第参幕 『ヘイスケ』

「お・・・

 おうっただいまっ」


「おっかえりぃ~立てるぅ?

 ・・・ありっ?

 その子、どっから連れて来たの?」


私の右肩ごしに話している。


「!!!っ」


嫌な予感と共にゆっくりと振り向くと


「うわっ」

「きゃぁ~」

「!!!っ」


有り得ないくらいの至近距離で

そいつが覗き込んでいた。私はともかく、

何故か驚愕の3重奏になった。中でも、

一番驚いている風だったのは人形侍だった。

目玉が落っこちそうなくらい見開かれた目と

落ちるとこまで落ちた顎・・・

この人形のスタイルのポテンシャルを

最大限に活かしたリアクションだ。

お陰で、おもいっきりびっくりはしたが、

同時に和みもした。

いかにもな人形らしい動きと

無表情さが怖いと言えば怖いが・・・

よくよく観察すると、まばたきもするし、

腹話術人形のように口も動いている。

自立して動いているのではなく

何かに操られているに違いない。

まずは、そう思い込むことにした。

そして、名前を付けたら

怖さが半減するんじゃないかと

私はコイツに名前を付けた。


命名『ヘイスケ』


名前の由来はない。ただの思いつきだ。

これで、理解不能なこの状況から

現実逃避することにした。


「お前は今から・・・

 ・・・そう、ヘイスケだっ

 ヘイスケっわかったか?」


思い切り聞こえない振りをしている。


「おまっ

 聞こえてんだろっ

 聞こえない振りはやめろっ」


完全無視だ。


「そ~かっそ~かっ

 じゃ~も~い~

 私は勝手にお前を

 ちょんまげと呼ぶからなっ

 おいっちょんまげっ」


と、次の瞬間、ちょんまげが抜刀した。


「おわっこいつ刀抜いたぞっ・・・

 ん?・・・みじかっ

 だ~っはっはっはっはっは~

 侍料理人かっ

 そうかそうかっ

 そう来たかっ

 それなら、遠慮はいらないぞっ

 いつでもかかってきなさいっ」


包丁並みの刀モドキから

ヘイスケへと視線を移すと

完全に顎が外れている・・・

あともう少しで目玉も落ちそうだ。

それはいかんっ頑張れ目玉。踏ん張れ目玉。

目玉が落ちた人形なんか、私が怖い。

だから頑張れ!


「・・・ふぅ危なかった・・・」


目玉は何とか踏ん張れたようだが、

かなりショックだったようだ。

いや、ショックと言うより

かなりビックリしたようだ。無理も無い。

私らは、テレビのコントで

見慣れた光景だがこいつはきっと初体験だ。

しかもうけ狙いではなく

何気に真剣だっただろうから

そのダメージは計り知れない。

少し気の毒に感じたが、

お陰で少しは冷静になれただろう。


「も~

 ユウキがちょんまげ君なんて

 言うからだよぉ~」


「君は付けてなぁ~いっ」


「ちょんまげ君は嫌だよね~ヘイちゃん。

 ヘイスケのヘイちゃんでいいよね~」


アヤカの言葉に

抜けかけていた魂が戻ったのか

一応、頷いて見せた。


「ユウキも

 ヘイちゃんって呼んであげてねぇ~」


「私はヘイスケでいいっ

 君付けもちゃん付けも御免だっ」


「もぉ~そんなだと、

 バッサリいかれちゃうよぉ~」


「お前、何気に恐ろしいことを

 サラッと言うよなぁ~」


「ヘイちゃん、

 ユウキはヘイスケでいいかなぁ~」


かなり上から目線で渋々納得した感じだ。

出来るなら舌打ちしていただろう。


「私はヘイちゃんって呼ぶねぇ~」


すると目を見開き、何度も頷いた。

表情のバリエーションが少ないが、

心なしか、ヘイスケが

満面の笑みを浮かべてるように感じた。

しかし、この順応性・・・

アヤカの適応能力がずば抜けているのか、

単に天然娘なのか、

たまに判断に迷うことがある。


「そう言えばアヤカっ

 お前、コイツがいつから見えるんだ?」


「えっ?

