてたの。

 でも、辺りが暗くなってるのに、

 中が全然見えなくて、

 そしたらヘイちゃんが

 あのお札を差し出してきたの。

 それには、字が書いてあったけど

 私には読めなくて、

 ヘイちゃんに返そうとしたら

 ヘイちゃんがこのお札を

 自販機に入れろって。

 そして、そのお札を入れたら

 自販機が開いたんだよ。

 そしたら、その中にユウキが居たの」


私が自販機の中に居たという体は

変えるつもりはないようだ。

いちいち突っ込むのも面倒だった為

スルーすることにした。


「ここ以外にも別世界があるのか・・・」


「みたいだねぇ」


「どんだけあんだっ」


「わかんなぁい」


「まぁ考えてもしゃ~ね~かっ

 取り敢えず、ヘイスケっありがとなっ」


「ありがとねっヘイちゃんっ」


ヘイスケは慌ててそっぽを向いた。

照れたようだ。


「ところでヘイスケっ何で自販機に

 お札を入れればいいって分かったんだ?」


ヘイスケは一瞬こちらを向いて

肩をすくめて見せた。

ヘイスケにも分からないという事だろう。

初めて、まともな態度をとった。

ほんの少しだけ何かが通じたというか、

ヘイスケとの距離が縮まった気がした。

ルームミラー越しにヘイスケに目をやると

何やら一生懸命、外を見ている。


「どうしたヘイスケ?

 何かあんのか?」


再び完全無視だ。

ほんのつい今しがた、二人の関係が

変わったと思ったばかりだったが

思い過ごしだったようだ。


「ヘイちゃんは星空がお気に入りみたい。

 ユウキと会う前も、飽きもせずに、

 ずっと夜空を眺めてたんだよぉ」


「飽きもせずって・・・

 もっと優しい言い方は無かったのか」


「えへっ」


「わざとかっ」


みんなで、もう一度星空を見ようと

車から降りた。


「それにしても、何度見ても

 凄ぇ~なぁ~星ってこんなにあんだなぁ」


「・・・」


ヘイスケは感動してるのだろうか。

微動だにせずに夜空を仰ぎ見ている。


「ホントだねぇ~凄く綺麗・・・

 この中に、生き物がいる星も

 きっとあるんだろうねぇ。

 そう考えると、この世界で

 不思議なことが起きたとしても

 なんだか普通に受け入れられそう」


「だなぁ

 色んなことが、ちっぽけに思えてくる」

「ふふっ

 ヘイちゃん、釘付けだねぇ~」


「相当なお気に入りだなこりゃっ」


じっと星空を見上げるヘイスケに

人間の面影を見た気がした。

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