第質幕 『焦燥』
車内は、先ほどとは違い
しんっと静まり返っていた。グゥ~~~
後部座席から空腹の便りが届いた。
「そう言えば、腹へってきたなぁ~
何かあるかアヤカ?」
「お茶しかないよぉ~」
「だよなぁ~
昨日、買ったのは食べ終わったもんな~
こんな山ん中じゃ
コンビニもね~だろ~しな~
ん?・・・
自販機だ」
「あぁ~ほんとだぁ~
ジュース飲みたぁ~い」
「そだなっ」
車を寄せハザードをたいた。
「ヘイちゃんっ
何か飲みたい物ある?」
「そいつは要らんだろっ
飲ませようもんなら
穴と言う穴から漏れ出て
ザ・水芸ロボになるぞっ」
ヘイスケもフルフルと首を横に振った。
「要らないんだぁ~
じゃ~適当に何か見繕って
勝手に買ってくるねぇ~」
「オレの話聞いてないだろっ
お前も物好きだなぁ~
優しいと言うか不思議ちゃんと言うか・・・
ある意味尊敬するよ」
「えへっ」
「褒めてね~よっ」
アヤカは適当に5本のペットボトルを
買うと、ポケットというポケットに
それらを仕舞いこんだ。
「おいおいっ
言えば持つぞっ」
「だいじょ~ぶっ」
「別に盗りゃ~しね~よっ」
「えへっ」
相変わらず面白いヤツだ。
「ユウキのも買ったよぉ~
いつものシュワシュワするやつっ」
「おっサンキュ」
と車に戻ろうとした時、
真っ赤な自販機の裏にもう一つ
白い自販機があるのが見えた。
「ん?裏にもう一台自販機あるじゃん」
「あっほんとだぁ~
アイスとかならいいのにねぇ~」
そう言ってアヤカが自販機を見に行った。
「アイスだったか?」
「ん~ん
ユウキが好きそうなのを売ってる
自販機かな~
銀色に光って中が見えないよぉ~」
「一言多いっ」
「えへっ」
「中が見えないんじゃ~
あっち系かもなっ」
「許~すっ」
「うわっ
なんだよ急にでっけ~声でっ
しかも許すってなんか?」
「買ったら置いてくけど
見るだけなら許してあげるぅ~」
「お前、たまに怖いよなぁ~
ってか今見えなかったんだろ?
てことは買う以前に
見ることもできないじゃんっ」
「ユウキなら見れるよきっと。
ライターをこうやって・・・」
「ラブホのマジックミラーかっ」
そう言いながら車に戻った。
「いいのぉ~?
後悔しちゃうよぉ~」
「どんな後悔だよっ
見ね~よっ」
「あっ」
「うわっ
こっ今度はなんだよ」
「ヘイちゃんがいない・・・」
「えっ?」
見ると後部座席に、
ヘイスケの姿が無かった。
「あり?
どこ行ったんだ?」
車に近づいて辺りを見渡したが
ヘイスケは元より、動く影すら見当たらない。ドアを開閉する音は聞こえなかった。
どうなってんだ・・・
もしかして消えてくれたか?
そう考えていた矢先、
後ろの方から機械音がした。
音のした方に目をやると、
例の白い自販機の奥から
のそりと黒い影が現れた。
「うわっ」
現れたのは、ヘイスケだった。
「びっくりさせんなよっ」
「ヘイちゃ~んどこ行ってたのぉ?」
「・・・」
何のリアクションもなしに立っている。
「お~いっ大丈夫かぁ?」
「・・・」
「ヘイちゃんっ大丈夫?」
ゆっくり頷くヘイスケ。
それを見て、変わりが無いことと、
居なくならなかったことに、
少しホッとしてる自分が居た。
同時に、この機に便乗して
普通に話し始めるんじゃないかと
内心ドキドキしていたが
良くも悪くもそれは無かった。ふと気付くと、
ヘイスケが手に何かを持っている。
紙切れのようだが何やら字が書いてある。
御札のように見えた。
「ヘイスケっ
その御札みたいなのどうした?」
「あぁ~
ほんとだぁ~
もしかしてヘイちゃん
あの自販機で買ってきたとかぁ~」
ヘイスケは激しく頷いた。
そしてクラッと・・・
「それにしても、
自販機に御札とかあんのか?
