遠くで小言が聞こえる。

「感知魔法に召喚魔法に治癒呪文まで使ったせいで、これ以上の連続魔法には制限がかかる。加えて詠唱省略だ、魔力消費の激しい大掛かりな広域魔法をかけるのが、難しくなった」

 声は近くなったり、遠くなったりする。

「しかもこんな大荷物を抱えてちゃ、身動きも取れやしない。もう傷は治ってるよ。神経症なんか知るものかね、の不注意か? まったく、ひとつ言えることがある。あんたはいい加減、目を覚ましなっさいっっ」


 ガツンと衝撃と痛みに、バールは目を開けた。

「いいいい痛ー!!」

「おはよう」

「もう起きました、起きましたっ」

 ゴロゴロ床を転がって、続く杖からの攻撃を避けた。


「悪かったわね、図書塔の管理官がロクに注意事項も説明しないで、初心者に本の回収を頼んで」

 鏡の前に立つマクシミリアンが、ちゃんと映っていることを無意識に確認しながら、バールは師を見上げた。

「……あ、いえ、オレも管理人さんの話に乗って、特に否定をしなかったせいです」

 バールは言いながら、辺りを見回した。

「師匠、一人だけですか?」


 マクシミリアンはそれには答えなかったが、どう見ても他に誰の姿もなかった。

 ことに気が付いた。明るさが戻っていた。

「本を抜いたんですね」

 マクシミリアンは杖とは違う方の手に、見覚えのある、吸魂の書インキュベーターを抱えていた。

「本来なら図書塔には常に、ある程度の魔力が溢れているから、この本は満たされてるのよ。魔晶石の力を吸うことはないの」

 でも、とマクシミリアンは続ける。

「今日の昼に来たら、暗かったから、試しに移動させたら、明かりがいたのよね」

 それを勝手に戻して、とバールを嫌なものでも見るように眺める。

「あんたなんで、元の位置に戻したの」

「ネリーさんがいなくなった原因を、突き止めようと思って、その糸口に」

 バールの言葉を師匠が斬って捨てる。

「余計」

「あー、はい」

「頼まれてもいない、他人の事に踏み込んで、不謹慎だって言ってるの。背負う覚悟があるなら別だけど。興味本位ならたちがわるいわね」

 師匠の言葉はひどく厳しかった。

 なぜかいつも心構えみたいなものを、注意されている気がする。

「好奇心は、冒険者を殺すのよ。素人も新米もあんたみたいな阿呆もね」

「す……すみません。いえ、助けて下さって、ありがとうございます」

 

「死霊に遭遇したのは初めてだったの?」

「見たことはあったかも。実家の方にも、モンスターや亡霊は出ることもあるんですが、そういうのは専門家を呼んだりするんで」

 安全な所で遠目に見かける程度だった。

「不思議な体験で怖い思いをしたことはありません」

「さっきのは、怖くて動けなかったわけじゃないわけ」

「それは対処の仕方が、わからなかったというか……」

 かっこ悪く死ぬところが想像できたせいです。とバールは言った。

「なりふり構わず、逃げなさいよ」

「足が遅いんです」

「頭を使いなさいよ」

「元に戻るんですけど、対処の仕方がわからない」

 マクシミリアンは、いまだ床から立ち上がれないバールをよくよく観察した。

「あんたはいったい、なんの為なら動くのかしらね」

 恐怖心に潰される者もいる。恐怖を乗り越え強い自分を手に入れる者もいる。

 バールには身の危険に関する感度が低い。

「はあ」

 師匠の言葉の意味がよくわからなかった。

 精神的な疲労もあって、バールはため息のような腑抜けた返事をした。


「悪いけど、もう少し付き合ってもらうわよ」

「ネリーさんを探すんですか?」

「そのはずだったんだけどね。……図書塔では基本的に付与魔法しか使ってはいけないのよ。本を守る為にね」

「ああ。そうなんですね」

「言葉で言っても使う人間はいるでしょう。かといって、全て強制的に禁じたら、いざという時に全てが肉体労働になってしまうわ」

「それで、火と水に限って発動させないようにしてあるんだ」

「誰かに聞いたの?」

「ええ、まあ」

 バールは言葉を濁した。

「一応、説明しておくわ。それでも魔法を使用した場合、生成された魔力が一定の濃度を超えると合成獣が襲って来るわ」

「怖いんですけど」

「嘘おっしゃい」

 食べるのは魔法だけだと、マクシミリアンは言う。

「で、あんたのために魔力を使ったから、この辺りの濃度は今上がっているというわけよ」

「あ、じゃあ」

「捜索できなくて困ってんのよ」

 役立たずなうえに、足を引っ張る弟子であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る