第弐幕 『刻冥館 起』

「看板ってこれか」


「看板?」


看板が立っていることに気を取られ、

その看板の裏にひっそりと口をあけた

小道に気付くのが遅れ

思わず急ハンドルでその小道に入った。

「きゃっ」

「ごめんっ大丈夫っ?」


「うんっ平気。

 どうかしたの?」


「看板にあった入り口を

 通り過ぎそうになった」


「えへっ

 私、看板にも気付かなかったぁ」


「小さかったからな」


車が一台やっと通れるくらいの道。

小道の入り口にあった

古めかしいその小さな看板には

『刻冥館ココ左折』とだけ書いてあった。

それを見た途端、無性に気になり、

引き寄せられるように左折してしまった。

「行くんだ?」

「うわっ

 ってか何でまた

 ピンポイントで来るんだよっ」


「えへっ

 才能?」


「えへっじゃないっ。

 しかも才能でもないっ」


「で・・・ユウキ行きたいの?」


「結局・・・みたいな言い方するなっ」


「えへっ」


5分程、鬱蒼とした小道を走ると、

道が終わりを告げ、

真正面にそれは姿を現した。

名前では洋館テイストなイメージだったが、

いろんな意味で裏をかかれた。

想像もしてなかった和製の城だ。

眼前に城が聳えている。

もっと正確に言うなら『天守閣が』だ。

天守閣自体、造りはかなりカッコいいし、

それなりに大きく高さもあるのだが、

如何せん、空き地に素で建ててあるのが

残念でならない。

予算の都合だったとしか思えない

思い切った建て方だ。

インパクトとしては良くも悪くも絶大だ。

余計なお世話だが、

建物の名前は命名し直した方がいい。

・・・純和風なものに。

それはいいとして、

通ってきた道も、続きが無いところを見るとここ専用だったようだ。

道はここで終わりを告げた。

10台ほど停められそうな

駐車場らしきスペースがあるにはあるが

やはりと言うべきか

1台も停まってはいなかった。

整地はされているが舗装はされていない。

駐車場と言うよりは、

小綺麗な空き地といったところだ。

建物の入り口に一番近い

『人形の館 刻冥館(こくめいかん)』と

浮き彫りしてある看板の前に

頭から車を停めた。

「車、一台もいないねぇ・・・」

「うわっ

 だから何でいっつも

 そういうタイミングなんだよっ」


「びっくりしたぁ?」


「しとらんっ」


「えへっ」


「だいたいっこんなとこに来る物好きは

 そうそういないだろっ」


「そだねぇ

 ここに二人しかいないねぇ」


「やかましっ」


「えへっ」


二人同時に車を降り入り口の前まで行くと

少し躊躇するこちらを他所に

アヤカは何のためらいも無く

そのまま、扉を開け放った。


「おいおいおいっ」

「わぁ~」


扉の先には外観からの想像を遥かに裏切る

眩しくも煌びやかな光景が広がった。


「すっげ・・・

 目がドクドクする・・・」


「すっごいねぇ~」


黄金色・・・山吹色と言ったほうが近いか、

それに漆黒が基調となっている。

テレビで見た事あるような

派手で豪勢な内装だ。

天井はドーム状になっていて

その一番高い所を中心に

千手観音のような曼荼羅のような

賑やかな絵柄が広がり、

神々しいオーラを放っている。

部屋を取り巻く壁一面には、

まるで巻物のように絵が流れている。

館内をよく見てみると、

この部屋は八角形の形をしているようだ。

その真ん中に、

一応のカウンターらしきものが見て取れた。


「完全に趣味の屋敷だなこりゃっ

 殿様とか出て来そうだなぁ」

「すいませ~んっ

 誰かいるでおじゃるかぁ~」

「おわっ

 頼むから被せてくるのはやめてくれ。

 しかもおじゃるて・・・」


「わかったでおじゃるっにんにんっ」


「に・・・忍者かっ公家かと思ったぞ。

 忍者なら『ござる』の方がいいぞっ」


「えへっ

 わかったでござるっ」


「・・・ははっ」


アヤカが声を掛けたが返事は無い。

灯りは必要最低限灯っているようだが、

実際、装飾の色で随分と明るい。

豪華絢爛を地で行くような雰囲気に

少々身が引き締まる思いがしたが

どこか懐かしさすら感じた。

正面にあるカウンターらしきものの中に

大きな振り子のついた

年季の入った柱時計が聳えている。

しかし、時を刻むのを止めており

ある種のアンティークの装飾物と化していた。


「ここ無料か?

 料金表らしきものも無いし、

 スタッフみたいな人もいないし、

 勝手に覗いてもいいのかなぁ?

 随分と高そうな感じだけど・・・

 普通、無料なら入り口に

 『ご自由にどうぞ』

 とか書いてあったりするけどな~」


「『ご自由にどうぞ』って

 書いて貼っちゃう?」


「お前・・・本気だろそれ」


「でも、ペンがないねぇ~」


「ほぉ~無視かっ」


「居ないんだから入っちゃお~よっ」


「とことんだなぁ」


「ん?

 どしたの?」


「いやっ

 何でもございません」


「入ろっ入ろっ」


「あぁ

 でも、後から強面が出てきて

 『観覧料50万円』とか

 昭和な詐欺とかじゃないよな」


「ふふっ

 八百屋さんみたい」


「ははっだなっ

 小さい頃、

 近所の八百屋のおばちゃんが

 良く言ってたっけな~

 『はいっお釣り50万円』みたいなの」


「ユウキのとこにも居たんだぁ~

 うちの傍の八百屋さんは

 おっちゃんだったぁ~

 最近、聞かないねぇ~

 て言うより、そういうお店が

 無くなってきてるもんね~」


「だよなぁ~

 近所の元気でお節介な

 おっちゃん、おばちゃんなんてのも

 今は居ないもんなぁ~

 しかも最近じゃ

 隣にどんな人が住んでるのかも

 知らないこと多いみたいだしな」


「何だか寂しいね~」


「そだな~・・・

 って何の話だよっ

 ・・・あっ、振ったのオレか」


「ふふっ」


念のため、もう一度辺りを見回したが

やはりこれといった変化は無かった。

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