ほんとにそれ自販機で・・・
ってかお前、お金も無いだろっ
まさか、自販機を
フルボッコしてねぇ~よなぁ~」
自販機に目を移すと・・・
無い・・・さっきまであった自販機がない。
ジュースの自販機はそのままそこにある。
しかし、その後ろにあった白い自販機が
忽然と姿を消している。
「アヤカっ
自販機が無くなってるぞっ」
「ほんとだぁ~」
・・・緊張感が全く無い・・・正に皆無だ。
『でしょぉ~』と、オレまでつられそうだ。
「あったよな?」
「あったよね~」
「何なんだよ全くっ」
「落ち着け~ユウキぃ~」
「お前はいいなぁ~
お前になりてぇ~」
「がった~いっ」
「いやっそうじゃなくてっ
いやまぁ合体は好きだが・・・
って今はそうじゃないっ」
「ヘイちゃん、それ見せてっ」
・・・オレの気持ちは置き去りかっ。
まぁ独り言にも慣れたが・・・
「おまっ
ほんっと切り替えはえ~な~」
「えへっ」
ヘイスケは差し出されたアヤカの手に
素直にそれを手渡した。
「えへっじゃね~よっ
で、何だそれ?
やっぱ御札?」
「むむむ・・・」
「・・・」
3人でまじまじと見つめたが
さっぱり分からなかった。
雰囲気で言えば魔除けっぽい感じがする。
「これをどうしろと・・・
ヘイスケのおでこに貼ってみるか?
ピョンピョン跳ねるかもしんね~ぞっ」
「・・・」
「冗談だよ冗談っ
真顔で睨むなっヘイスケ、こえ~からっ
お前も貼ろうとするなっアヤカ
冗談だって言ったろ」
「ヘイちゃんが跳ねるとこ見てみたぁ~い」
「オレも見たいが
ほんとに跳ねたら跳ねたで
厄介なことになるからやめとけっ」
「はぁ~い」
「ヘイスケ、それお前が持っとけ」
ヘイスケはノーリアクションで
懐にそれを仕舞いこんだ。
素直だが可愛げが無い。
改めて自販機を見ても
もう先程の自販機は見当たらない。
一体、何だったんだ・・・
普通なら大騒ぎするところだが
ヘイスケの一件から
驚きどころの沸点が曖昧になってきたせいで
何でもあり状態になってきつつある。
「ユ~ウキっ」
「うわっ
何だよいきなりっ」
「いつまでここにいるのぉ?」
「あっ・・・おうっ
じゃ~行くか」
「あいあいさぁ~」
アヤカのツッコミに対する沸点は
変わらず低い。
思考的なビックリには慣れても
反射的なビックリには慣れないのだろうか。
そんなことを考えながら
変わり映えのしない景色を横目に
運転していて、ふと気付いた。
「なぁアヤカ」
「なぁに?」
「さっきから・・・
と言うかこの山に迷い込んでから
ひたすら登ってね?」
「やっぱり迷ったんだぁ~」
「いやっ
今はそこはいいんだよっ
そういう注意力は抜群だなっ」
「なんだぁ
迷ってないんだぁ」
「もちろん・・・
ってか都合耳かっ」
「そういうことにしといてあげようっ」
「・・・あいがとさげもす」
もう訳が分からない。
「えへっ
でも、気付かなかったけど
ユウキがそう言うなら
そうなのかもねぇ~」
「ん?
