第伍幕 『兆し』

「ヘイスケっ兜取れよ、兜。

 蒸し暑いし重いだろっ

 それにミラーにちょいちょい映って

 目障りなんだよ」


調整してるのに気付いてから5分、

少々、可哀相に感じたため声を掛けた。

するとヘイスケは一瞬硬直したが

悪態もつかずに素直に脱ぎ始めた。

よほど脱ぎたかったのだろうか。

慌てているのか、脱ぎ慣れていないのか

かなり手間取っていた。


「ん?

 そのあご紐、蝶々結びじゃなくて

 真結びしてなぁい?

 それじゃ~脱げないねぇ~」


横で見ていたアヤカが声を掛けた。

それを聞いたヘイスケは

大きな目をうるうるさせて

激しく頷き、クラッとした。


「まったく~

 誰だかなぁ真結びしたのぉ~」


「そいつを作ったヤツじゃね?」


「作ったって言わないでっユウキっ」


「これはこれはっ失礼しましたっ」


「もぉ~」


10分程の格闘の末

やっとのことで結び目が解け、

ヘイスケは意気揚々と兜を脱いだ。

次の瞬間、バサッと黒いものが垂れ下がった。

そこには、あまりにもリアルな

おどろおどろしさを遥かに凌駕した

真落武者なヘイスケが居た。


「きゃぁ~」

「ちょっとタンマっ~~~

 却下っ

 脱帽却下っ

 怖過ぎるわっ」


この制止に、ヘイスケは先程とは違う涙目で

私とアヤカを見た。


「駄目だっ

 そんな目で見ても今回は駄目だっ

 アヤカにも甘えんじゃねぇ

 こえ~もんっオレがっ

 アヤカも『きゃぁ~』言うたろっ。

 今回はオレら二人全員一致で却下だっ。

 心配すんな。すぐ脱げるように

 今度は蝶々結びにしてもらえっ。

 オレ達が居ないとこで脱げっいいなっ

 オレ達の前で絶対に脱ぐんじゃね~ぞっ」


「!!!っ」


ショックなようだ。

こういうことは言うことを聞く。

アヤカ込みの事情なら聞くのか、

私の言うことでも・・・


「すぐ脱げるように

 軽く結んどいてあげるからね~」


そう言うと、

少し嬉しそうに激しく小刻みに頷いた。

そしてクラッとした・・・

何度も頷くのは癖のようだ。

簡単に治りそうもない。


「あっそぉだっ

 ユウキ~ちょっとその辺で車停めてぇ」


「おぉちょっと待て。

 おっ

 あそこにちょうど駐車場がある

 あそこに停めるからちょい待て」


駐車場に車を停めると、

アヤカは自分のバッグを漁りながら

切り出した。


「ユウキ~私がヘイちゃんの髪、

 切ってあげよっかぁ~」


「そぉ~か~その手があったか。

 ヘイスケっお前ラッキーだな。

 アヤカの腕は確かだぞ。

 今風に格好良くしてもらえっ」


「じゃ~ヘイちゃん

 これ見て、したい髪形があったら

 教えてくれる?」


アヤカはバッグから取り出した

ヘアーカタログをヘイスケに手渡した。

鋏と櫛は携帯しているとのことで、

早速、髪型を変えてやることにした。

いつまでも落武者じゃ可哀想だ。

何よりこちらが怖すぎる。

最初は不思議そうにカタログを

まじまじと見ていたが

偶然はらりと開いたページに

水着のモデルが登場。


「!!!っ」


顎が落ちた。

と同時に白目をむいて本を閉じた。

ヘイスケにこの時代のモラルは

刺激が強すぎたようだ。


「なんだよ。

 お前には刺激が強すぎたか?」


「そっかぁ~

 貸してヘイちゃん」


そう言ってアヤカはヘイスケから

そのカタログを受け取ると

パラパラと捲りながら

ヘイスケには刺激が強そうなページを

半分に折りたたんで隠した。

裏を返せば私が好きそうなページを。


「はいっ

 これで大丈夫だよぉ~

 ユウキの好きなページは隠したからねっ。

 ゆっくりでいいから

 お気に入りがあったら教えてねっ」


お見通しかっ。

ヘイスケは私のほうに

視線すら向けなかったが

アヤカにははにかんで見せた。

そしてまた右に左に首を傾げながら

カタログとにらめっこしていたが

疲れたのか、カタログをあやかに返し

キョロキョロと視線を泳がせていた。

すると、ヘイスケの動きがピタッと止まった

と思ったらそのまま飛び跳ねた。

車の窓に映る自分を見て驚いたようだ。

今頃か・・・ただ自分の姿に驚いたのか、

それとも知らぬ誰かが

いきなり隣に居たと思って驚いたのか

分からなかったが、その驚きように

おもいっきり笑えた。

驚きついでに、さらにビビらせてやろうと

いい事を思いついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る