第弐幕 『刻冥館 承』

「入るだけ入ってみるかっ

 たたきがあるということは土足厳禁かっ」

「かっつおぉ~~~」

「おわっ

 何だよいきなり~」


「たたきと言えばかっつお~」


「お前の知識内ではそうなのかっ

 ってか、たまにお前が本気なのか

 ボケてるのか分からん時があるぞっ

 念のため聞かせてくれ、

 今のは・・・」

「ぼっけもんっ」


「何で喰い気味なんだっ

 ボケなっ

 教えなくてもいいんだなっ」


「大丈夫ぅ~」


「因みに、

 ぼっけもんも意味知ってるなっ」


「ユウキと逆の人~」


「一応わかってんだなっ

 ってか、何気に凹むから

 オレを引き合いに出すのはやめれっ」


「えへっ」


靴を脱ぐには脱いだが

下駄箱らしきものがなかった為

靴をそのままにして上がると

廊下のひんやりとした感触が

足元に伝わってきた。

正面のフロントらしきカウンターにも

人は勿論、普通にありそうなモノが

一切見当たらない。気になる事といえば

綺麗に掃除されてる風のフロントらしき

カウンターの上に『ようこそ』という

カードが立ててあること位だ。


「『ようこそ』じゃなくて

 『ご自由にどうぞ』って書いてありゃ~

 こんなに悩まなくてすむのにな~」


「書き直しちゃう?」


「やめれっ

 それに、ペンがないだろっ」


「えぇ~

 何で知ってるのぉ?」


「・・・勘です」


「ユウキすご~いっ」


「・・・あいがとさげもす」


フロントのカウンターの上に

呼び鈴があったため押してみたが

その音以外、何も物音はしなかった。


「誰か居ませんか?」

「居ませんよぉ~」

「うわっ

 だからっ何でかぶせんだよっ

 さっき言ったばかりだろっ

 しかも、居ないって何だっ」


「えへっ

 だってぇ~居ないもんっ」


「何でわかんだよ」


「何でわかんの?」


「・・・ん?

 はぁ?

 おいおいっ

 今のは完全に意表を突かれたぞっ」


「隙ありぃ~」


「いやいや

 狙ってなかったろっ」


「ん?

 何が?」


「もうよろしかったです」


「えへっ」


満面の笑みで応えるアヤカ。

天然というのはある意味、

持って生まれた才能だ。

さっきは癪に障って違うと言ったが、

実際、アヤカのそれは才能だ。

因みにアヤカの場合、

天然ぶりもそうだが間が絶妙だ。

ビビリの自分には神がかり的なタイミングだ。

思いも付かない所でビビらされることにも

慣れを通り越して心地よささえ感じる。

アヤカにビビらされる自分を笑える余裕さえ出てきたくらいだ。

今も、そんなアヤカに和まされているが、

この建物は、

アヤカのそれで気が紛れ切れない程の

嫌悪ではないちょっと重い空気を感じる。

気を取り直して

独り言のような入場宣言をした。


「勝手に見学しますよ~」

「いいですよぉ~」

「おわっ

 だからっおまっ・・・

 はぁ・・・

 慣れないオレが悪いのか?」


「?・・・

 どしたの?」


「・・・なんでもございません」


アヤカ以外の返事が無いのを再三確認して、

不法侵入もどきの見学を始めた。

カウンターの左横の壁に

左向きに『順路』と書かれている。

目の錯覚だろうか、

今まで気付かなかったが

その通り左へ進むと

廊下への入り口が出てきた。

廊下の左右の壁には先程の部屋で見た

戦国絵巻のようなものが

つらつらと描かれている。

廊下に従い5分程歩いている気がするが

実際は1~2分だろう。

何回目の角だろうか

曲がるとやっと視界が開けた。

直感的に立方体の空間だと感じた。

その部屋の壁全面に絵が描かれている。

廊下の絵とこの部屋の絵は繋がっている。

左壁から、正面の壁、そして右の壁と

絵が流れているが

良く見るとそれぞれの壁に

1枚の襖がある。

隠し扉的な演出だろうか。

一応、分かりやすくはしてある。

近づいて見てみると、

その襖の中の人物が

吹き出しで何か台詞を言っている。


左側のふすまには平民のような人物が

『ごくごく平凡な平民の暮らしと

 平民の衣装(尽きます)』


正面のふすまには足軽のような兵士が

『何気に頑張ってた名も無き兵士と

 それなりの甲冑(付きます)』


右側のふすまには、

馬に乗ったいかにもな武将が

『意外と小柄な戦国武将と

 馬子にも衣装なフル装備(憑きます)』


と言っている。

しかも語尾に書かれている括弧付きの文字は恐ろしく小さく書いてある。

約款かっ。

その注意事項にも似た

約款のような文字を見る限り

戦国武将の襖だけは開けたくない。

おそらくは、左から順に見て回るのだろうが

約款注意事項のせいで一気に観る気が失せた。


「何か気味わるいから引き返そうか」


と声を掛けた瞬間、

アヤカが正面の扉を開け放った。

「とうっ」

「おいおいおいおいっ

 とうってお前っ

 頼むからオレの話を聞けよ~

 勝手に単独行動するなよっ」


「えへっ

 何だか気になっちゃってぇ」


「なぁ

 扉のこれ読んだ?」


「ん?

 あ~何か書いてあるねぇ~」


「やっぱりかっ

 ま~そこならギリセーフか・・・っ

 オレはかなり気が進まないが

 お前は見たいのか?」


「かなり見たいでおざる」


「おざるて・・・

 もうお前独自の方言だな。

 じゃ~ちょっとだけ覗いてみるか?」


「見るでおじゃにゅ」


「・・・無理して作らなくていいぞ・・・

 そのうち、意思の疎通ができなくなるぞ」


「ぶ~らじゃぁ~」


「昭和だなぁ~」


笑顔で答えたアヤカは

子供のように目が輝いていた。

こっちは嫌な予感しかしない。


「ん?

 もしかしてぇ・・・

 えへっ

 手ぇ~繋いであげよっかぁ?」


若干、躊躇してるのがばれたようだ。

天然のくせに、こういうことには

ちょくちょく鼻が利く。


「はぁ?

 ノーサンキューだっ

 入るぞっ」


見栄に負けた。

本当はいろんな意味で繋ぎたかった。

ま~この部屋なら大丈夫だろうと

一応、細心の注意を払いつつ

部屋に入ることにした。

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