何が?」
「だ~か~らぁ~
登ってね?って
ユウキが言ったでしょぉ~」
「あぁ~そうだったなっ
でも、ぼ~っとしてて
気付かなかったなんて
相変わらずお気楽だなぁ~」
「だってぇ~
ユウキの横顔をガン見してたんだもんっ」
「・・・その表現こえ~よっ」
「なすて?」
「何でいきなり訛んだよっ
ガン見じゃなくて
見惚れてたとかあんだろが
真顔でガン見とかまぢこえ~ぞっ」
「あっ」
「こっ今度はなんだよ」
「ヘイちゃん気分悪くなぁい?」
「おいおいっオレの話はシャットアウトかっ」
「だってぇ~ヘイちゃんさっきから
一言もしゃべんないんだもん。
車酔いしちゃったかなぁ?」
ヘイスケは静かに顔を横に振った。
「酔ってね~ってよ・・・
ってかヘイスケは最初から今まで
一度も一言も発してないだろっ」
「あぁ~そうだったぁ~」
「おいおい・・・」
「えへっ」
「大体、この状況は何なんだ。
ここ絶対におかしい。
山道に入ってから人も車も見かけない。
そもそも、いつ山道に入り込んだんだ。
ど~なってんだっ」
今まで、ドタバタで気が紛れていたが、
改めて、落ち着いて考えると
何をしたらいいのか皆目見当もつかない。
ヘイスケは手掛かりなのか?
それとも刺客か、はたまた監視役か。
あの城も忽然と消えた。
道は行けども行けども
何処にも着かず、登りばかり。
ガソリンだって無限じゃない。
自販機はあったが店は無い。
飲み物は補充できるにしても
食料は狩りでもしない限り
手に入りそうに無い。
こんな状態でどのくらい持つのだろうか、
「折角の旅行が台無しじゃん・・・」
口に出したことで
何故か無性にイライラしてきた。
「山道だもん。
たまたまだよきっと。
ユウキの考えすぎだよぉ」
「今回ばかりはそれはない。
明らかにおかしいだろ。
お前まぢで
ちっともおかしいと思わないのか?」
「うんっ
思わないよぉ」
「お前、ポジティブも度が過ぎると
ただの能天気だぞっ」
「だってぇ
そうなんだもんっ」
「時と場合に依るって言ってんだよっ
この状況は絶対に異常だ。
こういう時に根拠の無いポジティブは
イライラすんだよっ」
「そう言われてもぉ・・・
本当に怖くもないし、
おかしいとも思わないんだもん・・・」
いつもなら、笑い話で済むような
なんてことの無い話だったが
天然とは言え、この状況にあまりにも
楽観的過ぎるアヤカにムッとした。
と言うよりは、
追い詰められつつある状況の中、
次第に余裕が無くなってきている
自分の惰弱さに腹が立ち
八つ当たりしてるだけだ。
そう分かってはいても
冷静ではいられなかった。
頭に血が上ったため、
車を道路脇に寄せて停めた。
「いやっ
おかしいだろっ
この山に入ってから
明らかにおかしいじゃね~かっ
それにっ、
こいつを見ろっ。
人形が動いてんだぞっ、
何とも思わね~のかよっ
化け物かもしんね~んだぞこいつわっ
怖くないのかよっ」
言いたくもないことを言っていると
頭では分かっているが止められなかった。
子供じみた八つ当たりの悪態に
羞恥心と罪悪感が入り乱れた。
「ヘイちゃんは化け物なんかじゃないもんっ
人形が動いたらいけないの?