 たった今しがただよぉ~」


「怖くね~のかっ」


「う~うん全然っ

 ねぇ~ヘイちゃんっ」


「!!!っ」


また何度も激しく頷く。

流石に勢い良く頭を振りすぎたのか

クラッときたようだ。

大袈裟な千鳥足状態になっている。

かなり笑える光景だ。

まぁコイツに脳とか三半規管があるとは

思えないが・・・

ともあれ、このリアクションのお陰で

恐怖という感情の大半は消え失せた。

しかし、不審物であることには

変わりないため、目は離さないことにした。

先程のアヤカの言葉に、

相変わらず無表情だが

内心は満面の笑みなんだろう。

表情がシンプルな分、

リアクションで表現している。

何気に分かって欲しいようだ。

人間以上に人間臭さを持った人形だ。

結局、アヤカのたっての希望もあり

仕方なく車に乗せることにした。


「おらっどうした、早く乗れよ。

 お前はここ、後部座席だっ」


ブンブンッブンブンッと

激しく顔を左右に振るヘイスケ。

そしてクラッと・・・

そうか上下左右に動くんだ。

そんな当たり前のようなことに妙に感心した。


「なになにっなんだよっ」


「怖いから乗らないってさっ」


「はぁ~っ?

 オレに言わせりゃ

 お前のがもっと怖ぇ~ぞっ

 ってかアヤカ、お前こいつの考えわかんの?」


「ん~なんとなく・・・

 そんなことより、いぢわる言わないのっ」


「へいへいっ

 ヘイスケだけに・・・ぷぷっ」


「・・・」


「・・・・・・」


「おっ、同じリアクションかっ」


「きっと皆こうなるよ・・・」


「それより、どうすんだっ

 こんなんじゃ、置いてくしかね~ぞっ」


この言葉に、ヘイスケが

光の速さでこちらを見た。

この表情に台詞をつけるとしたら

『まぢかっ』だな。そんな表情をしている。

そう考えると面白い。


「ヘイちゃん。

 これは車って言ってね、

 便利な移動手段の一つなんだよ。

 私が隣に座ってあげるよっ。

 それとも、一人でここに残る?」


「!!!っ」


思い切りビックリした後

顔を左右に振って全力で否定した。

そして立ちくらみ・・・

本当に分かりやすい挙動だ。

学ばないところを見ると

やはり脳があるのか疑問だ。

それ以前に、人形に脳が有るか無いかを

真剣に考えてる時点で私の方がよほど変だ。

そもそも、こいつは何なんだ。

真に受けると恐ろしい無限ループに陥るのが

目に見えている為、考えるのをやめた。

ともあれ、車は怖いが

独り残るという選択肢は無かったらしい。

仕方なく連れて行くことにしたが

包丁サイズとは言え、

刀は色々と面倒なことになりそうなため、

アヤカに説得してもらって

後ろのトランクに入れさせた。

どうせ、私が言ったところで

聞くはずが無い。

しかし何故、私には反抗的なんだ。

ただの女好きなのか?

案の定、アヤカが頼んだら

意気揚々とアヤカと一緒に

トランクにしまいに行った。

このまま置いて行くか・・・

そんな意地悪すらしたくなる。

甲冑を着ているせいで、

乗車にえらい時間と工夫を要した。

これが武将クラスなら、

こいつと違いごったましい甲冑に

完全にお手上げだった上に、

こいつ以上の上から目線で

気に入らなければ本気でバッサリ

切捨てられていただろう。

平民じゃただの古めかしいおっさんで、

全くメリハリが無かっただろうし・・・

ある意味、無難な選択だったのかもしれない。

とは言え、選んだのはアヤカだが。

そう言えば、女性に関する展示が無かった。

平民に居たかもしれないが、

『大奥』とか『姫』とか『女中』とかは

無かった。いっそのこと、

『忍者』とか『くノ一』とかそういうのならテンションも上がったんだろうが。

いや・・・あのタイプの人形じゃ

どちらにしろテンションは上がらないか・・・

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