ミンシカ

「うおおおおおあああああああっ」

 腹の底からバールは吠えた。

 こんな所に年端もいかない少女がいるのは、不自然だった。ものすごい違和感がバールを叫ばせていた。

 反射的という言葉を持たない身体は、その場に凍りつくばかり。勝手に動いてはくれない。動くためにも恐怖の正体を探す。

 この少女は人間ではないかも知れない。

 そうなら、

 その思った時、稲妻のように師の言葉が脳内で繰り返された。


『できるだけ人間以外の友達を作んなさい』


 友達。


 友達にならなければ。


(君は怪物ですか? いやダメだ、それはNGだ。女の子にかける言葉じゃない)


 叫び終えてひと言。

「やあ、こんにちは」

 上ずった声で、何事もなかったふりをした。

 少女は目を大きく開いた。

「すごい叫び声ね」

 バールは面目なさそうに、その場にしゃがみ込んだ。

「う、ごめん。その、驚いてしまって」

「あなた、こんなところで何してるの?」

 赤い瞳が問うてくる。

「もちろん、本を探しに来たんだよ」

「見つかった?」

「本棚はね。これから探すところ」

「ここは召喚術の棚よ?」

「そうだね」

「あなた召喚術士なの?」

「ううん、まだ」

「召喚術士になるの?」

「そうだね。冒険者になれればなんでもいいんだけど、運動神経はあんまり良くないから、魔術士になろうと思ったんだけど、魔力もあんまりないみたいでね」

「召喚にも魔力は必要よ?」

「うん」

 喋っていてバールは悲しくなってきた。

「でも、うまくすれば魔術士より魔力を使わなくて済むから、間違ってないかも」

「そうなの?」

「才能があればね。魔力があった方がいいのは確かよ」

 こんな風にと言って赤い瞳の少女は、指先で宙に円を描いた。ガラスで作られたような植物が爪の軌道に沿って生まれていく。

 その植物を本棚に近づけると、見えない壁に弾かれ、粉々に砕け散った。

 ギシャアアアン

 辺りに冷気が走る。

「寒いっ」

「フフフ、氷もダメね」

「も?」

「ここでは火と水は存在が禁じられているの」

「それで明かりが、魔晶石なんだ。君は魔法が使えるんだね。すごいなあ」

「使えないの?」

 う、と詰まる。

「呪文を知らないの?」

火炎弓フレイムアローも、水の礫アクアビットも知ってるよ」

「どっちもここじゃ使えない」

「あ、そうか、えーっと」

縮地移動モールドゥースがいいわ」

 そう言うと、少女は目の前に置いてある尖った石を、ほいっと遠くへ投げた。

 転がった石を指差して意識を集める。

縮地移動モールドゥース

 バールの目には空気が飴のように伸びて見え、小石は元の位置に戻っていた。

「ね」

「すごいね」

「ほらやってみて」

(え、説明一個もないの?)

 演習授業より、スパルタである。

(ええい、もう)

「モールドゥース」

 見よう見まねで少女の前にある石を、自分の所へ引き寄せるというイメージで、呪文を唱えた。

 シィ――――ン

「何が、わからないの?」

「何が、わからないのかがわからないんだよ」

 落ち込むバールを少女はしげしげと眺めた。

「あなたはあたしのことを何も聞かないのね」

 急に話が変わった気がしたが、バールは言われてハッとする。

「ああ、オレはバーレイ・アレクシア。君の名前は?」

「ミンシカ」

「こんにちはミンシカ。オレのことはバールでいいよ。できれば友達になって、魔法について教えてくれないかな」

「でもあたし、ここから出られない」

「じゃあオレが会いに来るよ」

「それに、あなたに教えるのは大変そう」

 教える気を失わせるほど、才能ないのか。とバールは思った。

「そうだよね」

「でもあなたとまた遊びたいわ」

「いつも一人で遊んでるの?」

「一人の時もあるし、そうじゃない時もある」

「オレは魔法で遊んであげられないけど、これなら出来るかもしれない」

 バールは床に転がったいくつかの小石を指した。

「これ記憶ゲームだろ?」

「フフンあたしは強いわよ」

「それはどうかな」

 そうして、本を取りに来たはずのバールは見知らぬ少女と、時間が経つのも忘れて遊戯に興じた。

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