人形が感情持ったらいけないの?」
「いけないとか
そういう事は言ってないだろ。
普通には有り得ない事だろって
言ってるんだよ」
「私はヘイちゃのこと全然怖くないよ。
それに名前付けたのはユウキだよっ
ユウキだって怖くないから
こうやって一緒に居るんでしょ」
「オレは・・・ただの成り行きだ。
好きでこうしてる訳じゃないっ
こいつの名前だって、
怖くないように適当に付けただけだっ」
この時、
自然と視線がヘイスケの方へと流れた。
全くの無表情で無反応だったが、
それが一層、羞恥心と罪悪感を強くした。
「何で、ヘイちゃんの前で
そんなこと言うの?ひどいよっ
世の中には、私達が知らないだけで、
不思議なことなんて山程あるはずだもんっ。
ヘイちゃんもその一つに過ぎないんだよ。
私は人間が一番怖いよ・・・
そんな人間達と暮らしてるんだもんっ
それ以上怖いことなんてないよっ
ユウキのばかぁ」
そう叫んで、アヤカは車を飛び出し、
後ろの方へと歩き出した。
「待てよっ。
ここはどこだかわかんね~んだから
勝手に離れるなっ」
後を追って制止したが、
アヤカの表情に一瞬固まった。
アヤカのこんな表情は初めてだった。
泣きながら怒っているのに
目が悲しそうだった。
「触んないでっ」
「車に戻れっ」
「離してっ
今はユウキと居たくないっ」
「そうかっ
じゃ~好きにしろっ」
久しぶりの喧嘩に喧嘩の仕方を忘れていた。
ただ、感情的にモノを言ってしまった。
アヤカの後姿を見ていたが
窓を叩く音に振り返ると
ヘイスケが出られずにあたふたしていた。
「・・・ほら・・・頼んだぞ・・・」
ドアを開けてやると
悪態もつかずヘイスケなりの全速力で
アヤカの後を追って行った。
「人間が一番怖い・・・か・・・」
確かに、それは否定しない。
だが、得体の知れない動く人形より、
人間の方が怖いってのは
少し飛躍し過ぎている。
アヤカの性格上、理解できなくもないが・・・
そういえば・・・さっき、無意識とは言え、
ヘイスケにアヤカのことを
託したことに気付いた。
自分で、得体の知れない人形だと
言っておきながら、実は自分自身、
最初からヘイスケを
受け入れていたのかもしれない・・・
ふと我に返ると、
二人の姿が見えなくなっていた。
あの時のヘイスケの様子のせいか、
アヤカのあの表情を見たからか、
いずれにせよ、自己嫌悪のせいで
妙な冷静さが差し込んでいた。
何となく素直に二人に謝ろうと、
車に乗りUターンして後を追った。
緩いカーブを抜けるとその先も
緩やかなカーブの道が続いた。
1分程走ったが追いつかない。
気付けば先程の自販機まで戻っていた。
途中分かれ道も無かった。
二人を見失ってから
1分位しか経っていない。
追いつかないはずがないにも拘らず
路上に二人の姿は無かった。
「アヤカ~
ヘイスケ~」
自販機の横に車を停め、
降りて二人の名前をを呼んでみたが
返事は無かった。
そのまま、今下ってきた道を
歩いて辿ってみることにした。
もしかしたら、歩きじゃないと気付けない
些細な何かがあるかもしれない。
右手側は森のように木々が生い茂っている。
左側は高さこそ無いが崖になっている。
ガードレール越しに崖を覗き込んで見たが、
何も見つからなかった。
「どこに・・・
お~~~いっ
アヤカ~~~
ヘイスケ~~~」
やはり返事は無い。
山びことして還ってくる声が
虚しくこだましていた。
携帯は・・・案の定、圏外・・・
5分程登ったが、やはり道も一本道。
入り込めるような小路も
獣道らしきものも無かった。
気になる事も一切なかった。
車に戻りクラクションを長めに鳴らしたが
こちらも山びこの返事しか来なかった。
「どこ行ったんだ・・・」
改めて林の方を見ても
鬱蒼とした雰囲気から
ここに入ったとは考えられない。
分け入ったような痕跡も無い。
いくら明るいとは言え
一刻も早く見つけ出さなくては。
この時、最近感じていた『何か』は
これの前触れだったのではと
一瞬だけ頭を過ぎった。
こういうはぐれた時は
あまり動き回らないほうがいい。
このまま、自販機のとこに停めて
暫く待つことにした。
さっきアヤカは、自販機で買ったものを
数本ポケットに突っ込んでいた。
暫くは大丈夫だろう。こちらも念のため、
自販機で数本飲み物を買い溜めした。
ガソリンはまだ7割程入っているが
状況を考えると安心できはしない。
このまま日が暮れたらまずい。
定期的にクラクションを鳴らしつつ
様子見しながら対策を練る事にした。
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